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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇三三 サスケの独り言


 スラム街はサイノ市場ができてから変わり始め、あの悪臭漂う路地もキレイに清掃され、腐った魚や野菜の残りカスなどの生ゴミもどこにも落ちていないし、家々の屋根や壁にこびりついていた鳥の糞もキレイに洗い流されていた。


 スラムは少しずつ豊かになっているように見える。


 市場には様々な仕事がある。荷物運びの仕事があり、警備や清掃、店番など、色々な仕事があって、スラム街の人々はこぞってそれに応募し、そのほとんどが採用されたのだった。


 それが、スラム街が変わるきっかけだった。


 それまでは奉仕者に選ばれることが、貧しさから逃れられる唯一の手段だったスラム街の人々に、市場での仕事が豊かさをもたらしつつあるのだった。


 事実として、市場での仕事はスラム街に住む人々が優先的に採用された。


 それはタケルの具申でムサシが決めたことだった。


 イスタルとの交流は、間違いなくウオチを底辺から豊かにしているのだった。


 サスケはスラム街近くの河川敷にいた。


 そこにはサスケの両親の墓があった。


 墓はどこからか拾ってきた大きな石を、墓標代わりに置いただけのものだった。


 サスケは墓石の前で胡座をかいて座り、両親に話しかけていた。


「この前、イスタルに行ってきたよ。でも、お腹が空いてて見物どろこじゃなかった。それにタケルとアジがケンカに巻き込まれて散々だった」


 そう言ってサスケは笑う。


 墓石の上には、白い花が一輪置かれていた。


 その一輪の花が川辺に吹くそよ風に微かに揺れ、気持ち良さそうにサスケの話を聞いているかのように見える。


 サスケの母親はサスケが小さいときに病気で亡くなり、父親は六年前に撲殺された。


 サスケの父親は、夜、酔っ払って外に出たら、そのまま帰ってこなかった。


 そして翌朝、ウオチの繁華街で冷たくなっているのが発見されたのだった。


 顔は()れ、体中に殴られた(あざ)のある遺体として家に戻ってきた。


 サスケはただの肉の塊に過ぎなくなってしまった父親の姿に慟哭した。


 サスケが思い出すのは、人の良い父親の寂しげな眼差しと、酔ったときにみせる幸せそうな笑顔だった。


 貧しい暮らしの中で、毎日出かけては日雇いの仕事を探し、見つからないときは生ゴミを漁って帰ってくる。


 そんな苦しい生活の中、どんなに辛くても、父親はサスケに当たることはなかった。


 むしろ不憫な生活をさせているサスケに対して優しかった。


 たまに安いお酒を手に入れると、幸せそうに飲みながら、亡くなったサスケの母親がどれだけ素敵な女性だったのかを、目をトロンとさせて話して聞かせる。


 それが父親にとっての(つか)の間の幸せだった。


 そんな父親の人生が哀しくて、サスケは泣いた。


 父さんの人生に意味なんてあったのだろうか・・・


 父さんは何のために生まれて来たんだろう・・・


 ただ生きることに精一杯な人生。


 苦しみの中に見出すほんの束の間の喜び。


 そんな束の間の喜びを感じるために生きることが、人生の意味なのか。


 サスケにはそんなの納得できなかった。


 サスケは父親の死が悲しくて、一日中泣き続けた。


 サスケは今でも父親の人生を思うたび、胸が締め付けられる想いがするのだった。


「俺さ、市場の警備の仕事を辞めて、治安部隊に入ろうかと思ってるんだ。タケルとアジに誘われてて、俺が入るって言えばすぐに入れるように手はずを整えてるんだって・・・俺はケンカなら誰にも負けない自信があるから、そこそこやれると思うんだ。それに、スラム街出身の俺が治安部隊で活躍できたら、父さんと母さんも俺のことを誇りに思ってくれるかなって、そう思うんだけど・・・」


