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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇二三 それぞれの受け止め方


 夜が明けると、蛮狼族監視団から教会に対してタヌとラウルの逃亡が知らされた。


 すぐさま状況はコンクリへ報告され、コンクリの指示によって各地区にある教会へお触れが出された。


『昨夜、背信の罪を宣告された二人の罪人が逃亡した。ひとりは赤毛でもうひとりは薄灰髪の少年である。見つけた者は直ちに教会へ知らせるよう、これを厳命する。罪人をかくまうことは同罪である。絶対にかくまってはならない。罪人をかくまった者、およびかくまった者の家族は背信の罪を宣告したうえで、蛮狼族監視団へ引き渡すこととする。地獄に落ちたくない者は、決して罪人に協力してはならない』


 タヌとラウルの逃亡はすぐに施設内でも広まった。


 食堂でアクが朝食を食べていると、


「アク、聞いたか」


 そう言いながら、幼馴染みのキキアが向かいの席に座った。


 そのキキアの隣に、同じくアクと幼馴染みのルドスが腰掛ける。


「なんだ」


 アクがパンを食い千切りながら聞き返すと、


「お前と揉め事を起こした二人が昨日の夜、背信の罪で蛮兵に引き渡されたんだってよ。それでなんと、監獄に運ばれる途中で逃亡したっていうんだ」


 キキアは興奮気味にタヌとラウルのことを伝えた。


 隣に座るルドスは黙ってスープを啜った。


 それを聞いてアクは驚いた。


 教官だというのに何も知らされていなかった。


 おまけにタヌとラウルのことで施設内は持ちきりだったにも拘わらず、誰もアクに近づこうとしないし、アクも周りのことを気にしないから、アクが二人の逃亡を耳にする機会がこの時までなかったのである。


「あいつら、有罪にされたのか・・・」


 アクはボソッと呟いた。


「昨日コンクリ様から審判が下って、すぐに罪人の間に入れられたらしい。で、夜になって蛮兵たちに引き渡されたってことだ」


 キキアはわけ知り顔でそう言い、千切ったパンを口に運んだ。


 キキアが話したのは、食堂のおばちゃんから聞いた内容だった。


 キキアは少し灰色がかった髪色をしていて、年齢は十五歳でアクと同じ歳だが、入所日がアクより先で、アクが七歳で入所してきたときに面倒を見たのがきっかけで親しくなり、それ以来の仲良しだった。


