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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

職業差別をすると国が滅ぶこともあるようです

作者:

ヒロインの家はフランスの処刑人一族のサンソン家をモデルにしています。


他作品の「彼女は聖女ではなく〇〇だった。」と微妙にリンクしていますが、読まなくても支障はありません。

「お久しぶりです。シャルル様」


あの女は、いつもそう挨拶をしていた。


この国の第三王子は、兄達よりも先に婚約をした。

普通は年齢の順に婚約者が決まっているが、彼は特例の世代だったからだ。


この国の王族はとある一族と取り決めがあった。

三世代ごとに、ソレル家の令嬢と王族が婚姻を結ぶ。そんな特別な取り決めが。


王妃はそのために子供を生まなければならなかった。

王位継承権を持つ第一子、何か合ったときの為のスペアとしての第二子、そしてソレル家用の第三子が最低でも必要だったからだ。

系譜を見れば、三世代ごとに子供の数が多い。


そして該当の世代の第三子であるシャルル・ラグランジュの婚約者は、ソレル家の長子であるガブリエル・ソレルであった。


ガブリエルは非の打ち所が無い女性だった。


生まれたときから王族に嫁ぐと決められていたため、ソレル家総出で彼女を育て上げた。

礼儀作法、外見を磨くこと、勉学など全てにソレル家の中でもっとも優れた者から指導されていた。

美しい黒髪は艶やかで、涼やかな顔立ちはいつでも微笑を浮かべている。

その美しさは国外の名のある芸術家から、月の女神のようだと評された。同世代が学ぶ勉学の内容は一足先に終わらせていたので、会話をしても知性や教養にあふれていた。


だが、国一番の才女といっても過言ではない彼女を、シャルルは嫌っていた。



なぜなら、彼女は処刑人一族の娘だったからだ。



ソレル家はこの国の建国時から、代々罪人の処刑を担当していた。


ソレル家が処刑人になったのは建国の際、もっとも信頼する騎士に王が頼んだからだ。

その騎士は腕がよく、そして王となった男に最も強く忠誠を誓っていた。


国を作る際に対立した者達の首を切り落とした騎士に、王が頭を下げた。

これからも、自分が作る国の安寧のためにその剣をふるってくれないかと。


王命の仕事として、国有数の貴族である公爵の地位と、報酬も出すということに騎士はうなずいたが、彼は一つだけ条件を出した。


三世代ごとに、王族と我が家の者で婚姻を結んでほしい、というものだった。


騎士には王に忠誠を誓っていたが、同時に現実も見ていた。

この国が安定し、戦いが縁遠くなった時代にも一族が処刑を続けたならば、きっと人々から忌避される家となってしまうだろう。

そこで、国での地位を下げないために王族とのつながりを保証してもらったのだ。


王も、最も信頼し力もある彼の要求をのんだ。当時の第三王女が彼に惚れていたからだというのもある。

そしてソレル家はこの国有数の公爵家の地位が与えられ、それと同時に処刑人としての運命も決められた。



はじめは首都のみで罪人の処刑を担っていたが、一族の分家も進み、やがて国全土でソレル家が対応することになる。ソレル家が処刑をすればするほど、初代の騎士の予想は現実のものとなることになる。


