〇三九 偶然の再会
その日は朝から晴れていて、イスタルに渡るには絶好の日だった。
タケルとアジは早朝に荷馬車を出し、昨日収穫したミコンを積みにゴンベの果樹園に向かった。
途中、スラム街を通ってサスケを乗せる。
セジは具合が悪いということで、この日は家で休むことになった。
「セジは仮病だろ」
タケルは呆れて笑う。
「ま、無理に連れていっても邪魔になるだけだからな」
アジはそう返事を返し、兄として申し訳なさそうにする。
サスケは荷台で寝そべって明けゆく空を眺めていた。
ゴンベの果樹園に到着し、ミコンの入ったカゴを荷台に載せると、いよいよイスタルへ向け出発だ。
サイノ市場周辺の繁華街を抜けて新世界橋を渡るのだが、渡る前に、ウオチ側(サムイコク側)の検問所で三人はそれぞれ腰に下げていた剣を預けた。
通常は入る際の検問所で刃物など武器になりそうなものを預けるのだが、タケルたちの持っている剣は治安部隊のものなので、イスタル側の検問所に預けると警戒されかねないため、ウオチ側の検問所に預けることにしたのだった。
それに、ウオチ側の検問所にいる検問兵は治安部隊の兵士なので安心でもあった。
橋はムニム市場へ向かう烏人の荷馬車と、サイノ市場へ向かう兎人の荷馬車でごった返していた。
ガタガタッ、ガタガタッ・・・
サスケは荷台にいてミコンのカゴが倒れないように注意を払っていたのだが、ふとすれ違った荷馬車の荷台に何かを感じた。
サスケはその何かに視線を向け、目を凝らす。
すると、そこに見覚えのある霊兎の姿を見たのだった。
亜麻色の霊兎・・・
それはギルの姿だった。
亜麻色の霊兎は野菜を積んだ荷馬車の荷台の縁に、三人で後ろ向きに、つまりこちらに向かって座っていた。
亜麻色の霊兎と一緒にいる霊兎は赤褐色の霊兎と銀色の霊兎だった。
ギルは尖った感じだが、二人は得体の知れない感じだ。
三人とも只者じゃないな・・・
サスケはそんなことを考えながら右手を上げ、ギルに向かって小さく手を振った。
ギルはそれに気づき、ニヤリと笑う。
荷馬車は両岸に引き離されていく。
こっちはミコンで向こうは野菜か・・・
サスケは離れていくギルを見つめながら、同じ匂いを感じていた。
タケルたちは新世界橋を渡るとすぐにムニム市場に向かい、ゴンベから借りた許可証を使って市場でミコンを売りを始めた。売れなくても、それなりの時間が経ったら市場を出るつもりだ。
「ウオチ産のミコンはいかがですかー」
タケルが声を張り上げ、
「酸っぱくて美味しいですよ!」
アジも声を張り上げる。
甘さでは霊兎族の果物には敵わないから、酸っぱさを売りにすることにした。
おまけに値段もかなり安くした。
すると、
「一袋くれ」
「私にも一つ」
「私は三つだ」
ミコンは順調に売れた。
不思議だった。
ウオチ産のミコンは兎人の作るミコンと比べると酸味が強くて甘さが足りない。
しかも今の時期は完熟してないので、酸っぱくて売れないと思っていた。
だから客に訊いてみた。
「どうして買ってくれるんですか」
と。
客からの返事は、
「ウオチ産のミコンの果汁にハチミツを混ぜてジュースにすると酸味が効いてうまいんだよ。おまけに値段が他の半分だからね。買わない理由はないだろう」
とのことだった。
なるほど。
お昼過ぎにはミコンを全部売り切った。
市場の中の雰囲気は活気があり、特に変わった様子はなかった。
蛮兵がピリピリしているとは言っても、兎人たちはそれを気にしていないように見えた。
三人は市場を出ると、ミコンの入っていたカゴを荷馬車の荷台に載せてから、しばらく町を散策することにした。
散策は蛮兵の様子を観察するためのもので、これこそがイスタルに渡った目的だった。
ムニム市場周辺は、烏人がそこら中を当たり前のように歩いているし、兎人とごっちゃになって賑わいを作り出していて、それがムニムの町に独特の雰囲気を与えていた。
