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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇二一 捜索


 街を警戒していた他の蛮兵たちによって、中央広場で横転している檻車と惨殺された蛮兵たちの姿が発見されると、すぐさま監視団のすべての蛮兵を投入したタヌとラウルの捜索が始まった。


 六人の仲間が殺されたことで、蛮兵たちは血眼になって二人を探した。


 タヌとラウルの二人は東市場裏の貧民街を目指し、路地裏の狭い道を急いだ。


 夜の街は監視団に支配されているので、どこに見回りの兵がいるかわからない。


 二人は気配を消し、身を隠しながら慎重に進むしかなかった。


 いつもなら朝が近くなると監視団の警戒もないに等しくなるのだが、今日はそうもいかないだろう。


 時間が経てば経つほど状況は厳しくなっていくはずだ。


 ザザザッ・・・


 忙しない蛮兵の足音が聞こえてくると、二人は民家の陰に隠れ息をひそめる。


「タヌ、お前は俺に付き合うことはないよ。今なら街から逃げられると思う」


 ラウルは監視団に引き渡すと告げられたときから、自分の人生に対する深い喪失感を感じていた。


 このまま生きていることに何の意味があるのか。


 心残りなのは母ミーヤのハンカチーフだけだ。もし、ハンカチーフを取り戻すことができたなら、そのハンカチーフを胸に抱いて死のうと思う。


 だが、タヌをそれに付き合わせるわけにはいかなかった。


 タヌは生きなければならない。


 ラウルはタヌの目を真剣に見つめて、


「タヌ、俺に構わず逃げろ」


 そう強い口調で訴えた。


 あまりにも真剣なラウルの眼差しにタヌはふと笑ってしまう。


「ラウルが一緒じゃなきゃ、逃げても意味ないよ」


 タヌはラウルの想いがわかっているからこそ、ラウルを置いて逃げるわけにはいかなかった。


「死ぬよりマシだろ」


 ラウルは語気を強めタヌを睨む。


「お前を置いて逃げるくらいなら、死んだほうがマシだ」


 タヌはそう返して引き下がらない。


「バカだなお前」


 ラウルは呆れ、


「お前の方がバカだよ」


 タヌはそう言い返し、


「お前、ハンカチーフ見つけたら死ぬつもりなんだろ」


 と、ラウルの胸の内を見透かすのだった。


「えっ」


 ラウルは反論できず、そんなラウルに、


「だから、お前を置いて逃げるわけにはいかない」


 タヌはそう言って微笑むのだった。


 俺の考えていることなんて全部バレてたのか・・・


 そう思ったら、なんだか肩の力が抜けた。


「やっぱりバカだな、お前」


 ラウルは苦笑いを浮かべ、


「死ぬときは一緒だ」


 タヌはラウルの肩を掴み、その握る力に自分の想いを込めた。


 ラウルの目に涙が滲む。


「わかった」


 ラウルはタヌの想いを受け取った。


 タヌとの友情こそ、自分にとって生きる意味だと思った。


 タヌを死なせるわけにはいかない。


 ラウルの目の色が変わった。


「行こう」


 ラウルがそう言って路地に飛び出すと、タヌもそれに続き、二人は辺りを警戒しながら走り出した。


 朝までにはまだ時間がある。


 二人にとって幸いだったのは、監視団がこの事態をすぐに教会へ知らせなかったことだ。


 二人を逃がしたことに対する羞恥心と、蛮狼族の本能だろうか、逃げる獲物を追い詰めて殺すことの快楽のようなものが、教会への報告を遅らせることになってしまったのだった。


—どうせすぐに見つかるだろう。


 そうタカを(くく)っていたことも二人にとって幸いなことだった。


 蛮狼族監視団の団長であるギウォは、部下に向かってこう指示を出していた。


「どのみち朝になれば霊兎の教会に知らせなければならないのだ。それなら、それまでの間、狩りを楽しませてもらおうではないか。獲物には逃げる恐怖を存分に味わわせるのだぞ。そして、見つけたらなぶり殺すのだ。ラドリアの惨劇のあの狂人の子らは、簡単に殺してはならない。皮を剥ぎ、肉を削ぎ落とし、ジワジワと殺すのだ」


 ギウォは冷酷な眼差しでその光景を想像し、卑しい笑みを浮かべたのだった。


 蛮兵たちは二人が二年前の狂人の子供だということで血眼になって捜索したが、大事な情報を得る機会を失っていた。


 教会に二人の逃亡を知らせなかったことで、監視団は貧民街にラウルの暮らした家があることも、ヴィルアンの丘の麓にあるタヌの生家のことも知らないまま、捜索を続けることになったのである。


 ザザザーッ!


