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お姉さんとダックスたち

作者: ふくち

 僕の名前は由令ゆうりょうという。

 今年、自分の名前に納得がいかなくなった。

 母親が名付けたといっていた。キラキラネームにならないように名付けたー♡なんてキャッキャッと言ってたが……。

 高校2年の新学年になって、身長が180超で体格もがっちりしている栄久斗えくと君が同じクラスになってから、からかわれてばかりだ。

 「お前の名前ってゆうれいみてー」

 って言われ、クラスからどっと笑いがおきた。

 それからだ。クラスのみんなから『ゆうれい君』と言われるようになった。

 (あ~あ~りょうたとかさ、りょうきとかそういう名前にしてほしかったな……。)

 あ、いっそゆうは余計なんじゃねーか?なんて考えてしまう。

 ………………。

 俺は何歳だよ。

 名前のことくらいでくだらないな。

 ネガティブ思考だと反省しながら、下校時刻は来ている。家へと帰ることにした。



 学校はのどかな立地にある。近くには大きな川が流れていて、登下校は、土手を歩いて駅と学校を行き来しているのだが、この土手は一級河川で河端もあって色んな趣味を楽しんでいる人がいる。

 サックスの練習をしているおじさんがいたり、ジョギングをしている人もいる。

 犬の散歩をしている人もいて、同じ時間には同じ犬を見かけることが多い。

 僕は犬種についてはあまり知らないが、大きくて手入れが行き届いてる犬だな……とか、小さくて他の犬に怖がっている犬だな……とか犬を観察していると楽しくなる。

 しばらくして、土手のいつものベンチへと到着。

 ちょっと休憩しながら色んな人や犬が溶け込む風景を楽しんでいた。


 (あ、来た!)

 犬の散歩の中でもちょっと楽しみにしている人がいる。

 犬種をよく知らない俺でもわかるダックスフンドがいるんだ。

 いつも、ダックスを3匹連れて散歩をしている人がいる。

 そのダックスたちは毛がふさふさしていて目がくりくりしていて、とても可愛い。

 大きさも、見た目もよく似ていて、歩きのリズムも同じ。

 飼い主さんの歩行リズムとしっかり合わせていて短足で面白い。

 今日も見ることができた!可愛いな~。

 僕の前を通るのをワクワクしながら見ていた。


 飼い主さんは女性で背中まっすぐ姿勢がいい。

 歩くスピードは早歩きくらいでいつもゆっくり歩いていない。髪はセミロングでストレート。目はいつも笑っていない(汗)

 口をキュっと結んでいるが、時折何か言ってることもある。周りと犬たちへ交互に視線を向けて黙々と散歩している。


 ダックスたちも真剣に散歩している。ほんわかしたムードはない。

 そう、例えるなら規律を乱さない自衛隊のようだ。でも、歩行姿は本当にきれいで可愛い。癒される。

 ダックスたちが僕の目の前を通りすぎようとしていた。

 へー1匹は、黒くて眉が茶色でマロみたいだ。もう1匹は茶色なんだが、顔の半分が黒い。最後の1匹は白に近いかな?茶色よりも薄い。


 みんな違う色なんだな……。と、じっくりと見ていたら、お姉さんと目が合った。

 「こ、こんにちは」はじめて声をかけた。

 お姉さんは顔色変えずに、

 「こんにちは」というと、さっさと行ってしまった。

 多分、毎日のように僕を見るから、顔見知りにはなっていたかな?と思いながら、挨拶できてちょっと嬉しかった。

 僕も家に帰って観たいアニメがあったから、ベンチを立ちそそくさと駅へと向かって歩き始めた。



 (今日は帰っても楽しみがないな~)