 アクに厳しいことが言えるのは、このキキアとキキアの隣でご飯を食べている同い歳のルドス以外にはいない。


 ちなみにルドスは側頭部に黒が交じっている白髪(しろかみ)の霊兎だ。


 二人とも体格は筋肉質で平均的な身長ではあるものの、大柄なアクと一緒にいるとどうしても実際より小さく見えてしまうのだった。


「俺はなんとも思ってなかったんだけどな」


 アクは二人に下された処分を不思議に思った。


 それはそうだろう。


 アクは無傷であり、二人を一方的に滅多打ちにしただけなのだから。


「お前がどう思おうが関係ないさ。お前がただの剣術バカだったら問題なかったんだろうけど、お前は教官だからな。教官に歯向かうのは罪が重いってことだろ」


 キキアがコンクリの判断をそう推察すると、


「バカは余計だ」


 アクは不機嫌にキキアを睨み、それから、


「あの二人は俺にあれだけ殴られても死ななかった。あのしぶとさはなかなかのものだ。簡単には捕まらないだろう」


 そんな風に二人を評価してみせるのだった。


 人を褒めることのないアクが二人を褒めたことに二人は驚いたし、何だか嬉しくもあった。


「たしかにそれ凄いよな。お前に滅多打ちにされて生きてるんだからな」


 キキアはそう応え、今や逃亡者となった二人に感心するのだった。


 ルドスは隣で黙々とパンを食べ、スープを飲む。


 アクは自分が言ったことなのに、キキアが二人に感心したことがなんだか気に食わなかった。


「あいつらはゴキブリだ。だからなかなか死なないんだろ」


 アクは二人をバカにするようにそう言い「ふん」と鼻で笑う。


「ゴキブリってのは酷い例えだなぁ」


 キキアは遠回しにアクを咎め、ルドスはパンを食べ、スープを飲む。


「ゴキブリより生命力があるってのは大したものだぞ」


 アクがそう反論すると、


「へぇー、それじゃ、あの二人の実力をお前は認めてるってことでいいんだな」


 キキアはそう言い返し、


「認めるもなにも、しぶといって言っただけだ」


 アクは不機嫌に吐き捨てる。


「でも、あの二人が有罪にされたこと、納得してないんだろ?」


 キキアが真面目な顔で問いかけると、


「どうでもいいことだ」


 アクはぶっきら棒に答え、乱暴にパンを食いちぎるのだった。


 そのとき、


「あ、おじさん!」


 トマスが元気よくアクに駆け寄ってきた。


〝おじさん〟と呼ばれたアクに、


「お前、おじさんなのか?」


 キキアはそう言って「クククッ」と肩を震わせて笑い、その隣でルドスは思わずスープをぷっと吹き出してしまう。


 アクは顔を赤くして「ちっ」と舌打ちをしてトマスを睨んだ。


 トマスはアクに睨まれても平気だった。


 アクの目の前に来て「今度は僕が相手だ!」そう言って拳を構える。


 その人を舐めきった態度が癪にさわる。


「あっちいけ!」


 アクはトマスに怒鳴った。


 そこへシールが慌てて駆け寄って来た。


「すみません」


 シールはトマスを後ろから抱き、アクに頭を下げる。


 アクはシールを見て、はっとして目を大きく見開いた。


 あのときの女だ・・・


 木漏れ日の柔らかな光に包まれ、楽しげに鼻歌を歌う美しい女の姿。


 それがアクには忘れられなかった。


 その女が今、目の前にいるのだ。


 アクの胸がぎゅーっと締め付けられる。


「このおじさんがタヌとラウルにひどいことしたんだよ」


 トマスはためらいもなくそう言いアクを指差した。


 シールの表情が真顔に変わり、


「おじさんではない」


 アクは気まずそうにそれを否定した。


 しかし、さっき怒鳴ったときとは違い、落ち着いた言い方だった。


「すみませんでした」


 シールは真顔の表情で頭を下げ、同時に、トマスの頭を手で押して下げさせた。


 そして、そそくさとトマスを連れて元いたテーブルへと戻って行ったのだった。


 そんなシールの後ろ姿を見つめながら、


「あの女、急に顔色変わったな。あの二人を知っているのか」


 アクが尋ねると、キキアは〝それぐらいも知らないのか〟といった顔をし、


「知ってるどころか、仲の良い幼馴染みだ」


 と答えた。


 それを聞いたアクの頬がピクッと動いて目つきが鋭くなる。


「ふーん。で、名前は?」


 アクはさりげなく名を尋ね、


「彼女はシールっていう名前で、この施設で知らない奴はいない。それくらい有名な女の子だ」


 キキアはシールの友人でもないのに自慢気にそう答えるのだった。


 アクの胸がズキッと痛む。


 それは今まで自分だけがシールの存在を知らなかったことに対する、周りへの嫉妬心のようなものだった。


「知らない奴がいないってのは、どういうことだ?」


 アクはキキアを睨み、


「その、なんていうか、見てわかるだろ。目立ってるんだよな。つまり、目立って美しいってことだよ。歳のわりには落ち着いていて、みんなシールに近づきたいと思っているけど近づけない、そんな感じかな。だからタヌとラウルのことを(うらや)ましがってる奴も結構いると思うよ」


 キキアは顔を赤くしながらそう説明した。


 その隣でルドスは頬を赤らめ、パンを食べ、スープを飲む。


 つまり、この二人もそういうことなのだ。


「ふーん。それじゃ、あの二人が死んで喜ぶ奴も多いってわけだ」


 アクがなんとなくそんな感想を口にすると、キキアは首を横に振ってそれを否定した。


「うーん。それはわからないな。お前とは比べものにならないけど、あの二人も武術の腕前はなかなかのものさ。同じクラスの奴じゃ誰も相手にならないほどだ。でも、それで威張るわけでもないし、なにより人柄がいいんだよ。それで結構憧れている奴も多いし、二人のことを悪く思う奴はいないんじゃないかな」


 キキアがそう言うと、突然、


「いない」


 ルドスがボソッとそれを断言した。


 それから、ルドスは千切ったパンの欠片を口の中に放り込む。


 ルドスは二人の有罪に納得していなかった。


 ルドスはキキアと共にタヌやラウルと同じ剣術のクラスに属していたから、二人のことはその腕前を含めよく知っていた。


 だからアクが二人を滅多打ちにしたと聞かされたときも、さほど心配していなかったし、アクにやられることで二人には学ぶこともあったんじゃないかと、お兄さん的感覚であの出来事を前向きに捉えていたくらいだった。


