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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇二八 探検


「これからどうなるんだろうな」


 ボソッとタケルは呟いた。


 テドウ家の居館のある高台。


 居館から西に行くとすぐに住宅地を抜ける。


 抜けた先に原っぱがあり、その原っぱは緩やかな斜面になっていて、そこからサイノ川が見下ろすことができ、町の景色や、川向こうのイスタルをも遠くまで見渡すことができた。


 そこにタケルとアジがいて、二人は寝転がって空を眺めていた。


 タケルは大の字になって横になり、アジは頭の後ろで手を組んでそこに頭を載せている。


「ほんと、どうなるんだろう」


 アジは不安そうに返事を返す。


 彼らは空を眺めているが、彼らの眼下、サイノ川では橋の建設が行われていた。


 建設中の石造りの橋が、サムイコク側からイスタル側に向かって伸びていて、今は川の三分の一の長さのところで橋の土台が築かれているところだった。


 もうすぐイスタル側からの工事も始まるらしい。


 この時点で建設が始まって半年が経っていた。


「兎人かぁ・・・」


 タケルはため息をつく。


 今までは川向うに小さく見える兎人のことなんて、大して気にもしなかったし、兎人なんて一生関わることのない存在だと思っていた。


 それが突然橋を造ることになって、橋ができたら兎人と関わらなければならないらしい。


「兎人ってやっぱ俺たちと違うのかな」


 アジはそう声を漏らした。


「あいつら、耳が俺たちとは違う。尖った耳は動物の耳だ」


 タケルはそう言いながら、アジと同じように頭の後ろで手を組んで頭を載せた。


 タケルは下等とされる霊兎族とはできれば関わりたくなかった。


 どう接していいかわからないし、下等な人間は何をしでかすかわからない。


 タケルは不安でしょうがなかった。


「でも同じ人間なんだよなぁ」


 アジがそんな声を漏らすと、


「不気味だよ」


 タケルはそう吐き捨てる。


「たしかに不気味だよなぁ」


 アジはそう呟いてから、


「どうしてムサシおじさんは橋を造って兎人たちと交流しようと思ったのかな」


 と問いかけた。


 タケルはふーっと息を吐くと、


「父上の話では別に兎人と仲良くするために橋を造るわけじゃないんだってさ」


 そう答え、


「ふーん」


 アジが相槌を打つと、


「交流することでサムイコクを豊かにすること。それが目的なんだってさ」


 と、両岸を結ぶ橋の目的を伝えた。


「仲良くするためじゃないなら、別に関わらなくてもいいのかな」


 アジがそんな風に理解すると、タケルは首を横に振ってそれを否定した。


「少なくとも俺たちはそうはいかないよ。俺たちは責任ある家柄の人間だ。兎人から逃げるんじゃなくて、兎人を知って、兎人をうまく利用することを考えないとダメだと思う」


 タケルは真顔でそう言う。


 しかし、その言葉は元老家の人間としての言葉であって、タケルの正直な気持ちといえば、やはり兎人と関わるのは嫌でしかなかった。


 そんなタケルの目に映るのは青い空を流れる薄い雲だった。


「そうだよなぁ」


 アジはそう言ってため息をつくと、眉間(みけん)に皺を寄せ厳しい表情になる。


 アジもタケルと同じように不安だった。


 今まで穏やかに暮らしてきたのに、その暮らしが壊されてしまうんじゃないか。


 そういう不安だった。


 それは誰もが持っている、変化を恐れる気持ちに違いない。


 しかし忘れてはならないのは、時間がこの世界に存在する限り、すべては変化し続けるということだ。


 変わらないように見える光景も、誰にも気づかれないところで、必ずどこかに向かって変化し続けているはずだ。


 その誰もが気づかない変化の匂いを、タケルの父であり元老であるムサシは嗅ぎ取ったからこそ、霊兎族との交流を提案し、そして今、それに向けて動いているのである。


「しょうがない」


 タケルは苦笑いを浮かべる。


 橋の建設はサムイコクによって行われている。


 頑丈な石造りの建造物を造るのは賢烏族の得意とするところであり、他の人種族では真似ができないほどの高い技術力を有しているということも、サムイコクだけで橋を建設している理由ではあるが、それに加え、サムイコクとの交流を嫌がるイスタルを説得するための条件として、橋や市場などのインフラ建設はサムイコクが担うことになったのだった。


