〇一四 性根
アクが起こした騒ぎはすぐさまコンクリに報告された。
報告したのはドリルだった。
コンクリの執務室。
祭壇に置かれた無数のロウソクに火が灯され、その明かりを背にして肘掛椅子に座るコンクリの顔は影に隠されていて、その表情はおぼろげにしかわからない。
「コンクリ様、またもや、あの罪人の子二人が騒ぎを起こしました」
ドリルは神妙な面持ちで報告した。
「そうか」
コンクリは特に表情を変えることなく相槌を打つ。
ドリルは影の中に見えるコンクリの顔に目を凝らしながら、
「あの二人はよりによって教官であるアクと揉め事を起こしたのです」
大袈裟なほどの苦々しい表情と、怒りを込めた口調で二人の罪を伝えた。
ドリルは今回の出来事を二人を処分するチャンスだと思っていた。
この機を逃すわけにはいかない・・・
ドリルのその目には神に楯突いた者への憎しみの色が表れていた。
しかし、コンクリはドリルの期待とは裏腹に、タヌとラウルが騒ぎを起こしたと聞いても特に反応を示さなかった。
「何があったのだ」
コンクリは厳しい眼差しで詳細を尋ねる。
ドリルはコンクリから目を逸らし、
「あの二人がアクを挑発し、それに怒ったアクが二人と、それからもう一人、スレイという生徒に重傷を負わせたということです」
そう状況を伝えると、
「アクはあと少しであの二人を殺せたようです」
と付け加え、残念そうに唇を噛んだ。
ドリルのその言葉には悪意があり、それが彼の願望だった。
「何がきっかけでそうなったのだ」
コンクリはその原因を探ろうとし、
「二人と同室のトマスが寝ているアクの腹の上に飛び乗ったのがきっかけではありますが、その無礼な行為を二人は庇い、アクを挑発したのです」
ドリルはあくまで二人の行為に重きをおいてそう説明した。
「そうか・・・」
コンクリはそう呟き、表情を変えない冷たい眼差しでドリルを見つめていた。
「問題はあくまであの二人の反抗的な態度にあるのです」
タヌとラウルに憎しみの感情を露わにするドリルに対して、
「なるほど」
あくまでコンクリは冷静だった。
「それで、二人の状態は」
コンクリは淡々とした口調で二人の状態を訊き、
「重傷ですが、しぶとく生きています。あのアクに滅多打ちにされて死ななかったのは奇跡的ですらあります」
ドリルは悔しそうに二人の状態を伝えた。
「そうか。まだ死なないか」
コンクリはそう言うと、静かに長い息を吐いた。
その口元に浮かぶ微かな笑みにドリルは気づかない。
「いっそ死んでくれた方がよかったのですが・・・」
ドリルがため息交じりにそう言うと、
「お前はあの二人が憎くてしょうがないか」
コンクリは冷たい眼差しでドリルに尋ね、
「あの二人は神に背いた罪人の子です。ドラゴンを崇め、爬神教にすべてを捧げている信心深いこの私が、罪人の子を憎むのは当然のことです」
ドリルは右手を左胸に当て、誇らしげにそう答えるのだった。
「なるほど」
コンクリが頷くと、
「コンクリ様は『子供に罪はない』とおっしゃいますが、少なくとも、あの二人が教官であるアクと揉め事を起こしたのは事実であり、いくら子供とはいえ、これは許される事ではないと思います。性根が腐っている人間は、どう教育しても無駄ではないでしょうか。あの二人を早いうちに処分しなければ、いずれ霊兎族に災いが降りかかることになるでしょう」
ドリルはこの機を逃すまいと、タヌとラウルの処分を強く訴えた。
コンクリはふーっと大きく息を吐くと、
「もし、あの二人に非があるというのなら、その処分はお前に任せよう」
そうドリルに約束した。
それはドリルが待ちに待っていた言葉だった。
コンクリの発言は、ドリルにとって二人を殺しても良いと言っているに等しかった。
「有難き幸せに存じます」
ドリルは深々と頭を下げ、その顔に浮かんだ喜びを隠そうともしなかった。
「あくまであの二人に非があれば、ということを忘れてはならない」
コンクリはそう念を押し、
「わかっています」
ドリルは当然といった風に応えたが、コンクリのその言葉は耳に入っていなかった。
ドリルはその他いくつかあった報告をし終えると、執務室を去る前に気になっていることをコンクリに尋ねた。
「アクをイスタルから呼び戻したことには何か意味があるのでしょうか」
ドリルの唐突な質問に、
「意味?」
コンクリはそう聞き返して首を傾げる。
ドリルはイスタルへ出されたアクが戻ってくるとは思っていなかった。
アクは二年前に剣術の教官としてイスタルに移されたのだが、そのままイスタルにとどまり、ラドリアに戻ってくることはないはずだった。
イスタルは賢烏族の国であるサムイコクとヒシリウ川を隔てて隣接し、数年前から交流が始まったために、兎人と烏人の間で小さなイザコザが頻発するようになっていた。
そのため、イスタルでは護衛隊の力を底上げすることになり、イスタルにある精鋭養成所の生徒たちを即戦力として鍛える必要があった。
そういう理由で派遣されたアクがラドリアに呼び戻されるということは、そこに何か特別な理由があるはずだった。
そうでなければ、イスタルが自らアクを手放すとは考えられない。
そこがドリルにとって腑に落ちないところだった。
「私にはイスタルが簡単にアクを手放すとは思えないのです。ですから、アクがラドリアに戻されたのは、コンクリ様によほどのお考えがあってのことかと、そう思ったのです」
ドリルは質問の意図をそう説明し、コンクリの反応を窺った。
ロウソクの灯りを背にしたコンクリの顔は暗く、その難しい表情は確認できるが、何を考えているのか、それを読み取ることはできなかった。
「アクはここに必要な人間だから呼び戻した。そして、その役割をしっかりと果たしている」
コンクリはあっさりと答え、その声には詮索することを許さない威厳があった。
—その役割をしっかりと果たしている。
その言葉に引っかかるものはあったが、
「わかりました。今後ともアクにはその役割をしっかりと果たしてもらいたいと思います」
ドリルはそう応えてコンクリに向かって頭を下げ、コンクリの執務室を後にしたのだった。
ドリルが去った後の物音一つしない部屋の中で、コンクリは何かを考えるようにボンヤリと宙を睨むと、
「罪人の子か・・・」
そうポツリと呟くのだった。