〇二二 コンクリとトマス
蛮兵たちが血眼になってタヌとラウルを追っている頃、精鋭養成所の施設内は何事もなく平穏だった。
まだ夜の闇が支配する早朝の寝静まった時間、コンクリは祈りを終え、神殿の前に出た。
すると、神殿の目の前にある〝聖なる井戸〟と呼ばれる井戸の前に、一人の男の子が立っていることに気づいた。
コンクリは井戸に近づいていく。
「誰だ」
と声をかけると、
「トマス・・・」
男の子はそう答えた。
トマスの目は虚ろで、その表情に意志は感じられない。
夢遊病だろうか。
コンクリは静かにトマスを見つめる。
そして、トマスの前に立つと、握った右手を差し出した。
トマスは虚ろな表情のままコンクリの右手を見つめる。
「これをお前にやろう」
コンクリがそう言ってトマスの前で握った手を開くと、手のひらの上には植物の種がひとつ載っていた。
「これ、なーに?」
トマスは無表情に尋ね、
「これは大樹の種だ」
コンクリは優しく答える。
「大樹?」
トマスの目は虚ろなままだ。
「千年は生きるという大樹の種だ」
コンクリがそう説明すると、
「千年?」
トマスは感情のこもらない声でそう呟いて、ほんの微かに首を傾ける。
「そうだ。それだけ長い時間、この世界を見続けることができる木だ。生きとし生けるものは、生まれては死んでゆく。すべてのものは現れては消えてゆくのだ。この儚い世界の有り様を、お前は見届けたいとは思わないか」
コンクリの穏やかな声は夜明け前の静謐な空気の中で、トマスを優しく包むように響いていた。
「見届けたい」
トマスはそう答え、無表情を変えずにコンクリを見上げた。
「トマス、この種をいつか、お前の手で芽吹かせるがいい」
そう言うと、コンクリはトマスの手を取りその種を握らせた。
「うん。わかった」
トマスは微かな笑みを浮かべ頷いた。
コンクリは聖なる井戸で水を汲み、それをトマスの頭にふりかけてから、神殿の中へ戻っていった。
トマスが目を覚ましたのは寮のベッドの上だった。
その手にはしっかりと大樹の種が握られていた。
トマスはじっとそれを見つめていたが、特にそれを不思議とも思わずにベッドの下に隠すのだった。