 僕は下校の準備をしながら考えていた。このクラスに仲良くなった友人もいない。

 1年の頃は、それなりに仲良くなった人はいたが、みんな違うクラスになったからそれから付き合いがあまりない。

 小さくため息をつきながら、土手へと向かった。


 そういえば、今日は金曜日だ。

 サックス頑張っているおじさんがいるかもな…… なんて、思いながら歩き始めた。

 サックスのおじさんはとてもいい人で、初めて近くで出会ったとき、

 「うるさくないですか?」と、申し訳ない顔をして声をかけてくれた。

 「全然うるさくないですよ。むしろ上手いなって思って聞いていました」

 と、返事をするとニコニコしてくれた。

 それから、とくに込み入った会話はしていないが、会うと会釈していた。

 ただ、僕はおじさんが吹いている曲はいつもわからない曲だ。

 興味を持って聞くというよりBGMくらいに聞いているから、積極的に会話もできないんだけどね。

 ベンチで心地よい風を感じていると、やはり、サックスのおじさんが軽やかな曲を練習していた。


 (あ、来た来た!)

 今日も、リズムよく散歩をしているダックスたちが近づいてきた。お姉さんは、いつものように黙々と散歩をしていた。


 お姉さんが僕を通り過ぎる前に、反対側からも犬がやってきた。ん~年は40過ぎの男の人。髪はくせっ毛でクルクルとなってる。

 ジャージ姿で大きなリュックをしょっている。犬は2匹いてどちらもぬいぐるみみたいだな。

 これまた飼い主と同じで毛はクルクルとカールがかかっている感じだ。色は白のコと茶色いコだ。

 ちょうど僕の目の前でそれは起きた。

 

 男の人がお姉さんに?いや、犬に言ったのか?

 「ほら~お友達がきましたよ~」

 声掛けと同時に連れている犬たちをダックスたちへと近づけて行った。

 男の人の犬たちが、ダックスたちに近寄る前寸前、お姉さんがダックスたちに何かつぶやきダックスたちは、お姉さんの手の動きと共にお姉さんの後ろへと回った。

 「申し訳ないんですが、お友達になった覚えがないです。」

 お姉さんが顔色を変えずに話した。

 男の人は最初目が驚いていたが、そのうち顔が赤くなり、

 「……」

 無言になった。


 僕は笑いをこらえるのに必死だった。

 犬を飼っていないので、犬にお友達っていう感覚がわからないから申し訳ないが、どう考えても、人間だったらさ知らない初めてみる人をお友達と紹介されたら不信感でしかない。


