表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラビッツ  作者: 無傷な鏡
25/367

〇二四 万事休す


 蛮狼族監視団から報告を受け、教会の護衛隊も二人の捜索に駆り出されることになった。


「気狂いの子供め・・・」


 ドリルは二人の逃亡を苦々しく思う。


 なんとしてもあの二人を見つけて始末しなければならない・・・


 ドリルは執務室の椅子に座り、貧乏ゆすりをしていた。


 居ても立っても居られなくなったドリルは従者を呼び、


「ミカルを呼べ!」


 そう怒鳴る。


 ミカルは二十代半ばの若さにも拘わらず護衛隊の隊長を務めている優秀な男で、鈍色の髪がその精悍な顔つきと思慮深い眼差しを際立たせ、その見た目と違わず、ミカルは洞察力に(すぐ)れ、頭の切れる男だった。


 ドリルはミカルを執務室に呼びつけると、


「二人を見つけ次第、殺して構わない」


 荒々しい口調でそう指示を出した。


 その指示にミカルは戸惑(とまど)いの色をみせる。


「監視団に引き渡さなくていいんでしょうか」


 ミカルが尋ねると、


「また逃げたらどうするのだ。反論は許さん。二人を見つけ次第、殺せ!監視団には二人の亡骸を引き渡せばいい」


 ドリルは唾を飛ばしながら、二人の殺害をミカルに厳命した。


 怒りに燃えたドリルは興奮状態にあり、何を言っても聞いてはくれないだろう。


 ミカルはそれ以上余計な事は言わずに、


「わかりました」


 そう言って辞儀をし、部屋を後にした。


 ミカルはすぐさま護衛隊を連れて貧民街へと向かった。


 昨夜から捜索を行っている監視団は(いま)だ二人がみつけられないことに苛立ちを感じながらも、


「まだ貧民街から外には出ていないはずだ」


 と、ミカルに現場を引き継ぎ宿営施設に帰っていった。


 夜を支配するのは監視団でも、昼は護衛隊に街の治安維持は任されているため、その役割分担に従った対応がとられた。


 その頃、タヌとラウルの二人はというと、市場の中にある今は使われていない物置小屋の中に隠れていた。


 そこはラウルが施設に入るずっと前に秘密基地として遊んでいた場所でもあった。


 この物置小屋は、市場裏、北側の塀にぴったりとくっつけるようにして建てられていた。


 物置小屋の裏はゴミ山になっていて、そのゴミの山でラウルが友達と遊んでいる時に、たまたま大きなゴミをどけたら、物置小屋に通じる穴を見つけたのだった。


 物置小屋がまだ使われているときは、そこから入って食料をくすねる輩がいたのだろう。


 その穴を発見したばかりの頃は、誰も使っていないホコリまみれの物置小屋が秘密めいて見え、ラウルは近所の友達と一緒に隠れ家として遊んでいたのだった。


 しかし、その物置小屋はホコリまみれの息苦しい小屋に過ぎなくて、しばらくすると遊ぶのにあきて近づかなくなった。


 そして今、誰も近づく者がいなくなった物置小屋は隠れるのにはもってこいの場所になっていた。


 物置小屋に入ると、


「ここなら大丈夫だ」


 ラウルは頭についた蜘蛛の巣を払いながら、タヌにそう声をかけた。


 たしかに埃は溜まっているし、蜘蛛の巣もいたるところに張られているので、ここは誰にも知られていない場所なんだろうな、とタヌは思った。


「こんなところでラウルは遊んでたんだね」


 薄暗い小屋の中を見回しながら、タヌはなんだか自分の知らないラウルに出会ったような気がして、不思議な気持ちになる。


「うん。ここは誰にも知られることのない秘密基地だったんだ」


 ラウルは昔を思い出し懐かしそうな顔をする。


「秘密基地?」


 タヌが聞き返すと、


「ああ。俺と幼馴染みの友達の二人だけの秘密の遊び場で、秘密基地って呼んでたんだ」


 ラウルはそう言いながら宙を見つめ、その頃のことを思い出す。


 その笑みを浮かべた表情がどこか寂しげに見える。


「そうなんだ」


 タヌが相槌を打つと、


「ここを見つけたときはワクワクしたんだぜ」


 ラウルは当時のことを思い出し、笑顔でそう言う。


「わかるよ、それ。俺もヴィルアンの丘に秘密の場所があるって聞いたときワクワクしたから」


 タヌはさりげなくそう言ったが、それはラウルの言う秘密基地とはスケールが明らかに違っていて、ラウルは驚いて「えっ」と声を漏らした。


「ヴィルアンの丘って、あのヴィルアンの丘?」


 ラウルは目を丸くしたままそう聞き返した。