彼の世代は誇り高き任務として人々から尊敬の念を向けられ、国王からも多大な感謝を寄せられた。だが、次の次の世代からはソレル家に対して不穏な空気がただよい始める。


国としても安定し、平和な世の中が当たり前になった頃、処刑の相手が変わってきたのだ。

国を揺るがし、乱した者達から、殺人や窃盗などの犯罪を犯した者達へと罪の規模が下がっていった。

それは処刑人の存在をすぐ近くに感じられるようになったということだった。

どの国でもそうだが、立場が下の者ほど犯した罪の代償は大きくなる。

生活が苦しくなった平民が、貴族の家で高価な物を盗んだという罪で処刑される者も現れた。

貴族よりも平民のほうが圧倒的に処刑される数が多くなっていく。



平民の処刑が多くなった頃から、処刑人のイメージは汚らわしいものになっていた。

貴族から見れば、平民の血を浴びた者。平民から見れば、自分たちを処罰する者。

王族と婚姻し、縁がある家という威光をもってしてもソレル家へのイメージ悪化は免れなかった。


その当時のソレル家当主は、現状がもっと悪化するだろうと予測した。

このまま行けばソレル家は貴族からも落とされ、平民からはさげすまれてこの世で生きていけないかもしれない。


そこで、処刑のほかに、新たな価値を得ることにした。


それは医術だ。


処刑は人体構造を理解することが求められる。どこを切れば罪人の首を苦痛少なく切ることができるか、そして罪人に与えられるあらゆる刑を確実にこなすにはどうすればいいかを常に考えていた。

自分たちの仕事をより確実なものとするために、処刑された遺体をソレル家は研究した。そして、その知識は人を生かすことにも使った。

人体の仕組みを理解していたソレル家の施す医術は精度が高かった。

根拠もない医療行為とも言えない行いもはびこっていた中で一線を画すものだった。

ソレル家の評判はここで拮抗する。医者として感謝されるが、処刑人として嫌悪されるのだ。


だが、どちらも血なまぐさい職業ではある。

依然として貴族には嫌厭されたし、最も高貴とされる王族は余計にそう思った。

国王や一部国の運営を現実的に考える者達はソレル家の重要性をわかっていたので失礼な態度など一切取らなかったが、王の継承権から離れれば離れるほどその意識は薄れていく。