 それから、お姉さんが無言になった男の人にこう言った。

 「うちの犬たちが犬嫌いだったら噛まれています。

 危険かどうかは飼い主でもわからないのが犬ですから、むやみに大切にされている犬を他の犬に近づけるのは危ないと思うのです。

 あなたもプードルさんたちを傷つけることは望んでないと思うので……」

 感情なく、お姉さんは淡々と話した。

 男の人は顔を赤くしたまま、黙ってうなずいていた。


 そうか!あのぬいぐるみのような顔の犬はプードルなんだ。

 「では、失礼します。」

 お姉さんは、何もなかったかのようにダックスたちと散歩を再開する。小さく「ゴー」とお姉さんがいうと、ダックスたちは歩き出した。

 男の人は、足早にプードルたちを連れて通り過ぎて行った。

 そっか、犬だからといって、犬は仲間っていうのは違うよな。人間でも、好き嫌いはあるしさ。

 お姉さんの言葉はとても納得できた出来事だった。



 土日の僕は、自宅近くで親戚が小さなスーパーを経営しているのでその店の手伝いをしている。

 徒歩10分くらいの場所で立地も駅から近くていい。うちの学校は許可さえもらえると、アルバイトはできる。

 親戚の店だし、こずかいにもなるしで給料いっぱい出せないけどっていうのも納得したうえで5時間ほどアルバイトをしていた。

 お昼ご飯は、スーパーのお惣菜を社員割引で買えるから、300円くらいでお腹いっぱいになる。

 みんないい人ばかりなので、優しく仕事を教えてくれる。将来、就職したらそうはいかないんだろうな。

 ぬくぬくとアルバイト環境を楽しめる自分は、正社員なんてなれるんだろうか?と、まだわからない未来へ不安を持った。

 ああ、いけないいけないネガティブ思考の癖、なおさないとね。

 日曜日のアルバイトが終わったら、今月のお給料がもらえる。



 日曜日は、お買い得もあってか、たくさんの家族連れが来ていた。

 仕事が終わる1時間前にレジ応援の要請があったので、急いでレジに入り混雑を解消することになった。

 「これいる~~~~~」

 ある家族のレジを進めていると、5歳くらいの女の子がその家族の母親らしき人に言いながら、チョコレート菓子を1つかごに思いきり投げ入れてきた。

 「はいはい」

 母親らしき人は、お菓子を投げ入れたことに娘を注意することなく受け入れた。

 (まーいいけどさ)

 混雑を解消するために必死でバーコードを通した。

 やれやれ~今日は忙しかったな……30分ほど延長で勤務した。

 親戚のおじさんが、

 「お疲れさん。今日は忙しかったね。助かったよ」

 と、給料と一緒にスポーツドリンクを1本くれた。

 「お疲れさまでした。来週もよろしくお願いします。」

 僕はお辞儀をしながら給料とスポーツドリンクを受け取り家路へと急いだ。



 月曜日はだるい。

 ぼっちの僕にはきつい曜日だ。

 ただ、月曜日の最後の授業は読書となっているため、読書が好きな僕には嬉しい部分だ。

 最近、犬の種類が面白くなってきたので犬種事典をバイトのお金で購入してみた。

 周りにばれるのは恥ずかしいので、ちゃんとブックカバーをつけてもらっている。

 さて、やっぱりあのダックスたちの色を知るところからやってみるか!

 僕は、まず実際毎日みているダックスたちの色を知るところからにした。

 そこでわかったのだが、黒で眉だけ茶色のダックスはブラックタンというカラーだ。

 そして、茶色だと思っていたのは、レッド。えー赤じゃないよな……なんて脳内で事典に突っ込んでいた。

 ん?顔の半分が黒いコは事典には載ってないな。

 白だと思っていたコが、イエローだって。ちょっと謎だ。

 僕が毎日見ていたダックスたちの色は、正確にはブラックタン、レッド、イエローというらしい。

 お姉さんに茶色のコ可愛いですね。と言わなくてよかった。まだ会話らしい会話は出来ないのにそんなことを考えていた。


 授業も終わり、ちょっとだけ知識人になった気がしつつ土手を歩いていた。

 いつものベンチに座り本を少し開けて読んでいた。

 (あ、来た!)

 今日も颯爽とリズムよく散歩をしているダックスたち。いいな~可愛いな~。

 自転車を押しながら、同じくらいの年の男子高校生たちがワイワイいいながら、ダックスたちとすれ違うように歩いていた。

 (いいな~たくさん仲間がいる人って)

 そんな羨ましい気持ちと一緒に高校生たちを眺めていると、

 (……まぁまぁワイルドな髪型してるな……)

 そんな発見もあった。

 ダックスたちとすれ違いざまに男子高校生のひとりが、お姉さんに声をかけた。

 「可愛いダックスですね!めっちゃ可愛い!」

 お姉さんが目を細めて笑顔になり、

 「ありがとうございます。」

 と、敬語で会釈をして男子高校生たちとすれ違った。

 (!!!!!!!!)

