〇〇〇 世界
世界の始まり
闇から光が現れた。
光の中から神が現れ囁いた。
「お前に力を与えよう」
その言葉により、爬神族の祖が生まれた。
神は、自らの涙で水晶を作られた。
「祈りを捧げよ。さすれば、我は使者を遣わすであろう」
そしてこうも言われた。
「力によって世界を支配するがいい」
神は祖に水晶を与えると、光の中に消えていった。
光は闇に消え、そこに祖だけが残された。
これが、世界の始まりに起こったことである。
爬神教経典〜『原初の紀』〜より
名もなき大陸がある。
その大陸は温暖で、冬に寒くなっても雪が降ることはない。
雪は、その大陸の中央に聳える標高三千メートルほどのフィア山の山頂付近に数年に一度積もるぐらいで、山が微かに雪化粧をしても、その白さを雪のせいだと考える者はいなかった。山が白くなるのは、神の息がフィア山に吹きかけられたためだと誰もが信じていた。
そこに住む人々、つまり人間だが、その名もなき大陸にはいくつかの種族の人間が住んでいた。
それは、爬神族、蛮狼族、賢烏族、霊兎族などと呼ばれる人種族だった。
それぞれの人種族は、それぞれに大きな特徴があった。
爬神族(神人)は、身長が四メートルを超える巨人だった。ザラザラとした硬い皮膚を持ち、体毛のない緑色の肌と、何物をも噛み砕く大きな顎、大きな口から覗く鋭い牙、吊り上がった目の中に覗く濁った金色の瞳、どれをとっても不気味で、見た者に恐怖を与えずにはおかない存在であり、雑食で、他の人種族なら人間でさえ平気で食すのだった。謎も多く、他の人種族からは〝神の民〟として崇められているのだった。
蛮狼族(狼人)は、筋肉質でガッチリとした体躯をしていて、灰色に黒が混じった髪色で男は毛深く、口元からのぞく牙が野性を感じさせるのだった。もともとが狩猟民なために、狩りを得意とし、狙った獲物をいたぶるように追い詰め、残酷に殺すというような獰猛な性質を持っている。肉食で、好物は霊兎族の人間だった。
賢烏族(烏人)は、細身で引き締まった体をしていて、色白の肌に黒髪、黒茶色の瞳に特徴があった。他の人種族に比べ身体能力が劣るため、それを補うための知力が発達していて、技術力は群を抜いて優れている。そして、野心的だった。雑食だが、爬神族や蛮狼族と違い、人間を食べるようなことはしない。
霊兎族(兎人)は、他の人種族と比べると小柄で、茶色、黒色、白色など、髪色が様々あって、髪色に合わせて瞳の色も違っているのが特徴だった。(瞳の色は髪色に近い色であるが、例外として、髪色が白系の場合、瞳の色は赤系になる)体つきは一見華奢に見えるが、並外れた運動神経と五官を持ち、俊敏で跳躍力に優れ、身体能力の高さは他の人種族の比ではなかった。しかし、小柄なうえに菜食でおとなしく、従順な性質をしているため、他の人種族からは見くびられているのだった。
かつてそれぞれの人種族はそれぞれに生活圏を持ち、別々に暮らしていて、互いに干渉することはなかったが、その昔、爬神族が突如として〝神民〟を名乗り、ドラゴンを従えて他の人種族を征服していったのだった。
世界は爬神族によって支配されていた。
爬神族にはドラゴンを象徴とする〝爬神教〟があり、すべての人種族はその教えに従い、爬神族を〝神に選ばれし民〟として崇めているのだった。
蛮狼族は爬神族に番民として仕え、賢烏族は爬神族に労働力を提供し、霊兎族はドラゴンへの生贄を捧げた。
名もなき大陸では、爬神族の支配が長く続き、蛮狼族にとって、爬神族に尽くすのは当然の使命であり、賢烏族にとって、爬神族に労働力を提供するのは当然の義務であり、霊兎族にとって、爬神族に生贄を捧げるのは当然の献身であった。
その世界のすべてが当たり前のことで、爬神族による支配に疑いを持つ者などいなかった。
世界は、一見、平和だった。
どんな場所でも、どんな時代でも、そこに生の営みがあって、人に想いがあるならば、物語は生まれるものである。
そしてこの物語は、誰もが信じて疑わなかった〈当たり前の世界〉に、反旗を翻した若者たちの物語である。