以前はこじんまりとした家屋がポツリポツリとまばらに建っているだけの長閑な場所だったが、市場ができると人が集まり、多くの家屋が建てられ、それに付随して飲食店や公共施設など様々な建物が建ち並んでその風景は一変したのだった。
「なんだか不思議だな」
アジが呟いた。
「なにが?」
タケルがアジに目を向けると、
「こうやって当たり前のように兎人の町を歩いていることが」
アジはしみじみと言う。
子供の頃は対岸のイスタルなんて、ただ眺めるだけの未知の世界だったのに、今、こうして当たり前のように兎人の町にいて、違和感なく人混みの中を歩いていることに、世の移り変わりの無常さ、時の流れの儚さのようなものを、アジは感じているのだった。
「昔ひどいめにあったけどな」
タケルはそんな相槌を打って複雑な笑みを浮かべる。
三人の目に映るのは賑やかな光景ではあるが、やはりその中でも一回り体の大きい蛮兵の姿は目についた。
ガッチリとした体格で背の高い蛮兵たちは、上半身が裸の上に、ギラギラとした目つきで人混みを睨みつけているので、通りの賑わいの中でも異様に目立っているのだった。
「奴ら、やっぱりピリピリしてるな」
サスケは蛮兵のギラギラとした目つきの奥にある、焦りのようなものに気づいていた。
「何があったんだろうな」
タケルが首を傾げると、
「直接訊いてみるか」
サスケはそう言い、通りの真ん中に突っ立っている蛮兵に近づいていった。
サスケが涼しい顔で近づいて行くと、蛮兵は驚いた様子で剣の柄に手をおいて身構えた。
兎人に限らず、烏人でも蛮兵を避けるのが当たり前のことで、目を合わすことさえ嫌がるというのに、突然茶髪の烏人だか兎人だかよくわからない男が飄々と近づいて来たことに、蛮兵は警戒したのだった。
「なんだ」
蛮兵は不機嫌にサスケを睨む。
「何かあったんですか?」
サスケが惚けた顔をしてさり気なく尋ねると、
「別に何もない」
蛮兵は突き放すように答え、サスケから目を逸らした。
「なんで監視団が昼間から見回りしてるんですか?」
サスケが食い下がると、
「お前たちがいちいち気にすることではない!」
蛮兵はカッとなってサスケを怒鳴りつけた。
サスケは大袈裟にビクッと肩を震わせ、
「失礼しました」
と謝罪して頭を下げ、逃げるように二人の元へ戻った。
「どうだった?」
タケルが訊く。
「ただ怒鳴られた」
サスケはそう答えて肩をすくめ、
「無茶すんなよ」
アジが無謀なサスケを注意すると、
「あ、いいこと思いついた」
タケルはそう言って、すぐそこで飴を売っている店の軒先に向かった。
軒先に置かれた台の上には、ハチミツ飴、ミコン飴、オランジ飴、黒糖飴などがそれぞれ笊に盛られていて、甘い匂いを漂わせていた。
その店ではリモン水や果物のジュースなども売っているようだ。
店では茶髪の老婆が店番をしていて、タケルは気さくに声をかけた。
「おばちゃん、リモン水を三つ下さい」
タケルはそう言って銅貨を一つ老婆の手のひらに載せた。
「はいはい。ちょっと待ってね」
老婆はニコニコとお金を受け取ると、竹筒に入ったリモン水を三つ、店の奥から出してきた。
タケルは老婆からリモン水を受け取りながら、さりげなく訊いてみる。
「おばちゃん、蛮兵たちがピリピリしてるけど、何かあったの?」
タケルのその質問に、老婆は一瞬キョトンとした顔をし、
「そうなの?知らなかったわ。蛮兵はいつもイラついているように見えるし、気にしてもしょうがないからねぇ」
そう穏やかに答え、それから、
「もしかしたら、五年前にラドリアから逃げ出した霊兎がこっちに来てるのかも知れないねぇ」
と他人事のように、その思いつきを口にしたのだった。
「五年前に逃げた霊兎?」
タケルはそこに食いついた。