 ラウルのその驚いた顔に、タヌはくすっと笑う。


「うん。ラドリアの戦士が最後に戦ったと言われている、あのヴィルアンの丘だよ」


 タヌが目を輝かせながらそう答えると、


「そっか・・・」


 ラウルはそう呟き、険しい顔で宙を睨んだ。


 ラウルはラドリアの戦士に対して複雑な思いがあった。


 神民(しんみん)である爬神族に最後まで楯突いたラドリアの戦士は、信仰心の厚いラウルにとって憎むべき存在でしかなかった。そのことはタヌだって知っているはずだ。


 そんなラウルにお構いなしにタヌは話を続けた。


「ヴィルアンの丘には洞窟があって、そこに伝説の戦士たちが祀られているんだって」


 タヌはそう言って目をキラキラと輝かせ、


「そうなんだ・・・」


 ラウルは嫌な顔をしてボソッと応えるだけだった。


「行ってみたくないか?」


 タヌが〝当然行きたいよね〟みたいな顔をして訊くので、ラウルは嫌とは言えず、


「まぁ、ラドリアの戦士が本当に存在したのか、いつかこの目で確かめてみたいとは思う」


 そんな風に答えるのだった。


 いつか本当に行くことがあれば、ラドリアの戦士に石でも投げつけてやろう・・・


 そんな罰当たりな気持ちもあった。


「約束だ」


 タヌはそう言い、


「うん」


 ラウルが頷くと、


「やった」


 素直にそのことを喜んだ。


 市場の物置にいつまでも隠れているわけにもいかない。


 とはいっても、外の状況がわからないだけに、身動きできないまま時間だけが過ぎていった。


 日が落ち、街に夜の帳が下り始めた頃、物置小屋の外に人の気配が近づいて来た。


 タヌとラウルは大きな樽の陰に隠れ、いつでも逃げられるように、外へ通じる穴を塞いでいた板を外しておく。


 それから二人はじっと息を潜ませ、戸外の音に集中した。


 すると、


 ガタガタッ・・・


 物置小屋の入り口の扉が音を立て力づくで開かれたのだった。


「ここか」


「はい」


 話し声と共に、何人かの人影が小屋の中に入って来た。


 まずい・・・


 タヌとラウルに緊張が走る。


「昔、ここで良く遊んでいました」


 という声が聞こえ、ラウルが樽と樽との隙間から覗き見ると、その目に幼馴染みの顔が飛び込んできた。


 そしてその幼馴染みの少年を挟むようにして立つ護衛隊の二人の姿も確認できた。


 そういうことか・・・


 幼馴染みにまですでに捜索の手が伸びていると言うことは、ラドリアから脱出するのが相当難しくなっているということだ。


 とにかくこの場から離れなければ。


 二人は顔を見合わせ、逃げるタイミングを計る。


 戸口に立つ隊士が後ろを振り向き、


「ひとまずこの小屋の中を探して今日は終わりだ」


 と、戸外にいる隊士たちに声をかけた。


 やばい・・・


 二人は息を呑む。


 コツコツ・・・


 小屋の中に入ってくる複数の隊士たちの靴音が聞こえてくる。


「逃げるぞ」


 ラウルは小声で囁くと、壁際の抜け穴にサッと飛び込んでいった。


 タヌもそれに続く。


 慎重になり過ぎていたためか、タヌは抜け穴の入り口でバランスを崩し、抜け穴を塞いでいた板の角を手で踏んでしまった。


 カタッ・・・


 と、小さな音が鳴った。


 その物音に隊士が気づいた。


「誰かいるぞ!」


 隊士が叫び終わる前に、タヌは急いで外に飛び出した。


 外で待つラウルに、


「気づかれた」


 タヌがそう告げても、ラウルが動じることはなかった。


 貧民街はラウルにとって勝手知ったる場所なのだから。


「しっかり付いて来いよ」


 ラウルはそう言って駆け出し、その後をタヌは追う。


「追え!」


 護衛隊の叫び声が背後に聞こえ、バタバタとした複数の足音が近づいてくる。


 貧民街を出るしかないな・・・


 ラウルはそう持って逃げ道を考える。


 護衛隊が投入された以上、貧民街に隠れ続けることは無理だ。


 ラウルは貧民街を抜け、そのまま東門方面から街の外へ出ることにした。


 貧民街の中を複雑な経路で駆け抜けていく。


 タヌもラウルに食らいついて必死になって走った。


 いつのまにか背後に隊士たちの声は聞こえなくなっていた。


 逃げ切れたか・・・


 ラウルは護衛隊を振りきったことを確信し、いよいよ貧民街を飛び出すことにした。


「タヌ、貧民街を出たらそのまま東門に向かうぞ」


 ラウルはそう声をかけ、