 床に散らばった藁の上を滑るようにして、二人は市場近くの馬小屋の中に飛び込んだ。飛び込むと、すぐさま入り口近くに積んだ藁の中に身を潜めた。


「あと少しだね」


 タヌが目を輝かせてラウルを見ると、


「うん」


 ラウルは力強く頷いた。


「今度こそ家を見つけよう」


 タヌがそう励ますと、


「今日は大丈夫。あの後、色々記憶を整理してたんだ。だからすぐに見つけられると思う」


 ラウルは胸を張ってそう応える。


「家がそのままだといいんだけど」


 タヌがそのことを心配すると、ラウルもそのことが気になっていたのか、


「そのままであってほしい」


 そう言って厳しい表情になるのだった。


 今、できることは一つしかなかった。


「祈ろう」


 タヌはそう言って胸の前で手を組み、それを見て、


「お前、神様嫌いじゃなかったっけ?」


 ラウルは驚いて目をパチクリさせた。


 そんなラウルをからかうように、


「ときと場合によるのさ」


 タヌはそう言ってニッと笑い、


「なんだよ、それ。いいよ、祈らなくて、バチが当たったら嫌だから」


 ラウルは冗談抜きでそれを拒否するのだった。


 そんな会話が二人の気持ちを楽にさせた。


 短い時間ではあるがそこで体を休めることはできた。


 辺りに蛮兵の気配も感じられない。


「よし。行こう」


 ラウルが先になり、二人はラウルの暮らした家に向かった。


 貧民街はすぐそこだ。


 二人は馬小屋を出てすぐに貧民街に入った。


 貧民街は掘っ立て小屋が密集して立ち並んでいて、路地は狭いし、軒先にいろんな物が置かれているので、そういう物にぶつかって音を出さないように気をつけなければならなかった。


 夜の静けさの中では二人の息づかいでさえも、寝ている人を起こしてしまうのではないかと心配になる。


 ラウルの後をタヌが追う形で、入り組んだ路地を足音を立てずに移動する。


 突然、ラウルは立ち止まると、


「あった」


 小声でタヌに耳打ちをした。


 そして、前方の暗がりの中にあるそれらしき掘っ立て小屋を指差した。


「あれなの?」


 タヌは驚いた。


 月明かりに照らされたその掘っ立て小屋は板張りの壁に薄い板を屋根として載せただけの、あまりにもみすぼらしい建物だった。


 ラウルはあそこでハウルおじさんと暮らしていたのか・・・


 そう思うと、タヌはなぜだか切ない気持ちになる。


 あそこで暮らしていた頃のラウルを抱きしめたくなるような、そんな気持ちだった。


 ラウルは家族三人で暮らした懐かしの我が家を見つけ、胸が熱くなっていた。


 まだ壊されてなかったんだ・・・


 ラウルの目に涙が浮かぶ。


 そんなラウルに、


「ラウル、急がないと」


 タヌが声をかける。


 感傷に浸っている時間はない。


 タヌはラウルを促すようにその背中をポンッと叩く。


「うん」


 ラウルは急いで懐かしの我が家に向かった。


 家の前に立つとドキドキした。


 ラウルはタヌに目を向け、タヌはラウルを促すように目で頷き返す。


「すーーーーっ」


 ラウルは深く息を吸い、


「ふぅーーーーーー」


 長い息を吐いてから静かに入口の戸に手をかけた。


 ギッ・・・


 と音が鳴り、突然、


「誰だ!」


 家の中から怒鳴り声がした。


 まずい・・・


 二人は顔を見合わせる。


「そこで何をしている!」


 家の中から今にも人が飛び出して来そうな勢いだった。


「くっ・・・」


 ラウルは悔しそうにその顔を歪めた。


 すでに人が住んでいるということはこの家にハンカチーフはもうないということだ。


「行こう」


 ラウルは未練を振り切るようにそう言い、


「いいのか?」


 今すぐ逃げなきゃいけないのはわかっているけれど、このまま形見のハンカチーフを諦めていいのだろうか。


 タヌがラウルに念を押し、


「いいんだ」


 ラウルがそう答えたそのとき、


 バーンッ!


 家の中から壁を蹴る音がし、その激しい音が辺りに響いた。


 そして、


「なにごとだ!」


 離れた場所から蛮兵の怒鳴り声が聞こえ、それから幾人かのバタバタとした足音が近づいてくるのがわかった。


「あそこだ!」


 蛮兵の声がした。


「タヌ、逃げるぞ!」


 ラウルはタヌの背中を叩いて走り出す。


 ラウルにとって貧民街は庭のようなものだ。


 感覚的に細い路地のどこを走ればいいかわかっている。


 ラウルは一心不乱に家々の間を複雑に縫うように走った。


 タヌは必死にその後を追う。


 身体が大きい蛮兵にとって貧民街の路地は走り辛い。


 それも二人にとって好都合だった。


 蛮兵たちは二人の後を追ったが、土地勘がなくすぐに見失ってまう。


 だが、その報告を受けた捜索班の班長ケウォは、


「貧民街から出るのは難しいだろう。ここに兵を集めろ」


 そう命令し、貧民街一帯を中心に兵を配置した。


 逃亡者は貧民街から遠くへは逃げられまい。


 そう睨んでのことだった。


 貧民街を抜けると家並みが変わる。


 貧民街の密集とは違って路地の幅が広くなり、ひとつひとつの建物も大きくなるし、家々は整然と立ち並ぶようになる。


 そういう場所において、蛮兵たちから逃げ延びるのは難しいだろう。


 そう考えると、逃亡者が貧民街から離れられるとは考えられなかった。


 おまけに信仰心に厚い霊兎族のことだから、貧民街の住民が二人をかくまうこともないだろう。


 逃亡者をかくまうことは神に背く行為であり、地獄に落ちるということだからだ。


 つまり、逃亡者は貧民街から外に出ることもできず、貧民街に隠れる場所もないということになる。


「朝までには終わるだろう」


 ケウォはそう呟いてニヤリと笑った。


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