 だから、橋はまずサムイコク側からイスタル側へ伸びる形で建設され、橋の長さの半分にあたる三つ目の橋脚が完成したところで、サムイコクの職人はイスタル側へ渡ることが許されているのだった。


「今のままでいいのにな」


 アジがそう呟くと、


「父上が言うには、サムイコクは今のままだとクトコクみたいにガルスコクに呑み込まれてしまうんだって。ガルスコクに対抗するには、もっと豊かになる必要があるんだってさ。だからイスタルとの交易はサムイコクにとってとても大切なことらしいよ」


 タケルは自分自身に言い聞かせるように、父ムサシに言われたことをアジに伝えた。


「ムサシおじさんがそう言ってたの?」


 アジは目を丸くした。


 この穏やかなサムイコクがなくなるなんて考えてみたこともなかった。


「うん」


 タケルが頷くと、


「そういう意味があったなんて知らなかったなぁ。父さんはこういう話してくれないんだ。俺のこと子供扱いしてさ」


 アジはそう不満を口にし、


「実際、俺たちは子供なんだからしょうがないよ」


 タケルはそう言ってアジをなだめる。


「タケルはいいな。いろんなこと聞けて」


 タケルが自分より大人に見えて、アジはなんだか悔しかった。


 そして、父親からきちんと大人の話をしてもらえるタケルを羨しく思うのだった。


「西地区を治めるテドウ家の跡取りとして、子供のうちから色々知っておけっていうのが父上の方針みたい。まずは広く浅くって感じかな」


 タケルはそうアジに応えながら、自分にしっかりと向き合ってくれる父ムサシに感謝するのだった。


「俺もジベイ家の跡取りなんだけどな」


 アジはそう言ってため息をつく。


「焦るなよ、アジ。ちゃんとトノジおじさんも考えていると思うよ」


 タケルは流れる雲を目で追いながらそんな風にアジを(なぐさ)め、


「そうかなぁ」


 アジが気のない返事を返すと、


「そんなもんだよ」


 そう言って微笑むのだった。


 そのとき、


 パタパタパタ・・・


 足音が近づいてきた。


 二人が上体を起こして後ろを振り返ると、セジが顔を真赤にして駆けて来るのだった。


 セジは二人の前まで来ると、


「ひどいよ、俺をおいて二人だけで!」


 そう涙目で訴えた。


 そんなセジを見てアジは笑う。


「だって、お前が昼寝してるから悪いんだろ」


 アジが指摘すると、セジは声を荒げて言い返す。


「起こせばいいだろ!」


 ムキになるセジに、


「起こそうと思ったんだけど、お前があまりにも気持ち良さそうに寝てたから、起こせなかったんだよ」


 と、アジは言い訳をした。


 怒れるセジに言い訳は通用しない。


「別に気持ち良くなんかなかったよ!」


 セジは怒鳴る。


 完全に不貞腐れているセジに困ったアジは、タケルに目で助けを求めた。


 タケルはアジに微かに頷き、セジに声をかける。


「まぁまぁ、セジ、いいじゃないか。お前も横になれよ、気分いいぞぉ」


 タケルはセジが拍子抜けするほどの屈託のない笑顔でそう言って、自分の隣の空いたスペースをパンパンと手で叩くのだった。


 そのタケルの笑顔とセジを誘惑するような物言いが、その場の空気を一変させた。


 空気が変わると、セジは場違いな自分の感情に気づかされる。


「タケルが言うんだったら・・・」


 セジは恥ずかしそうにし、タケルを挟んでアジの反対側に腰を下ろして横になった。


 見上げる空が清々しくて、セジの気持ちもすぐに晴れ渡る。


 三人揃って横になると、そこに一体感のような感覚が生まれ、さっきまでのことが何事もなかったかのように時間は流れていく。