「わかった」


 タヌはラウルを頼もしく見る。


 しばらくジグザグに路地を走ると、細い路地の先に開けた景色が見えてきた。


 そこに人影は見えない。


 よし、いけるぞ・・・


 ラウルはそのまま貧民街を飛び出した。


 そして、二人が貧民街を出て広い通りに飛び出した、そのときだった。


 突然蛮兵たちが目の前に現れた。


「見つけたぞ!」


 そう言って蛮兵たちはニヤリと笑う。


 二人を囲む蛮兵は五人。


 相手は大人で、こっちは子供だ。


 しかも、蛮兵たちは兵士として訓練されていてその手に剣を握っているのだった。


 体格、筋力、戦う技術、どれをとってもタヌとラウルに勝ち目があるとは思えなかった。


 万事休すとはこのことか。


 逃げられるか・・・


 タヌは蛮兵たちの隙を探す。


 タヌに諦める気持ちなんてさらさらない。


「ラウル、諦めるなよ」


 タヌが声をかけると、


「こんなところで捕まるかよ」


 ラウルはそう応えて不敵な笑みを浮かべた。


 蛮兵たちの気の流れを読むことができれば一瞬の隙をついて逃げることは可能なはずだ。


「集中」


 タヌがそう声をかけ、


「おう」


 ラウルがそれに応じて、二人は意識を集中させた。


 蛮兵は二人を囲む輪を縮めていく。


 一気に襲いかからないのは、タヌとラウルがあの気狂いの子供だからだった。


 それだけラドリアの惨劇でナイとハウルが残した衝撃は、蛮兵たちにとっても大きなものだった。


 この二人は何をするかわからない。


 そんな恐怖心が蛮兵たちにはあった。実際、この二人は仲間の蛮兵六人を殺害し、檻車から逃亡しているのだ。


 蛮兵たちは二人の逃げ道を塞ぐようにしながら、その間合いをじりじりと詰めていく。


「いたぞ!」


 背後から二人を追う護衛隊の声が聞こえてきた。


 タヌは意識から意志を消し、蛮兵たちの気の流れを感じ取り、ラウルは意識を向けることで蛮兵たちの隙を探した。


 それが二人がそれぞれの父親から教わった術だった。


「捕まえろ!」


 の声が上がり、蛮兵たちは一斉に二人に斬りかかった。


 その動き出しに隙があった。


 いまだ!・・・


 ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!


 二人は斬りつける剣を(かわ)しながら、ダッと前へ跳ぶようにして蛮兵の背後へ抜けたのだった。


 しかし、蛮兵の動きは速かった。


「逃がすか!」


「このガキ!」


 と怒鳴りながら、二人の背中を斬りつけた。


 バサッ!バサッ!


 ラウルは背中を切られ、タヌは肩を斬られた。


 二人は蛮兵の間を抜けると勢い良く地面を転がった。


 そして、斬られたことに気づいていないのか、転がる流れの勢いを使ってそのまま立ち上がると、貧民街の反対側に立ち並ぶ家と家との隙間に飛び込んでいった。


「追うぞ!」


 蛮兵は叫び、二人の後を追うが、家と家との隙間は蛮兵には狭すぎた。


 追いつけないと判断した蛮兵たちは、ひとりがそのままタヌとラウルを追い、残りの四人は広い通りから先回りを試みた。


 タヌとラウルはいくつもの家々の間を駆け抜け、閑散とした通りに飛び出した。


 辺りは真っ暗だ。


 暗がりに目を()らすと道の向こうには畑が広がっていて、畑の中に民家がポツリポツリと建っているように見えるだけだった。


 二人は畑道に入ってその先にある民家に向かった。


 民家に物置小屋があれば、そこに一時的にでも身を隠すことができるだろう。


 馬小屋だって構わない。


 畑道を歩きながら、肩から血を流すタヌを見てラウルは驚いた。


「大丈夫か」


 ラウルがそう声をかけると、


「大丈夫。傷は浅いと思う」


 タヌはそう言って笑い、それからラウルの背中を見て驚いた。


「ラウル、背中斬れてるよ!」


 タヌがそう声を上げると、


「やっぱりな。背中がスースーすると思ったんだ」


 ラウルはそう言って笑い、それから、


「こっちも傷は浅い。大丈夫だ」


 そう言ってタヌを安心させた。


「そっか、それならよかった」


 タヌは安堵のため息をつく。


 そのときだった。


「逃がさんぞ!」


 背後から怒鳴り声がして振り返ると、そこに畑道を二人に向かって走ってくる蛮兵の姿があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