 お姉さん、笑えるんだ。

 当たり前だけど、ちょっとびっくりした。

 お姉さんは、またすっと前を向いて、いつもの表情で散歩を再開していた。

 お姉さんが、僕の目の前まで歩いてきたので、

 「こんにちは」

 僕から挨拶すると、

 「こんにちは」

 お姉さんも返してくれた。犬たちも、僕の方をちらっとみている。

 (嬉しいな。少し親近感がわくな。)

 

 すると、お姉さんの後ろから小さな女の子が走ってきた。

 「きゃ――――可愛い――――ワンコがたくさんいる――――――」

 お姉さんは、後ろを振り向くとダックスたちを自分の内側に寄せて、素早く脚の間にダックスたちをまとめた。

 女の子はおまかいなしに、ダックスたちを触ろうと手を伸ばした。

 「ごめんなさい。犬たちは知らない人を怖がるので触らないでね。」

 お姉さんは、女の子にまたいつものように淡々と話した。

 「ワンコーワンコー」

 と叫びながら、触りたがる女の子。

 まったく話をきかない女の子の母親らしき人が、ゆっくりと近づいてきて

 「うちの子がすみません」

 そういいながら、女の子の手を掴み、犬たちから引き離そうとした。

 「やだー!触るのー!ワンコ触るのー!」

 女の子は大暴れしている。

 母親らしき人は、女の子をおとなしくさせるために背中をトントンしていたが、なかなか大人しくならないからなのかな?なんとなく怒った顔をしている。

 そして、

 「少しくらいは、犬を触らせてくれてもいいとは思うんですけどね~」

 そういいながら、母親は娘の手を引きながら、お姉さんを見下したような顔つきで見ている。

 目は釣りあがっていて、口が引きつっていた。

 あれ?この親子、僕は見覚えがあるぞ!

(そうだ、スーパーでチョコレート投げ入れた女の子だ)

 お姉さんは、母親の顔を無表情で見ながら口を開いた。

 「では、あなたは大切な娘さんの元に知らない人が走ってきて、娘さんを触ったらどう思いますか?」

 お姉さんは、じーっと母親の方を見ている。

 「え?え?」

 母親は、返事が出来ない。

 「知らない人がいきなり近づいてきたら怖いです。いくら可愛い女のお子様でも、犬にとっては知らない人なので、走ってきていきなり触られたら噛むかもしれません。」

 母親は黙ってしまった。

 続けてお姉さんが言った。

 「噛んだら、うちの犬たちが悪者です。それを我慢しろと?」

 お姉さんは、母親を見ていた。

 母親は、小さい声で

 「すみませんでした。」

 と、答えると女の子の手を引いてそそくさと、立ち去って行った。

 

 お姉さんが小さくため息をつき、僕の方に顔を向け、

 「大騒ぎしてごめんなさいね。」

 と、謝ってきた。 だが、お姉さんは悪くない。

 大騒ぎしたのは女の子と、それを諭せない母親の責任だと思う。

 「いえいえ、お姉さんは正しいと思います。」

 僕は、お姉さんに微笑みかけながら、大きく1つうなずいた。

 お姉さんは、笑顔を返してくれた。

 「あのーダックスたちのカラーで質問があって……」

 勇気を出して質問してみた。

 お姉さんがダックスたちに小さく「マテ」と言うと、3匹とも立ったままお姉さんをじっとみていた。

 「カラーで質問?」

 お姉さんは、不思議そうにしていた。

 「はい。黒いコがブラックタン、薄い色のコがイエローというのはわかるんですが、その……レッドのコは顔が半分黒いです。調べてもわからなくて……」

 お姉さんは、笑いだした。

 「あはは。このコはね、シェーテッドレッドっていうんです。シェーテッドは差毛さしげのことで基本は耳などに黒い差毛が入ってるコをいうんだけど、なぜか、このコはこの差毛が顔にまで広がってる珍しいコなのよね。ね、フェブ」

