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私には幸せな未来が待ってる

作者: aqri

 結婚してすぐに思った。こんなはずじゃなかった、もっと幸せな毎日が待っていると思っていた。

 家事さえ終わらせれば自分の時間が持てる、ショッピングをしたり不要物など売って小遣い稼ぎしたり。いつか子供を授かったら家族で出かけたり、ママ友と買い物やランチをしたり、旅行をしたり。

 夢見ていた結婚生活は、まったく思い通りにいかなかった。

 もともと口数が少なく感情の起伏もあまりない彼。それでもプレゼントや贈り物はしっかりくれるので、マメなヒトだと思っていた。欲しいと言ったものは買ってくれる。私の言った事にはいつも同意してくれる。付き合って、結婚を意識し始めた頃に私がこの先も仕事を続けるかどうかという話の時。俺が働くから、辞めてもいいよと言ってくれた。

 幸せだった。だから結婚生活もさぞ幸せだと思っていたのに。


 あの人の仕事は普通のサラリーマンだと思っていた。あまり興味もなかったので詳しく聞いていなかったが、エンジニアだと言う。

 いざ結婚して一緒に暮らすと普通の人とは生活リズムが違った。朝の四時に出勤して、昼に帰って来る。そしてそのあとはパソコンで何やらずっと仕事をしている。

 休みが土日じゃない、曜日固定でもないので一日行って次の日休み、なんて日もあれば六日出かけて一日しか休みがない日もある。祝日は基本出勤。三日以上の休みを取ったことがない。連休を取りたければ有給にするしかないが、そんな気配もない。

 そうなるとこっちの予定も合わせなきゃいけない。完全にすれ違いだ。出かけるのが早いと当然寝るのも早い。夕飯も夕方五時くらいに食べ終わってしまうし、お昼過ぎに帰って来るので買い物は基本午前、開店と同時に行かないと間に合わない。

 すれ違いが多いから出かけることもない。夫婦の時間もない。


 つまらない。つまらな過ぎる。なんなの、この生活。


 仕事をしている時に掃除機をかけられないから何もかも午前中に済ませなければならない。だいたい午前中に掃除洗濯買い物して料理つくるってできるわけないじゃない、時間足りなさすぎる。

 こんな生活をしていると子供なんて欲しくなくなる。こんな大変な生活に子供なんていたら私の時間が全然ないじゃない。だから夜のアレは拒否した。数回拒否すると彼は何も言わなくなった。


 そうやって三年が過ぎた。新婚だというのに会話なんてまともにない。何のために一緒にいるんだろうと馬鹿馬鹿しくなる。結婚なんてしなければよかったな。この人じゃなくても良かった。


 たまたま高校の時の同級生と再会し、そのまま飲み屋に行って一夜を共にした。すごくドキドキして燃え上がった。やっぱり男女ってこういうものでしょ、愛を囁いてお互いを求める。アイツは私を求めてなんていない、家政婦くらいにしか思ってないに違いない。

 彼と何度か会ううちに、どんどん夫への感情がなくなっていく。この関係になって二年経った。彼にそれを愚痴ると、最初は聞き流していたがある日ベッドの上でこんな事を言ってきた。


「じゃあさ、保険金かけて殺しちゃえば?」

「え、何言ってるの」

「今時普通だよ。10万くらいで殺人請け負ってくれる人いるよ? その間にアリバイ作っておけばいいじゃん。まさか警察もこんな理由で殺すなんて思わないっしょ。お金は手に入るし嫌いな奴とはオサラバ。最高じゃん?」


 最初はそんな気にならなかった。でも、彼が見せてくれた裏サイトのようなものの掲示板。本当に、みんな小遣い稼ぎに人を殺している。ありがとうございました、いえいえ、なんて。デパートの店員と客の会話のように普通に殺人のやり取りがされている。

 普通なの? こんなことが。何だかだんたん興味が湧いてきた。彼に勧められるまま、サイトに書き込みをする。殺しを頼むのも考えたが、殺人のやり方を教えますという方が格安だったのでそっちを申込した。私にこんなにストレスをかけているつまらない男を自分の手でどうにかしたいという欲求もあったからだ。


 そのあとはあっという間だった。マッチングした人からレクチャーしてもらい、イメージトレーニングを重ねて五年目の結婚記念日、9月24日。たまには一緒にご飯食べようよ、とレストランに誘ってお酒に弱い彼にワインを飲ませて。

 泥酔状態の彼を車に乗せて、そのまま人気のない所に連れて行く。ワインには大量の睡眠薬も入れておいた。


「じゃあね、バイバイ」


 笑いながら彼の首を絞めて殺す。あとはレクチャー通り後処理をして、アリバイを確保して、彼とは喧嘩別れをしたというシナリオで待つ。警察が疑っても私を犯人扱いするには証拠がない。完璧だ。


 そう思っていたのに。私は今殺人容疑で法廷に立たされている。怒りに震える。まさか、ほんの小さなミスがあったとは。目撃者がいたのだ。しかもスマホで景色を撮影していた為私の顔が映ってしまっていた。

 懲役、執行猶予などの読み上げが辺りに響く。こんなはずじゃなかったのに。いや、あの計画がずさん過ぎるのだ、あのレクチャーした奴絶対許さない。


「お時間でございます」


 アナウンスが流れる。頭につけていたヴァーチャル映像を見る機械を外した。

 今最新のAI搭載したVRシミュレーター。細かい個人情報を入れて希望したこの先の出来事を予測してくれる。数年の出来事がたった30分で見れるのだ。

 未来の可能性は無限大だ、10回やると10回違う結果になったりするらしい。私は3回目。さすがに彼を殺す未来は初めて見たけど、冷めた夫婦生活なのは3回とも共通していた。

 やはり、この男と結婚はするべきじゃないらしい。いや、でも。殺し方を間違わなければ保険金が手に入る。私はにっこりと店員に笑いかけて部屋を出た。


「あ、どうだった?」


 隣の部屋から出てきた彼は相変わらずの無表情だが、わずかに口元に笑みを浮かべている。珍しい。


「今回の映像見て決めたよ。君と結婚しようって。幸せな未来が待ってる」

「ちょ、ちょっと。そういうの、ちゃんとした場で言ってよね! デリカシーないんだから!」

「ごめん。今から指輪見に行こう、好きな物選んでいいから機嫌直して」

「もう。ちゃんとレストラン予約してよ?」


 でも良かった。これで私の未来は確定だ。あと2~3回、同じシチュエーションを指定して完璧な計画を練り直そう。鼻歌交じりに店を出る。支払いは彼だ。




 レジで男を見た店員は笑顔で深々と頭を下げた。


「古木様、いつもご利用ありがとうございます」


 店員にポイントカードを渡し、店員はスタンプを押した。


「はい、ご利用50回目ですね。記念品と割引券、より精度の高い未来予想映像のご視聴が可能です。ご予約されますか?」

「もちろん。明日の15時はあいていますか」

「はい。では見たい想定年月日をお願いします」

「5年後の9月24日。17時から20時でお願いします」


 結婚して五年。こんなはずじゃなかった、もっと幸せな毎日が待っていると思っていた。お金が入ってくるはずだった、もっと良い人と再婚できる予定だったのに。

 なんで。完璧だったのに。全部シミュレーション通りだったのに。5年かけて準備したのに。


 初めて見る、彼のとても楽しそうな笑顔。


 睡眠薬を飲んで眠っていたはずの彼は、体が痺れて動けない私の頭にハンマーを振り下ろした。



END


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