第二話 巡礼の聖女 『トロザ』で依頼を受ける
トロザは王国第四の規模の都市であり、この地域での歴史ある中心地でもある。古の帝国が蛮族により崩壊した後、この地を中心とする国が成立したこともある。トロザ伯は『トロザ王』であった時代もあるのだ。
内海沿いに領土を広げ、内海の南側から進行してきたサラセン軍と戦った歴史も古くからある。
古の帝国時代からの歴史ある城塞都市であり、サラセンとの戦い、オクタ聖征で討伐軍と対峙したこともある城塞都市であったのは過去の話。
今では『ロンヌ川』の水運を生かした商業集積地として、西の大山脈からボルドゥへと至る要衝という経済的な面が強くなりつつある。また、内海と外海を結ぶ経済的な重要な水運上の経路でもある。
「立派なものね」
『金かかってるよな』
トロザと内海は本来、繋がっていない。王国と神国が対立していた時代
内海と外海の出口を押さえていた神国は、当然、王国の経済活動に圧力をかけ放題であった。船で運ぶには、神国のご機嫌を伺い、通行税もしはらわねばならない。
そこで、王様は考えました。「水路を内海から外海迄王国内で通せばいい」と。
内海からトロザの手前まで、53箇所の水門で区切られた240㎞にも及ぶ運河が作られたのは、今から百五十年程前の話。鉄道が敷設され、やがて運河を馬で引いた船が荷を運ぶ時代が終わろうとしているが、この水路は決して色あせるものではないだろう。
トロザからボルデュに向かうには川上から川下に船で降るだけなので何ら問題ないのであるが、その川から離れる場合、当然、馬車で搬送することになる。船の上なら襲撃されにくいが、馬車の場合、当然護衛の需要が存在する。
クリスとクラーラは、この次の目的地である『ルード』までの護衛の依頼はないかと冒険者ギルドで依頼を探すつもりである。
『なんか、明るい街だね!』
屋根の色が赤味がかった土色であり、壁も赤褐色である。柔らかい印象だ。
「壁の色や屋根の色が色彩豊かね。『薔薇色の街』なんて呼ばれているらしいわ」
石材の取れる場所の少ないトロザにおいて建材は焼煉瓦を用いたり、石膏を用いた建物が少なくない。また、内海に近いというあたりも、王都やファンブルの外海に近い寒々しい冬のある地域とは毛色が違うと言えるだろう。
個性の違いのようなものだが。
この街は、王家贔屓の者が多いという点も少々王都と異なっている。保守的であり、歴史を大切にしているというところであろうか。
『焼煉瓦はその昔、貧者の石材なんて呼ばれてたらしいぜ』
「本当の貧者は、壁の無い家に住んでいるものよ」
『ちげぇねぇな』
煉瓦は断熱性も高いので、悪くない材料だ。防火にも適しているし、なにより、石積みよりも安価で技術的には簡易だ。小屋程度なら、職人で無くても組むことができる。
「煉瓦の家もいいわね」
孤児院のある教会は石造だが、孤児の住む場所は板張りであったりする簡素なものだ。魔力が増えれば魔法袋の収納量が増えるとオリヴィに聞いた記憶がある。
魔力量を増やし、依頼でお金を稼いだなら、先ずは煉瓦を沢山買って孤児院を煉瓦造りにしようとクリスは考えてみるのである。当然、暖炉があるのは当然であるし、二階建てにはしたい。
「水回りも気になるわよね」
『風呂もだな。小綺麗にしておくのも、先々大事だろ?』
良い仕事を貰うには、身なりも大切だ。襤褸の古着でなく、仕事に行くならお仕着せの制服に似た揃いのものを着せてあげたい。それだけで、孤児への蔑むような視線も和らげることができる。
「お金はいくらあっても足らないわね」
『ポーション売って稼ごう!!』
『であるな。我も、どこかに宝が隠してある場所などないかと気にしておくとしよう』
ヴァイスは調子のよい事を言っているが、自分で稼いだお金で何かしたいとクリスは考えている。それに、孤児たちも自分で働いて稼いでもらいたいから、働く環境を整える支援をするだけにしたいとも考えている。
でも、それは自己満足であり、自分が幼い頃して欲しかったことの裏返しでもある。
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トロザの人口は凡そ十万人ほど。王都と比べれば十分の一にも満たないが、それでも、十年ほど前に開通した鉄道の影響もあり、この地の人の流入は増えつつあるらしい。
それに加え、元々『聖堂騎士団』の拠点となった施療院が多い地であり、その後は『宿泊施設』に衣替えしたため、修道院・施療院起源のホテルが鉄道開通後さらに増えているとも言う。
おかげで、クリスとクラーラはその元修道院である施設の一つに滞在し、この街で次の目的地へと向かう集団に『護衛』の依頼を受けるまで街の周辺で依頼をこなし過ごすことにしたのである。
「へぇ、半月ごとですか」
「最近増えてるんだ。ルードっていっても今はまだ宿泊する場所もないからな。聖母様がお姿を現したってんで、この地域の教会がルードに大聖堂と、巡礼の為の宿坊を開こうとしたって、簡単には建たないからね」
ルードというのは、西の大山脈の麓にある山村の一つであり、国境警備の城塞があるくらいで何もない田舎なのだという。そこで、『聖母様が現れた』という噂が立ち、やがてそれを教皇庁が『奇蹟』と認めたため、聖地としてその姿が見られた山間の泉が認定されたのがこの二年ほどのこと。
「本当に見えるのでしょうか」
「あんた、修道女だろ? 見えるんじゃないのかね」
久しぶりに修道女見習口調で話すのは中々難儀である。話を聞くところによると、貧しい村の少女が水汲みにむかうと、山中で女性に声をかけられ、「この先に湧き水がある」と教えられたところから始まるのだという。
何度かその姿を見たという少女は、不思議に思いその事を教会の司祭に何度か問うたのだという。何度も聞かれた結果、それは『聖母様』ではないかとされ、やがて『聖母様が現れ、貧しい少女の為に泉をくだされた』という話になったようである。
『湧き水見つけて、教えてくれた親切な人がいたってだけじゃない?』
『我もそう思う。何故、聖母が現れたという話になるのであろうか』
『あるいは、その女が……加護持ちか祝福持ちになったって話じゃねぇのか』
『『「……あ!……」』』
ジルバの言う事は何となく理解できる。どうやら、その場所で必ずしも『聖母』の姿を見ることができるわけではなく、また、見ることができる人は最初に見つけた少女だけではないが、限られた人間が幾度か目にするということのようなのである。
ようは、精霊がその姿を現し、人間の少女に祝福を与え、水汲みの世話を焼いたという事が切っ掛けなのだろう。御伽噺に出てくる『泉の女神』とよばれるものが、『水』の精霊の一つの姿であり、ルードにおいては『聖母様』と呼ばれてしまったのだと、クリス達は理解した。
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