 しばらく静かに空を眺めていると、


「あれ、クミコは?」


 セジが思い出したようにタケルに尋ねた。


 タケルは一瞬、ほんの一瞬、戸惑いの表情を見せてから、


「母上の手伝いをさせられてるよ」


 そう答えてクミコを憐れむような顔をした。


「そうなんだ・・・」


 セジはいつもいるはずのクミコがいないことに一抹の寂しさを感じ、


「大変だな」


 アジはクミコに同情してしまう。


「女の子は大変だ。家事を行うのは使用人の役目だけど、指示を出すのはその家の女の役目だからね。クミコもいずれどこかの家にお嫁に行くときが来ると思うけど、そのときにちゃんと、テドウ家の人間として相応しい振る舞いができるように、今のうちからしっかりと学ばないといけないんだってさ。母上は厳しい人だから、クミコは今から叩き込まれているよ。まだ小さいのに」


 タケルはそう言ってクミコのために嘆いてみせる。


 だが、アジはそれを真に受けなかった。


 それならずっと前から一緒に遊べなかったはずだからだ。


 だから、


「それだけじゃないだろ」


 と問い詰める。


「わかるか?」


 タケルはバツが悪そうに笑い、


「わかる」


 アジが真顔で頷くと、


「実は、母上のお腹の中に、赤ちゃんがいるんだ」


 と白状したのだった。


「えーっ!」


 アジとセジは口を揃えて驚いた。


 アジは目を見開いてタケルを見る。


 セジはポカンと口を開けて間抜けな顔をした。


 二人の驚きようにタケルは〝そりゃそうだよな〟って顔をして頷くと、


「それで今、母上は具合が良くなくてクミコがいろいろ手伝ってるんだ」


 と、クミコが一緒に遊べない本当の理由を伝えた。


「最初からそう言えよな。何を恥ずかしがってるんだ」


 アジはそう言って笑う。


「最初から言えよな」


 セジは怒って口を(とが)らせる。


「いや、な、なんとなく」


 タケルがしどろもどろになってそんな言い訳をすると、


「でもなんだか信じられないな。あのおチビちゃんに弟か妹ができるなんて」


 アジはしみじみとその感想を口にした。


 アジにとってクミコはかわいい妹のような存在だ。


 そのクミコの下に新しく妹か弟ができるなんて、不思議な感じがした。


「クミコなら良いお姉さんになると思う」


 タケルがそう言うとそれには誰も反論しなかった。


 クミコが良いお姉さんになるであろうことは容易(ようい)に想像できるからだ。


「それじゃ、クミコとはしばらく遊べないんだね」


 セジが寂しそうにすると、


「仕方ないよ、セジ」


 アジがそう言って慰め、


「うん。仕方ない」


 タケルもそう言ってアジに同意した。


 しばらく景色を眺めていると、突然、タケルが大きく両腕を突き上げるように伸びをして、さっと立ち上がった。


 それから服やズボンについた草や土埃を手ではたきながら、


「よーし、これから町を探検しに行こうぜ」


 と、元気よく二人に提案したのだった。


「そうしよう!」


 アジはそう応えてすぐに立ち上がり、


「行こうぜ!」


 セジも急いで立ち上がった。


 二人が立ち上がって目をキラキラさせると、


「よし、行くぞ」


 タケルのその掛け声で三人は意気揚々と市街地へと向かった。


 高台と市街地を結ぶ坂道を下っていくと、途中、牧草地があり、そこでは牛が放し飼いにされていた。三人は柵の向こうで草を食む牛にはまったく興味はなかったが、ときおり「ムォオー」と牛の鳴き真似をして、どちらがうまいか競いながら楽しく道を下っていくのだった。


