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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇一九 突然の別れ


 中庭の森を北に抜け、神殿前に横たわる弓術場を左に回って執務棟に向かう。


 執務棟の入り口に立つ警備兵にドリルに呼ばれたことを伝えると、すぐにドリルの執務室に通された。


 執務室にはドリルともう一人、補習授業のときにいた黒服の神官がいた。


 ドリルは二人を机の前に立たせると厳しい目でまずタヌを睨み、それからラウルを睨んだ。


 思ってたのと全然違う空気。


 嫌な予感。


 ドリルは机に両肘をつき、顔の前で手を組んでいて、机の横に立つ黒服の神官は二人に目を向けることなく、伏し目がちに立っているだけだった。


 物音のしない室内。


 張り詰める緊張感。


 ドリルは二人を弄ぶように、何も言わずただ二人を睨み続けた。


 ドリルの嫌らしい顔を見てるのも気分が悪いし、ただ突っ立ってるだけなのもバカらしく思えてきて、タヌが口を開いた。


「ドリル様、ご用件はなんでしょうか」


 タヌが堂々とした態度でドリルを真っ直ぐに見つめると、


「生意気な・・・」


 ドリルは声にならない声でそう吐き捨てた。


 その場の空気がさらに悪くなる。


 まぁいい。そんな態度を取っていられるのも今のうちだ・・・


「聞かなくてもわかっているだろう」


 ドリルは怒りを押し殺した低い声で言いニヤリと笑う。


 その嫌らしい笑み。


「アクの件でしょうか」


 タヌがそう応えると、


「そうだ」


 ドリルはそれを認め、そのことに二人は安堵(あんど)した。


 ドリルのこの嫌らしい態度は何かを企んでいるのではなく、単にこの男の性質なのだ。


 そう思えたからだ。


 しかし、


「それなら・・・」


 タヌが言いかけると、ドリルは待ってましたとばかりに、


「お前たちが教官に逆らい、侮辱した件についてだ」


 と告げたのだった。


 えっ・・・


 何が何だかわからない。


 ドリルの言葉に反応したのはラウルだった。


「どういうことですか?」


 ラウルは信じられないといった顔をしてその説明を求め、


「お前たち二人は教官であるアクを〝乱暴者〟と言って罵り、教官であるアクと戦い、さらには教官であるアクを罰するよう求めた。その件についてお前たちを呼び出したのだ」


 ドリルは声に力を込めてそう説明し、それから、


「証人もいるぞ。私の発言に何か間違いはあるか」


 と、隣に立つ黒服の神官に目を向け発言を促した。


 黒服の神官は顔を上げて二人を見、


「間違いありません。この者たちが自らそう明言していました」


 そう断言した。


 嵌められた・・・


 と気づいても、もはや後の祭りだった。


「くっ」


 二人は苦虫を噛み潰したような顔をして(うつむ)き、そんな二人を見てドリルは満足げにうんうんと頷くと、


「お前たちを、監視団に引き渡す」


 そう重々しい口調で告げたのだった。


 それは二人にとってあまりにも衝撃的な宣告だった。


「えっ」


 二人は耳を疑った。


 蛮狼(ばんろう)族監視団に引き渡すということは〝死ね〟と言われていることに等しい。


 なんで・・・


 あまりの衝撃にラウルの体が小刻みに震えた。


 まさか・・・


 タヌは頭の中が真っ白になって何も考えられない。


 ドリルは二人の動揺する様子を嬉しそうに眺め、


「お前たちの罪は背信の罪だ」


 そう冷たく言い放った。


 背信の罪、それは神に背いたものに与えられる最も重い罪のことだ。


 嘘だ!・・・


 ラウルにはどうしてもその罪を受け入れることができなかった。


 神に身を捧げ、立派な護衛隊隊士になることだけを夢見て今まで生きてきたのだ。


 背信の罪を受け入れるということは、今までの自分のすべてを台無しにしてしまうことなのだ。


「何かの間違いです!」


 ラウルは叫んでいた。


「俺は神に背いたことなんて一度もありません!」


 ドリルはそんなラウルを威嚇するように、


「まだわからんのか!」


 と声を荒げ、激しく机を叩いた。


 バンッ!


 机を叩く音が鳴り響き、ラウルの体がそれにビクッと反応する。


 ドリルは興奮し、


「よく聞け!」


 そう怒鳴ると、


 バンッ!バンッ!


 さらに二度激しく机を叩いた。


「・・・」


 二人は呆然とドリルを見、


「お前たちは教官であるアクに逆らった。教官に逆らうということはコンクリ様に逆らったも同然だ。そして、コンクリ様に逆らったということは、神に逆らったことに他ならない」


 ドリルはドスの利いた声でそう告げる。


 もう何を言っても無駄(むだ)なような気がした。


 それでも、


「コンクリ様も知っているんですか?」


 ラウルは一縷の望みをコンクリに求めた。


 そんなラウルの必死さをドリルは鼻で笑い、


「当然だ。コンクリ様がすべてをお決めになられたのだ。だから、誰にも結論は覆せないのだ」


 冷たくそう告げ、ラウルに引導を渡したのだった。


「うそだ!」


 ラウルは思わず声を荒げる。


 すべてを見通しているコンクリ様なら、俺たちに神に逆らう意思なんて一欠片もないことがわかるはずだ。コンクリ様が俺たちにそんな罪を宣告するはずがない!