 お姉さんはフェブというダックスの顔をみて、にこっとした。フェブは、お姉さんを見返していた。

 なるほど!レッドだったんだ。へ~顔に黒が多いタイプのカラーなんだ。

 この子の名前はフェブっていうんだ。

 「なるほど。わかりました。いろんな色があるから不思議でした。教えていただいてありがとうございます。」

 僕は納得して、お礼をいった。

 「そうね、うちにはあと3匹いるんだけど、同じカラーでも個性はあるわね。」

 「え?まだあと3匹いるんですか?」

 僕は、目をまるくした。

 お姉さんは、笑顔のまま、

 「一度に行くことは犬たちも大変だし、私も大変だから時間をずらして散歩とドッグランと分担しているんです。」

 「そうだったんですね。別の3匹にも会えるといいな」

 と、答えながら犬たちを見ていた。

 「そうですね。また会えるといいですね。」

 お姉さんはそういうと、犬たちに小声で「いきましょう」と言うとダックスたちの目が輝いていた。

 「ありがとうございました。」

 僕がそういうと、

 「こちらこそ」と、お姉さんは返事をしながら、歩き始めた。

 さて、今夜はみたい動画があったから僕も帰ろう。

 カバンに事典をしまい、僕は立ち上がるとお姉さんの後姿を見送り、駅へと急いだ。



 「由令ゆうりょう~♡ご飯よ~」

 「今行くよ」

 母親に夕飯の支度が出来たことを促され、自分の部屋からリビングへと向かった。

 僕の家は、父親が公務員だ。

 母親は専業主婦。元々母方の祖父が市議会議員なんてやってるためか、お嬢様に育っている母親だ。

 自宅は平屋なのだが2階建てにしなかったのは、少々おっちょこちょいの母親のためみたいだ。

 家の間取りは、普通の2階建ての家と同じくらいなため、自動掃除機ロボットがよく行き来している。

 ロボットに時々母親がぶつかりそうになり、ロボットへ謝る母親を見るのは普通の事だ。

 「今日はね、煮込みハンバーグをしたかったの~でもね、デミグラスソース作りたかったのに、赤ワインが切れちゃってね。トマトソースとチーズインで我慢したわ」

 母親は自分が作った夕飯への説明をしつつ、僕の前にメインディッシュのハンバーグを置いた。

 別に僕はどちらのソースでもいいのだが、

 「じゃ、次はデミグラスソースで作ってね」

 と、答えておいた。

 「わかったわ~♡ワイン買ってこないと♪♪」

 母親の機嫌がよくなる言葉を僕は知ってるから、穏便に会話を済ませた。

 父親は、まだ会社から戻っていなかったらしく、夕飯を温めなおす準備をしていた。

 僕は夕飯を済ませ、自分の部屋へと戻ろうとしたが、席を立とうとしたタイミングで父親が帰宅した。

 「ただいま」

 「おかえりなさ~い♡ご飯にする?お風呂を先にする?」

 父親は、僕と違って背も高く180はある。すらっとしていて、ヘアスタイルもサラサラヘア。普段は余計な事を話さないクールな感じだけど、家族にはとても優しい人で尊敬できる父親だ。