 牧草地を抜けると民家が立ち並びはじめ、そのうち教会や治安部隊の訓練場、それから劇場などの立派な施設が見えてくる。


 通りを歩く人も増え、特に市場や教会の周りに人が多かった。


「今日はクミコもいないし、ちょっと本気で探検するか」


 タケルはそう言ってニヤリと笑う。


「あそこに行くつもり?」


 アジが尋ねると、


「うん」


 タケルはしっかりと頷いた。


「大丈夫かなぁ」


 アジはその瞳に微かな不安の色をみせたが、


「やった!」


 セジはノリノリだった。


〝あそこ〟と言うのは、市街地から離れ、川沿いを上流にしばらく行ったところにあるスラム街のことだった。


 貧しき者たちが密集して暮らす川辺の集落は、板を貼り合わせて作られたあばら家が雑然として立ち並び、気のせいか、その辺りだけ川の水が濁っているようにさえ見える、そんな場所だった。


 いつもはクミコがいるので近づくことはないのだが、この日は男だけということもあるし、何より探検にはもってこいの場所なので、タケルはどうしてもスラム街に行きたい衝動に駆られたのだった。


 そもそもスラム街には自分の知らない世界があるような気がして、タケルはずっと行ってみたかったのである。


 三人は石造りの民家が立ち並ぶ住宅街の路地を急ぎ足で抜け、川沿いの道に出る。


 すると、左側、川の少し下流に建設中の橋の姿が現れた。


「何度見ても、近くで見る橋はでかいなぁ」


 アジが橋を見て感動すると、


 パンッ!


 セジがアジの尻を叩いた。


「兄さん、橋なんてどうでもいいよ。タケルはもう先に行っちゃってるよ」


 セジにそう言われて振り返ると、タケルはスラム街のある上流に向かって脇目も振らず歩いていた。


「タケル、ちょっと待って!」


 アジは慌てて駆け出し、セジに振り向くことなく、


「セジ、遅れるなよ!」


 と叫んでタケルの元へ向かう。


「ちぇっ、遅れたのは兄さんのせいだろ」


 セジはそう不満を言いながらアジの後を追うのだった。


 いつもは遠目にしか見たことのないスラム街が近づいてくると、三人の顔から笑顔が消えた。


 スラム街は外から見ると不気味な暗さをまとっていて、そして、汚く見えた。


 それは邪悪な集落のようにも見え、一度入ったら抜け出すことができないんじゃないか、そんな恐怖心を抱かせるほど、その佇まいは異様だった。


 そんな、大人でも近づかない場所に、今三人は足を踏み入れようとしているのだった。


「ドキドキしてきた」


 アジは胸に手を当てる。


 気持ちを落ち着けようと深呼吸をするアジの後ろから、


「わっ!」


 セジが大声を出して驚かすと、


「うわっ!」


 アジは目を丸くして驚き、セジに振り返った。


「やめろよ、セジ!」


 アジが叱ると、


「えへへ」


 セジは楽しそうに笑い返すのだった。


 セジには何が起こってもタケルとアジが守ってくれるという安心感があるので、スラム街の不気味な雰囲気もわくわく感を引き立たせるものでしかなかった。


「俺も緊張してきた」


 タケルはそう言って右手の拳で左胸をトントンと小刻みに叩く。


「ほら、タケルでも緊張するんだぜ」


 アジがセジの脇腹を小突くと、


「二人ともダメだな」


 セジはそう言い返して優越感に浸る。


 その憎たらしい顔ったらありゃしない。


 アジは恐れを知らないセジの能天気さに呆れてしまう。


 タケルはアジを一瞥してから、


「よし、行くぞ」


 そう言って、あばら家が軒を連ねるスラム街の路地へと入っていった。


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