 ルドスは二人と言葉を交わすことは多くはなかったけれど、それでも交わした言葉から二人のその誠実な人柄を十分に承知していた。


 だからこそ、そのタヌとラウルに背信の罪が言い渡されたことには納得がいかなかったのだ。


 キキアも二人に対する思いはルドスと一緒だ。


 二人が監視団に引き渡されたと聞いたときはショックを受けたが、二人が逃亡したと聞いて、内心、嬉しくて興奮していたのだった。


「ルドス、お前はあいつらの味方か」


 アクは不機嫌にルドスを睨みつける。


「味方でも敵でもない」


 ルドスは口では淡々とそう答え、心の中では〝味方だ〟そうきっぱり答えていた。


「なら、言うことはない」


 アクはそう言うと、二人の処分に対する自らの考えを示した。


「あいつらが有罪なのは俺もちょっと首を傾げてしまうところがある。しかし、それがコンクリ様の下した審判なら、そこに間違いはない。誰が何と言おうとそれが確かなことだ」


 アクは迷いのない眼差しでそう断言した。


 コンクリの判断は絶対なのだ。


 そう言われたら、誰にも反論はできない。


「それはそうだ。コンクリ様はすべてを見通した上で審判を下したはずだから」


 キキアはそう応え、アクに同意した。


 ルドスは何も応えず、パンを食べ、スープを飲む。


 もし、タヌとラウルの二人が逃亡者でなく、今でもここでシールの近くにいるのなら、アクは今度こそ、あの二人を殺そうとしたかも知れない。だが、その二人がここに戻ってくることは二度とないのだ。


 そのことに気づいたら、急に二人に対する関心を失った。


「あの二人が死のうが生きようが俺には関係ない」


 アクはそう言い放ち、


「あのシールって女は、たしかにいい女だ。お前たちが憧れて当然だ」


 と、シールを褒め称えた。


「憧れてるなんて言ってないだろ」


 キキアは顔を赤くしてそう言い返し、


「言ってない」


 ルドスも顔を赤くしてボソッと言う。


 そんな二人を見て、


「そっか。それならいい」


 アクは嫌らしい笑みを浮かべた。


 アクのその笑い方を見て二人は嫌な予感がした。


「なんだよ、アク、その嫌らしい顔は」


 キキアはアクがシールに興味を持ったことに不安な気持ちになる。


 アクは何をしでかすかわからない男だからだ。


 アクは「ふんっ」と鼻を鳴らし、


「あの女は俺のものにする」


 そう断言したのだった。


 そんなアクに、


「相手の気持ちは考えないのか」


 キキアは真顔で尋ねる。


 アクはいつだって力づくだ。


 だけど、相手の気持ちは力づくでどうにかなるものではないはずだ。


 キキアが言いたいのはそういうことだ。


 アクはキキアの問いに「ふぅ」と呆れるように息を吐き、


「考えてどうする?もう俺の女にするって決めたんだ。相手の気持ちなんて関係ないだろ」


 そう言い放つのだった。


 アクは何が何でも力づくってことだ。


 自分の気持ちがすべてだということだ。


「お前は強引だな」


 キキアは諦め顔でため息をつく。


「それが正しい本能というものだ」


 憂鬱な顔をするキキアにアクはそう告げニヤリと笑う。


「それには賛成できない」


 キキアははっきりとアクの意見に反対し、その隣でルドスも、


「俺も賛成できない」


 そう言ってスープの最後の一口を飲み干した。


 アクは二人の甘っちょろい考えに呆れた顔をする。


「神が男に求めるものは力だ。神が女に求めるのは美だ。だからこそ、強い男が美しい女とひとつになることこそが、神の意志なんだ。それが神が求めているものなんだ。男は力で女を手に入れる。そのために男には力が与えられているんだろ。だからあの女はいずれ俺のものになる。それが自然の摂理に叶い、爬神教の教えに従うことになるんだ」