 「先にご飯を食べるよ。温めなおす時間がいるかな?」

 「大丈夫よ♡まだ温かいからすぐに出来上がるわよ♡」


 父親がラフな服に着替えて席に着いた。

 僕は、母親にメロンとマスカットを用意してもらってダイニングテーブルに戻り、父親と同席した。

 「由令、学校生活はどうかな?新学年には慣れた?」

 父親がハンバーグをナイフでカットしながら、僕に話しかけた。

 「うん……。1年の時ほど仲良しな友達はいないけど、それなりだよ」

 僕は、メロンを口に入れると、もごもごと答えた。

 「そうか、将来勉強したいことがあればいつでも相談してほしいな」

 「うん、わかった」

 父親は、常に僕を見守ってくれる姿勢なのがわかるから、こうして会話をする時間は嬉しい。

 母親が食後のコーヒーを父親に渡しながら、

 「そういえば、明日近くのマンダラ池の遊園地で花火があがるみたいよ~♡」

 と、嬉しそうに話していた。

 「明日?明日は木曜日なのに?あぁ、金曜日がたしか祝日だったか……。秋の花火とは珍しいね」

 「そうなのよ♡あの遊園地、イベントが多いの。見に行きましょうよ~♡♡」

 「僕は……」

 「由令も行くのよ♡」

 あー、今回も母親をかわせなかった。

 父親も少し困った顔をしながら、

 「ま、歩いていける距離だから、たまには行こうかな」

 と、コーヒーをゴクンと一口飲み終えてから返事をしていた。

 母親には弱い。

 「明日は、二人とも早く帰ってきてね。約束よ♡」

 僕も父親も、戸惑い気味ながらうなずいた。

 以前、父親がうっかり約束を忘れていて映画のチケットを無駄にしたことがあった。

 母親は映画のことよりも、父親が帰ってこないことで警察にまで電話しそうになって。

 僕が止めなければ大ごとになっていた。

 失踪願いなんて出されたら恥ずかしい。そんなことがあってから僕と父親は、約束したらまっすぐ家に帰っている。

 ある意味最強な母親なのだ。天然こそ最強だと、親から学んだ。

 


 木曜日の午後、いつものように土手を歩いてベンチに腰掛けた。

 曇り空だが、雨は降りそうにない。

 「花火か……」

 ちょっと、困ったような顔をしながらも諦めてはいる僕。

 (あ、来た)

 お姉さんがダックスたちを連れて散歩してきた。

 「こんにちは」

 「こんにちは」

 お姉さんが、笑顔でこたえてくれた。

 「フェブ、こんにちは」

 僕は、名前を覚えた顔の半分が黒いダックスに伝えてみた。

 フェブは、なんで僕の名前知ってるの?というかのように大きく目を見張って僕を見ていた。

 「ふふ、フェブ、覚えてもらっていたわね。」

 お姉さんがフェブを見て話しかけると、しっぽを大きくふるフェブ。

 「あとのコはなんていうお名前ですか?」

 僕が質問すると

 「ブラックタンのコは、男の子でジャンよ。この子が一番最初に私が飼った子なの。フェブは2番目に来た男の子ね。」

 「ジャン、フェブ……ということは!イエローのコはマーチ??」

 僕が予測すると、お姉さんが困り顔で

 「残念ながら、メイなの」

 「え??あ、法則違ったか」

 と、僕が恥ずかしがりながらつぶやくと……

 「えーっと、違うの、私が間違えたのよ。1月、2月とつけて、次がメイだと思っただけなの」

 お姉さんが大笑いしながら続けて言った。

 「頭文字のMが同じじゃない?だから、すっ飛ばしちゃったのね」

 「あーそうだったんだ。抜けちゃったんですね」

 お姉さんと和やかに犬の名前の話をしていると、遠くから

 『ポン!』という音がした。

 お姉さんも僕も音のする方へと目をやると、白い煙が1つ空に浮かんでいた。

 「あ、そうだ、今日花火があるから予告があがったんですね」

 「花火?」

 「はい。マンダラ池の遊園地から、イベントの花火があがるそうです。両親と観にいく約束しているから早めの電車に乗らないと」

 「へーそうなのね。私の家から自転車なら行ける距離だわ、観に行こうかな」

 「犬たちとですか?」

 お姉さんが目を丸くして

 「まさか!犬と花火は観に行かないわね。犬が大変なことになるわよ」

 と、お姉さんはフフっと笑っていた。

 「そうと決まれば、散歩頑張って済ませて、花火を観に行くわ。またね」

 「はい。また会いましょう」

 お姉さんと別れて、駅へと急いだ。

 

 遊園地はとても賑わっていて、夜店もたくさん出ていた。

 母親はなぜか……すっごい可愛い花柄のピンクの浴衣を着ていた。

 「母さん、いつ買ったの?その浴衣」

 「え?これ~♡お父さんとお付き合いして最初に買ってもらった浴衣なの♡可愛いでしょ?」

 父親は、母親の言葉で一瞬目を大きく開き、前を向いたまま早歩きになっていた。

 すぐ速度は遅くなったけど。

 聞くに堪えないんだろうな……その年で着るな。なんて言うと、また大騒ぎになるし。

 僕は、父親の背中を気の毒そうに見ていた。

 

 母親の浴衣姿にも慣れた頃、夜店を楽しく見回っていたら、年配のご夫婦が小さな犬を抱っこして夜店を回っているのが目に入った。

 目が大きくて頭の小さい白いフワフワした犬。たしかチワワとかいう犬じゃなかったかな?