第三王子のシャルルはまさにその典型だった。



ソレル家から王族に嫁ぐ者には、その時点での最高の医療技術をたたき込まれる。

約束を守る王族への敬意と、送り出す子の待遇が少しでも良くなるようにという愛情からだった。

自らの『価値』を最大限上げ、少しでも良い扱いをされるようにするのだ。


実際、ガブリエルは重宝された。

王城にいる具合の悪い者や年老いた者は、ガブリエルが登城すると我先にと会いに行く。


それもまたシャルルは気に入らなかった。

誰だって体の調子が悪くなることもあるし、誰だって老いる。

普段シャルルが会うことはないような、政務の中心にいる者なども自分ではなくガブリエルに会いに行く。


自分の価値が、この女よりも下だと言われている気がした。

生まれの経緯からして、自分の誕生はソレル家のためのものだと思うと、父と母を怨んだ。だが、それを直接ぶつけられるはずもなく、その思いはすべてガブリエルに向かう。



ガブリエルとシャルルが会うのは三ヶ月に一度ほどだった。

婚約関係のある二人の距離感ではない。シャルルが徹底的に避けていたからだ。


仲を深めるために、婚約関係になったら週に一度会う機会をもうけられる。

お茶会や、この国の発展についての勉強会などだが、シャルルは理由をつけて出席しなかった。

けれど、完全に無視をすることは王命で決められた婚約なので出来ないので、三ヶ月に一度重い腰をあげて会っている。

シャルルが無視している間も、ガブリエルは待ち合わせの場にいるらしい。


彼女はいつもそうだった。シャルルのことを非難せずに、ずっと耐えていた。

そして、ようやく会えた時に言うのだ。


「お久しぶりです。シャルル様」


シャルルはその言葉にも不満を持つようになっていた。

ガブリエルとしてはそのままの状況で言う挨拶でしかなかったが、シャルルには嫌味に聞こえた。


お茶会でも最低の会話しかしなかった。

ガブリエルが話を振り、シャルルが一言返す。三回ほどそれが続いた後にシャルルはもう会話は終わったと言わんばかりに、その場から離れてしまう。


幼い頃は、そんな態度を取るとガブリエルは泣いていた。

だが、年頃になる頃にはもう感情を殺しているのか、微笑んでシャルルを見送るだけになっていた。

シャルルが去った後、彼女に体の不調を見てもらいたいと多くの人が詰めかけたので、悲しむ暇がなかったというのもある。

だが、検診に来る人達も、ガブリエルの医術に関心があるだけで彼女がないがしろにされているのは見て見ぬ振りをしていた。



やがて、二人が同じ王立の学園に通うようになった頃には、その態度はさらにひどくなっていた。

学園のほどんどの生徒が処刑人の娘であるガブリエルを避けて、嫌悪した。

貴族の子供が多く通う学園では、ソレル家は忌み嫌う対象でしかなかった。



無視されて、ひとりぼっちのガブリエルはいつもいじめられ笑われていた。

そんなガブリエルと婚約しているシャルルは、悲劇の王子様として人気だった。

皆がシャルルを同情し、皆がガブリエルをさげすんだ。


彼女は学園で学ぶものはすでに修得済みだったので、学園に通う必要はなかったが、シャルルとの仲をこれ以上離さないために無理矢理自分の心を殺して通っていた。

テストの成績もよく、常に学年トップにはガブリエルの名前があったが、それさえも貴族の子供達の自尊心を逆撫でする形となり、ガブリエルの一挙手一投足はすべて侮蔑と中傷でしか返されなかった。


ますますシャルルとガブリエルの距離は離れていく。


そんな中、シャルルは一人の貴族令嬢と恋に落ちた。

彼女は純真で明るく、静かなガブリエルとは真逆の存在だった。

男爵家の一人娘である彼女は、普通であればシャルルに近寄れるような存在ではなかったが、その学園では身分関係なく協力して取り組む授業がいくつかあり、それがきっかけだったらしい。

身分違いの恋は悲劇の物語のようで、年若い貴族の子供達には最高のエンタメになったようだった。

周りもシャルルと彼女との仲を応援し、ガブリエルは当て馬のように二人の恋を燃え上がらせる存在となっていた。


その雰囲気に押されたからか、ガブリエルの前ですら二人一緒のところを隠すことはしなかった。

シャルルはガブリエルを見ないようにしたし、男爵令嬢はガブリエルのことを哀れみの目で見ていた。

貴族の地位で言えば、ガブリエルの方が格上だが、『処刑人の一族』というだけで自分より下に見えるようだ。


学園生活も二年たった頃、一大行事が開かれた。

各クラスが様々な演目で芸術を発表するというものだ。各々が得意な楽器で音楽の発表をしたり、剣術を披露したりする。

その中で、シャルルと男爵令嬢のクラスは演劇を披露した。

二人が主役のラブストーリー。まるで自分たちを模したような悲恋の話の中に、二人を邪魔する女が現れる。

それは誰が見てもガブリエルをモデルにした女だった。わざと醜悪なメイクをされて、二人の仲を引き裂こうと舞台に出る度に、招待されて舞台を見ていたガブリエルを見て観客はクスクス笑う。

舞台の上で台本にはないキスをした二人は、エンディングで生徒達皆に祝福された。


舞台の真ん前の座席に座るガブリエルをのぞいて。



ガブリエルは拍手の中立ち上がり、会場から出て行った。


そして、二度とシャルルの前に現れなかった。




一週間後、ソレル家が国中からいなくなった。


末端の分家までソレル家に関わる全ての者が忽然と消えたのだ。

ソレル家は処刑と医療を担っていた。処刑道具や医療道具の運搬で、荷馬車など移動手段を多く持っていたが、それを駆使したのか夜が明けたら末端の分家までまるで消えたように忽然といなくなっていた。