 アクは教え(さと)すようにそう言い、卑しい笑みを浮かべるのだった。


 そのアクの瞳には、二人の向こうに見える、そこから少し離れたテーブルで朝食を摂るシールの姿が映っていた。


「いい加減にしなさい」


 シールはトマスを叱った。


「だって、僕が敵討ちするんだもん!」


 トマスは悪びれることなくそう言い返す。


「ほんと、いい加減にしなさい。タヌとラウルがどうなったかわかるでしょ。あの人には近づいちゃダメよ」


 シールが強い口調でトマスに釘を刺すと、そこにマーヤが加わった。


「トマス!あいつはタヌとラウルを殺そうとしたんだよ。そんな奴に近づいちゃダメ!」


 マーヤは声を荒げ、それからトマスに顔をぐっと近づけ、


「いい?わかった?」


 と圧をかける。


 その目は吊り上がり、頭からは怒りの湯気が立ち上っているようだった。


 マーヤのその圧にトマスは顔を引きつらせ、


「マーヤ、怖い・・」


 ポツリとそんな声を漏らし、


「はい、でしょ!」


 マーヤはそう怒鳴って両手でトマスのほっぺをぎゅーっとつねった。


「いてて」


 痛みに顔をしかめるトマス。


 だが、同情してはいけない。


 ちゃんとここで約束してもらわなければ、本当にあいつに殺されるかも知れないのだ。


「違うでしょ!あいつに近づかない、わかった?」


 マーヤはほっぺをつねる手に力を込めて〝はい〟を強要し、


「ふぁーい」


 トマスが観念してそう返事をすると、


「よし!約束だよ」


 マーヤはそう言って手を離したのだった。


 そこに別のテーブルで食事を摂っていたエラスが声をかけてきた。


「タヌとラウルのこと知ってる?」


 エラスは青ざめた顔をしていた。


「うん」


 シールはエラスから目を逸らし、俯きがちに頷いた。


 今朝は早くから施設内が騒がしかった。


 それでマーヤを連れて早めに生活棟に来てみると、みんながタヌとラウルのことを噂していた。


 二人が〝背信の罪〟を言い渡されたことにみんな驚いていたし、逃亡したと聞いて二度びっくりしていた。


 二人が逃亡したことに、


「よかったね」


 シールはそう囁き、


「よかったぁ」


 マーヤは素直にそれを喜んだのだった。


 二人はタヌとラウルが逃亡したことを心から喜んだけれど、当然それを顔に出すことはしなかった。


「逃亡したんだってね」


 エラスはシールに向かってそう言いながら、チラッとマーヤを見る。


 マーヤはアッカンベーをするトマスを目で威嚇しているところだった。


 マーヤは平気そうに見える。


 エラスにはそれが嬉しかった。


 エラスはタヌやラウルと同部屋なのにも拘わらず、昨夜二人に起こったことをまったく知らなかった。


 朝、生活棟に来て初めて知ったのだった。


 背信の罪を言い渡されたこと、護送中に逃亡したこと、エラスが知っているのはそれだけだった。


 シールとマーヤの二人なら、もっと詳しく知っているかも知れない・・・


 エラスはそう思って話しかけたのだ。


「そうらしいわね」


 シールは真顔で相槌を打つ。


 その横でマーヤはトマスのほっぺをつまんで遊んでいて、タヌとラウルの話には興味がなさそうだった。


 マーヤが元気そうに見えるので、エラスはつい軽口を叩きたい衝動に駆られ、


「マーヤ、タヌいなくなっちゃったね」


 そう声をかけてしまう。


 しかし、そのエラスの一言でマーヤの表情が一変した。


 マーヤはその声に振り向くと、厳しい表情でエラスを睨みつけた。


 なんでわざわざそんなこと言うの?・・・


 エラスの言葉はマーヤの胸を深く抉っていた。


「タヌは帰ってくるわ」


 マーヤは強い口調で言い返す。


 エラスはマーヤの目に宿る怒りに驚き、余計なことを言ってしまったことを後悔したが、生真面目な性格がゆえに、


「マーヤ、傷つけるつもりはないんだけど、タヌはもう帰って来られないよ」


 と、黙っていれば良いものを、良かれと思ってまたまた余計なことを言ってしまうのだった。


 タヌは帰って来られない。


 たとえ、タヌが生き延びたとしても、もうこの養成所には帰れない。


 それだけは間違いのないことだった。


 そんなことわかっていても、


「タヌは帰ってくるの!」


 マーヤはそう言い張るのだった。


 タヌはマーヤに「ちょっと行ってくるね」と言って去ったのであり、マーヤはタヌの帰りを「待ってるから」と約束したのだ。


 だから、どんなことがあっても、マーヤはタヌの帰りを待つつもりだ。


 そんなマーヤにエラスはたじろぎ、 


「ごめん。余計なこと言って」


 と素直に謝ったが、


「ふん」


 マーヤはそっぽを向き、それ以降目を合わせようともしなかった。


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