 この遊園地は犬同伴でもいいのは知っていたので、さほど珍しい事ではないのだが…………。

 その犬は浴衣を着ていて、首にはレイのような首飾りまでしている。

 (うわー、かわいがってるんだろうな)

 ご夫婦は、目に入れても痛くないというように、犬に頬ずりしている。

 僕は犬になりたいとは思わなかった。


 「あら。会えたわね」

 いつも河川敷でダックスたちのお散歩をしているお姉さんが、涼しげなワンピースを着て、目の前にいた。

 「こんばんは、夕方ぶりです」

 僕は、お姉さんとの会話が自然になってきたことが嬉しかった。

 父親と母親に下校で会うお姉さんだと話すと、2人とも笑顔でお姉さんに会釈をしていた。

 お姉さんが、

 「こちらこそ、お世話になっております」と言いながら、頭を下げていた。

 

 周りの照明が明るさを落とし始めた、花火があがる時間のようだ。

 

 ドドーン、パーン。綺麗な花火が上がりはじめた。

 みんなで腰を下ろせるベンチに移動しながら、僕と両親、お姉さんは空を見上げた。

 

 イベントもクライマックスのようだ。

 大きな花火があがった。

 ドーーーーーーーーーーーン

 地響きが渡るくらい大きな音と一緒に夜空を埋め尽くすような花火があがる。

 周りの人々の感嘆が聞こえる。

 と、花火の音が消えると同時に、小さく悲鳴が聞こえてきた。

 

 「ま、まって!チコちゃん」

 懇願するような声が聞こえる。声の方をみるが、暗いためよく見えない。

 お姉さんが、すくっと立ち上がり、声の方へ走り始めた。

 (は、はやい)

 人波をくぐり、ささっと走っていく。

 「あー、リードしてないか……」と、言いながら走っていく。

 僕もなんとなくお姉さんを追いかけていく。

 「ゆ、ゆうりょう~??」

 母親が驚いて声をかけたが、僕は両親の元を走り去っていた。

 後日聞くと、父親が「待っていよう」となだめてくれていたようだ。

 お姉さんは、声の方へと行ったと思っていたが、途中から別の方向へと走り出し何かを追いかけているようだった。

 白く動く物体?

 お姉さんは白い物体の走る方へ回り道を決めていた。

 走る速度をあげながら、白い物体の横までつめていく。

 お姉さんが白い物体にタックルするかのように手をのばし、つかまえようとした。

 「グルルルル!ギャンギャン!!」

 その白い物体が声をあげ、お姉さんに噛みつこうとした。

 (あ、さっきの溺愛されてた犬だ)


 お姉さんは、犬の首を持ち上げて、いつの間にか持っていた紐でささっと口に巻いた。

 「大丈夫、大丈夫よ。怖かったね」

 犬に優しく声をかけながら、犬の首からお尻に手を変えて、トントンと優しく叩いていた。

 しばらくすると犬も落ち着きを取り戻してきた。

 年配のご夫婦がハァハァ言いながら、お姉さんと犬の元へとたどり着く。

 「あ、あ、ありがとうございます。抱っこしていたのに暴れて逃げてしまいまして……」

 と、年配のご主人がお礼を言った。

 お姉さんは、散歩のときと同じ表情で

 「どうして外に出ているのに、リードをしていないのですか?」

 と、年配のご主人に質問をしていた。

 「えっと、抱っこしていたし、まさか逃げるなんて思わなかったから」

 「犬は大きな音に驚くことがあります。ましてや花火は怖いものだという犬が多いので、リードは必ずしてください。このまま帰らなくなったら悲しいでしょう」

 お姉さんの言葉に、年配のご夫婦は

 「気を付けます。本当に今回はありがとうございました」

 と、謝りながら犬を抱きしめていた。


 僕もほっとした。

 「犬は家族だけど、人間ではないからね」

 お姉さんは笑いながら、僕に話しかけた。

 「そうですね。あのコにケガがなくてよかったです。」

 「本当にそうね」

 お姉さんと僕は、元の場所に戻りつつ会話をしていた。

 