 サスケは墓石に置かれた一輪の花に向かってそう語りかけると、ふと笑みを浮かべ何度も頷いた。


「ありがとう。そう言うと思ってたよ。俺、治安部隊で頑張るからね」


 サスケは気持ち良さそうに大きく両手を広げ伸びをすると、背中から倒れ、地面に横になった。


 見上げる青空は透明で、千切れた雲が風に吹かれゆっくりと流れていく。


「気持ちいいなぁ」


 サスケはそう呟いて目を瞑った。


「おい、サスケ」


 声がして目を開けると、そこにタケルの顔があった。


「サスケ、また墓石としゃべってるのか?」


 そう言ってタケルはニッと笑う。


 いつの間にか眠ってしまったようだ。


「ああ」


 サスケは目をこすりながら上体を起こす。


「妄想好きだな」


 タケルはそう言いながらサスケに手を差し出し、サスケがその手を取ると、力強く引っ張ってサスケを立ち上がらせた。


「妄想じゃないんだけどな」


 サスケはポツリと呟き、枯れ草の付いた尻を手で払う。


「いくらなんでも妄想じゃなきゃ、死んだ人間と話せるわけないだろ」


 タケルは呆れ顔でサスケを見る。


 サスケはおどけた顔で肩をすくめ、


「そう言われればそうだな」


 そう応えてバツが悪そうに笑うのだった。


 二人はサイノ川の土手を下流に向かって歩く。


 スラム街から下流に向かって歩いたところに、新世界橋が綺麗に見える場所があった。


 天気が良い日はよくみんなでそこに集まっていた。


 土手に座って対岸のイスタルを眺めるも良し、寝転んで空を眺めるのも良し、橋を眺めて過ごすのも悪くない、のんびりするには最高の場所だった。


 ただこの日は前もって会う約束をしていなかったから、サスケは何か特別なことでもあるのかと勘ぐった。


 肩を並べて土手を歩きながら、


「今日はどうした?」


 と尋ねる。


「凄い話を持ってきた」


 タケルはそう答えながら意味深な笑みを浮かべ、それ以上は何も言わなかった。


 いつもの場所でアジとセジが待っていて、クミコはヘイタの世話でいなかった。


 新世界橋を左に見ながら四人は土手の斜面に座り、タケルはラドリアで起こった出来事をサスケに伝えた。


「本当なのかそれ」


 サスケが驚いて聞き返すと、


「ああ。間違いないらしい」


 タケルは自信に満ちた眼差しで頷いた。


「信じられない・・・」


 サスケは霊兎族の都市ラドリアで起こった出来事を聞いて言葉を失った。


 この世界において、爬神族に逆らおうとする者が存在するというのか。


 生まれたときから当たり前だと諦めていたこの世界の有り様に、抗う者が存在するというのか。


 たとえ無駄(むだ)に命を捨てることになったとしても、この世界の理不尽さに戦いを挑む者が本当に存在するというのか。


 サスケは想像することすら憚られるような出来事が、実際に起こってしまったことに強く胸を打たれていた。


 それは嫌悪感ではない。


 得体の知れない感動にも似た気持ちだった。


 サスケが感じたのは、狂った二人の霊兎の、ただならぬ想いだった。


「頭のいかれた霊兎はその場で惨殺されたようだけど」


 タケルはそう言って複雑な表情を浮かべた。


 タケルの胸にあるのは、下等であるはずの兎人が爬神様を斬り殺したことに対する怒りと、その大それた行動に対する驚愕の念が入り混じった、自分でもよくわからない感情だった。


 爬神様に剣を抜くことは、頭が狂っていなければできないことだ。


 それはわかる。


 しかし、剣を抜くことと、人を斬ることは違う。


 その狂った二人の霊兎は神兵と蛮兵を数十名も殺したという。


 タケルにはそのことがどうしても腑に落ちなかった。


 そこに〝強い意志〟がなければ、信念のようなものがなければ、あれほど多くの兵士を斬り殺すことなどできなかったはずだ。


 本当にその二人の霊兎は狂っていたのだろうか・・・


 そんな思いが頭をよぎるが、それは考えてもしょうがないことだった。


 そんなことより、タケルにはやらなければならないことがあった。


 ふと、


—悔しいか。俺ならいつでも相手になってやる。


 タケルはイスタルで出会った亜麻色の霊兎のことを思い出す。


 あのとき感じた屈辱感が胸に蘇ってくる。


 その屈辱感こそ、タケルの胸に深く突き刺さった(とげ)だった。


 その棘を抜くこと、それは、あの亜麻色の霊兎ギルを叩きのめすことだった。


 今度会ったら、絶対にボコボコにしてやる・・・


 タケルはそう思って宙を睨む。


 そんなタケルの横で、


「明日も晴れるといいな」


 アジはそんな呑気なことを言っていて、


「明日は雨だね」


 そう応えてセジが笑う。


 その呑気な会話にタケルはふと笑ってしまう。


 兎人の話はもうどうでもいいようだ。


「それじゃ、俺は曇りに賭けようかな」


 サスケがそう言って二人の間に割って入ると、


「あと何が残ってる?」


 タケルはそう言って悪戯っぽく笑う。


 そんな二人に、


「なんだよ、それ、俺は真剣に予想してるのに」


 セジがへそを曲げると、


「それは知らなかった」


 タケルは惚けて笑い、そのまま土手に寝転んだ。


 それに続くように、アジとサスケが土手に寝転ぶと、セジも仕方なく土手に寝転び、四人は横になって空を眺めるのだった。


 空は青く、川を渡る風は心地よい。


 明日は雨じゃないだろ、セジ・・・


 タケルはそう思った。


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