後々わかったことだが、隣国に亡命したらしい。

その国は最近有力貴族が多く亡くなり、それを機に国の刷新をはかっていた。

国内外を問わず、能力や志が高い者を歓迎していたため処刑と医療の高い技術を持つソレル家は、高い地位で迎え入れられたのだという。


はじめのうちは、嫌われ者の処刑人達がいなくなったことで皆喜んだ。

汚れた者達が居なくなり、国が綺麗になったと言う者さえいた。


シャルルも、自分を悩ますガブリエルが居なくなり、処刑人と縁続きにならないことに安堵していた。

相手がいないのではと婚約は破棄となった。

悲恋の男爵令嬢とついに結ばれるのだと学園中が祝福ムードにもなった。



だが、それも長くは続かなかった。



処刑人がいなくなったことで、国の治安がだんだんと悪くなっていったのだ。

罪を犯した者が処刑されなくなったからだ。

重罪人達があふれて刑務所は満杯になった。処刑されることのなくなった平民達は貴族への犯罪を犯すことをためらわなくなった。

貴族はその不満を、国の平和を運営できない王族に向いた。

負のスパイラルが出来上がり、治安は悪くなる一方で国は衰退していった。


最悪な流れは続く。


その状況を狙って隣国が攻め込んできたのだ。

王族に不満を持ち、国の防衛を担っていた騎士達も減っていた中で隣国の侵略に為すすべもなく、短期間で国は征服された。



国が一つになるのに、王族は二つもいらない。

いままでの歴史で、どの国の王族がそうだったように、後に反乱を起こされるリスクを排除するために、シャルル達は処刑をされることになった。


まずはじめに国王が殺されて、次に王妃。そして王位継承者が順々に殺され、最後にシャルルの番になった。


幽閉されていた王城の一室から、後ろ手に縛られて荷馬車に乗せられる。

途中で、卒業することなく行けなくなった学園の前を通りかかる。

処刑前にやってきた隣国の者達によれば、恋仲になっていた男爵令嬢は王族と婚約予定があった者ということで彼女も処刑を待っている身なのだという。

自分は皇子に言い寄られただけだと、命乞いをしていると報告されながら同情混じりの目で見られた。


父も母も兄弟も、何もかも失ったシャルルは考える。

どうしてこうなってしまったのか。


平民達の罵声を浴びながら、国で一番の大広場に連れて行かれた。

広場の中央には処刑台が設けられ、兵士に引きずられていく。


処刑台の周りには見知った顔が立っていた。

それはソレル家の者達だった。


皆こちらを見て、微笑んでいる。

処刑台の周りだけ、まるで祝宴のような雰囲気だった。


処刑台の階段の手前に、見知った顔がいた。

ガブリエルの父親だ。彼はシャルルの腕をとりながら、耳元でささやく。

「お待ちしておりました。舞台は整えておきましたよ。この国が滅ぶきっかけを作った者として、責任をもって見届けさせていただきます」


シャルルはそこで、ソレル家が亡命した国に手を貸して自国が侵略されたと気がついた。


父親は続ける。

「あなたに相応しい処刑人を用意しました。処刑技術の習得は短期間となってしまったので、首を落とすことに特化させました。ソレル家の処刑技術の素晴らしさを身をもってご堪能ください」


まるで最高のディナーを用意したような口振りに、シャルルの恐怖は最高潮になった。



ソレル家にとって、王族に嫁ぐ者は家宝だった。

忌まわしいとさげすまれても、王族に認められた職業だから誇りをもって生きてきた。

その誇りは、王族へ嫁ぐ者によりさらに崇高なものになる。ガブリエルはソレル家の『誇り』そのものだったのだ。

それをないがしろにされた。今まで耐えてきた分の裏切りを、決して許さない。

今日は最大の裏切り者への復讐を完遂できる日だ。



シャルルは自分は王族なのに、なぜ処刑人と・・・・・・という思いからガブリエルを無碍にしたが、それが傲慢であったことに処刑台の上でようやく気がついた。

シャルルこそが、ソレル家の生け贄だったのに。


処刑台の上に上がると、自分を罵倒する数千人の民衆が広場を埋め尽くしていた。

シャルルは処刑台の上にひざまずき、首を切りやすいように頭を落とされた。


怒号が飛び交う中、彼の後ろから軽い足音が聞こえ、真横に立つ。

すらりとした女性の足と、人の頭を切り落とす用の長剣が横目に見えた。


震える彼の首の上に、よく聞いたあの言葉が落ちてきた。



「お久しぶりです。シャルル様」







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