 それがラウルの心の叫びだった。


 そんな往生際の悪いラウルに苛立ち、


 バンッ、バンッ!


 ドリルは机を叩き、


「だまれ!コンクリ様のご判断に逆らうのは許されないぞ!」


 と怒声を上げた。


「うそだ・・・うそだ・・・」


 ラウルはその場に膝から崩れ落ち、溢れる涙を拭おうともしなかった。


「ラウル・・・」


 タヌは屈んで片膝をつき、ラウルの背中を擦った。


 これは考えられる中で最悪の結末といっていい。


 どうすれば・・・


 タヌも途方に暮れる。


 ドリルは二人の哀れな姿をしばらく堪能してから、


「罪人の子に相応しい結末だな」


 そう(つぶや)いて呼び鈴を鳴らした。


 チリン、チリーン・・・


 鈴の音がなると部屋のドアがバッと開き、四人の警備兵がテキパキとした動きで室内に入ってきてタヌとラウルを囲んだ。


「連れていきなさい」


 ドリルがドアの外に向かって(あご)をしゃくると、


「承知いたしました」


 警備兵の一人がハキハキと応え、タヌとラウルは両脇を警備兵に抱えられて部屋から連れ出され、


「私も失礼いたします」


 黒服の神官もお役御免とばかりに頭を下げ、本来の仕事に戻った。


 静かになった室内、ドリルは二人の残像の残る入り口のドアを見つめ、


「これで穢れた血を葬り去ることができる・・・」


 そう呟いて満足の笑みを浮かべるのだった。


 タヌとラウルは後ろ手に縛られ、施設の南に隣接する教会へと連行された。教会の中に罪人の間と呼ばれる部屋があり、そこが蛮狼族監視団へ引き渡される罪人が一時収容される部屋になっていた。


 二人は前と後ろを警備兵に挟まれ、重い足取りで歩を進めた。


 すでに日は暮れ、辺りはだいぶ暗くなっていた。


 ひと目につかないように中庭の森の中を歩かされていると、トマスの相手をして遊んでいたシールとマーヤは連行されるタヌとラウルの姿を偶然目撃した。


 思い詰めた表情のタヌに、虚ろなラウル。


 シールとマーヤには二人の表情がハッキリとわかった。


 さっき別れたときとは別人のような二人の姿に驚いた。


 すぐに状況を理解し、理解したが故に足がすくんで動けなかった。


 しかし、まだ幼いトマスは連行されていく二人に気づくと、


「わーい!」


 楽しげな声を上げながら駆け出したのだった。


 そんなトマスに驚き、


「ト、トマス!」


「待って!」


 二人の姉は慌てて追いかけた。


「タヌー!ラウルー!」


 そう叫びながらトマスは連行される二人のすぐ後ろまで近づいた。


 トマスの声に気づき、タヌとラウルの表情が引き()まる。


 トマスに弱いところをみせたくないという思いが働き、我に返ったのだ。


 二人の心に力が湧いてきて、その表情に血が通い始める。


 警備兵たちはトマスが近づいて来たことで立ち止まると、


「これ以上近づくと容赦しないぞ!」


 その一人がトマスを怒鳴りつけた。


 トマスはビクッとなってその場で固まってしまう。


 そこにシールとマーヤが追いついた。


「すみません」


 シールが警備兵に頭を下げる。


 そんなシールの姿を見て、ラウルの胸にこみ上げてくるものがある。


 もう会えないのか・・・


 そう思うと辛くなる。


 ラウルは笑ってるシールが大好きだった。


 だから、


 自分も最後は笑顔でいよう・・・


 そう思った。


「シール!元気でな!」


 ラウルは明るくシールに別れを告げた。


「ラウル!」


 シールはラウルの名前を叫ぶことしかできなかった。


 何も言葉が出てこなかった。


 胸が抉られるほどの悲しみが込み上げてきて、シールは立っていられなくなってその場にへたりこんでしまう。


 その横で、


「タヌ、わたし、待ってるからね!」


 マーヤはタヌに向かって叫んだ。


 それは胸一杯に溢れる悲しみを感じさせない明るい声だった。


 タヌは絶対に帰ってくるんだから・・・


 マーヤは自分にそう言い聞かせていた。


 タヌはマーヤのその声に心が温かくなるのを感じて自然笑顔になる。


「マーヤ、ちょっと行ってくるね!」


 タヌも明るく別れを告げた。


 その笑顔はいつもと変わらない(やさ)しい笑顔だった。


 なぜだろう。別れを告げるタヌの声が爽やかすぎて、マーヤは溢れる感情を(こら)えきれなくなる。


 マーヤは両手で顔を覆いながらタヌに背中を向け、声を押し殺して泣き出した。


 肩を震わせるその姿にタヌも泣きそうになる。


「マーヤ、大丈夫。俺はちゃんと帰って来るから!」


 タヌは笑顔でそう断言すると、マーヤは涙を拭いながらこちらを振り向き、


「わかってる」


 そう言って笑顔になるのだった。


「もう気が済んだか」


 警備兵の一人がそう言い、


「行くぞ」


 もう一人が急かすと、ここまで来るときとは打って変わり、二人はしっかりとした足取りで歩き始めたのだった。


 去っていく二人の背中に向かってトマスが声を張り上げた。


「タヌ!ラウル!負けるなよ!」


 トマスのその声を聞いて、タヌとラウルは思わず笑ってしまうのだった。


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