 元の場所では、母親がオロオロしながら父親に何かを言っていたが、僕の姿が見えた途端、笑顔になった。

 お姉さんが、僕の両親に向かって

 「申し訳ありません。急に走り出してしまって……」

 「いやいや、解決したのかな?」

 と、父親が笑顔でお姉さんに返した。

 「犬が花火に驚いて、逃げ出してしまったようです。捕まえることができたのでよかったです。では、私は帰ります。おやすみなさい」

 「そうでしたか、大変でしたね。おやすみなさい」

 父親がそう言うと、僕と母親はお姉さんに会釈をし、各々帰路へと向かった。


 金曜日の下校時、曇りの天気だった。天気予報では、降水率10%だったから大して崩れそうにはない。

 土手までたどり着くと、サックスのおじさんが新しい曲を奏でているみたいでおぼつかない演奏をしていた。

 おじさんと目が合った。

 (がんばって)

 心の中で応援しながら会釈をした。

 おじさんも、サックスを吹きながら、会釈を返してくれた。


 いつものベンチに座る。

 おじさんのサックスの音を楽しみながら、周りの景色を見ていると、お姉さんとダックスたちが見えた。

 僕のところまで散歩をすすめてお姉さんから挨拶してくれた。

 「昨日はありがとう」

 「いえ、僕の方こそありがとうございました。お姉さん、走るの早いんですね」

 「あはは。お姉さんか。多分、私と干支ひとまわりくらい離れているけど……光栄です」

 お姉さんは、フフっとはにかんだ感じで笑っていた。

 フェブはシッポをふりながら、こちらを見ていた。ジャンは真面目な顔をしてお姉さんをみている。

 メイは、草をクンクンしながら待っていてくれた。

 僕は、距離をとりつつベンチから犬たちの方へ歩いて、座ってみていた。

 「顔見知りになっているから、犬たちの警戒も解かれていると思います。触るならジャンから触ってください。彼がリーダーだから、後輩たちに安全だと教えてくれると思うので」

 「そうなんですね。ジャン、こんにちは」

 と、ジャンの方へと歩いて座り、手を顔の下へと伸ばしてみた。

 ジャンは僕の手をクンクンと嗅ぐとシッポをふりながら、僕をみていたので、「こんにちは」というと、優しい顔をして見てくれた。

 「フフフ、ジャンも『こんにちは。いつもベンチで何をしているの?』って言ってます」

 「え?あーベンチに座って、風景を楽しんだりサックスを聴いたりするのが日課なんです」

 お姉さんが訊いているのか?ジャンが訊いているのかわからないけど、自然に答えてしまった。

 お姉さんは、ジャンに笑顔を向けながら

 「あなたたちを見るのも楽しいんだって」

 と、ジャンに話しかけると、ジャンはお姉さんの目をじっと見ていた。


 「他の犬たちは、いつ散歩されているんですか?」

 「他の犬たちは、近くにある無料のドッグランに連れて行くの。シニアのコがいるから散歩よりゆっくり歩くのが好きでね。散歩より楽しいみたい」

 「いつか、見てみたいです。」

 「そうね、機会があれば来てみてね」

 あ、僕は週末バイトがあるから、なかなか無理かな。と心で少し残念に思いながら

 「はい。ぜひ機会があれば会ってみたいです」

 と、自分へ期待をもちつつ、お姉さんに応えた。

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