第七話 巡礼の聖女 素手で払い落とす
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第七話 巡礼の聖女 素手で払い落とす
白い蜥蜴だと思っていたものがクリスの頭上に向けて落ちてくる。
『おい!!』
「わぁってる!!」
銃を使わないとは言ったが、出さないとは言っていない。クリスは右手にオリヴィから譲られた魔銀鍍金加工の施された双発銃を持ち、魔力を纏わせると、身体強化をした腕で握り棍棒のように落ちてくる白子をフルスイングした。まるで、樵が斧を打ち付けるようにである。
GYAUU!!
思い切り魔銀の棒でぶん殴られた白い蜥蜴は弾力のある肉体に双発銃を減り込ませると、そのまま、転げるように洞窟の地面をバウンドしていく。白い肌から赤い血がにじんでいるのだが、どうやら、鱗のような物で覆われていないようである。
『蜥蜴じゃねぇな』
「じゃあ!! なに!!」
『多分だが、蛙の仲間だな。サラマンドルそれも、ギガント種だろう』
サラマンドルは蜥蜴に似ているが、蛙の仲間であり、鱗を持たず主に水辺で生活している。その行動は、鰐ににており、待ち伏せし水辺に来る動物を捕食する獰猛な動物であるという。しかしながら、大きさが2m近くあるのは、長生きした結果魔物化したものであり、水の精霊と同化することで、『半精霊』となったものではないかというのがジルバの見解だ。
ぴくぴくと、腹を上に向け痙攣しているサラマンドル。気絶している可能性もあるのだが、警戒はほどけない。
クリスは思った疑問を口にする。
「ねぇ、サラマンダーって『火』の精霊、火蜥蜴のことよね」
『まあな。そもそも、火の精霊のことを「サラマンダー」と呼び始めたのはそんなに古い事じゃねぇ』
元々、錬金術師が作り出した燃えない布のことを「サラマンダーの皮」と名付けたあたりから広まった概念らしい。
「似ているからって、適当につけたの?」
『特徴だな。水が干上がった場所で、こいつらは自分で泥の繭を作って仮死状態になって雨が降るまで長い間耐えられるんだ。年単位でだな。その泥の皮と、鉱物由来の繊維で織った布が似ているってんで、サラマンダーの皮と錬金術師が名付けた。ようは、商標名だ』
クリスはなるほどと思う。妖精の粉が本当の妖精の粉であるとは限らないのと同じ事だろう。
『様子を見てまいります』
「お願い」
近づくのに最も適しているのは、猫の姿のシュワルツであろう。長靴を履いたとしてもである。前足でつんつんと突いたのち、何やら話しかけている様子が見て取れる。クラーラは魔銀ダガーの切っ先をサラマンドルに向け警戒を続けている。クリスも右手に双発銃、左手に松明を持ち警戒している。
やがてシュワルツが戻ってきて、クリスに報告した。
『主、どうやら、あの白子は主に願い事があるのだそうです。害意はないので、話を聞いていただけませんでしょうか』
クリスは一瞬躊躇したものの、半精霊であることと、ケット・シーであるシュワルツが害意無と判断したことを踏まえ、話を聞いてみる事にした。但し、念のため、現状の位置でクラーラは待機してもらう事にする。緊急時は魔力壁の展開も踏まえてである。
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ひっくり返ったままのサラマンダーは、じたばたとしていたものの、ブリッジをしてくるりと体を翻した。
『話を聞いてくれて感謝する』
「いいえ、こちらこそ急に攻撃して申し訳なかったわね」
『……いや、頭上をとられたなら、攻撃するのは当然。こちらの配慮が足らなかった』
「……」
とても低姿勢で、理解力のある半精霊の魔物であるとクリスは認識した。
「私の名はクリス。修道女見習」
『我、は……今は名無しだ』
「では、以前はなんと呼ばれていたのですか」
『近隣の人間からはヌシ様や、御守り様などと呼ばれていた』
どうやら、守護精霊に近い存在であったようだ。ヌシ様曰く、この鍾乳洞に住み始めたのは、自分の体が白子であり、外敵から身を守るために逃げ込んだ事がきっかけであったらしい。本来は茶褐色の肌で地面と同化するようなサラマンドルが、白ければ鳥などから簡単に見つけられてしまうからだ。
『洞窟なら、鳥も好んで入ってこないのでな。そこで、安全に暮らしている間に、体も大きく長命となった。魔物化したのかもしれない。その後、偶に洞窟から出てゴブリンなどを狩ることもあった。襲ってくる輩を返り討ちにして食していたのだ。それを見た人間どもは勝手にこの地の守り神扱いし始めたのがそもそもの機縁であるな』
なるほど。2m近いサラマンドル、そして、魔力持ちとなった魔物からすれば、人間の幼児ほどのゴブリンなど尻尾で叩きのめして丸呑みする事も難しくない。
『確か、サラマンドルは毒持ちだぞ』
いわゆる、皮膚毒というのだろうか。多少の切り傷程度では致命傷になることもなく、また、弾力がる為切裂くこともゴブリンの粗末な武器であれば不可能であったという。
魔銀の剣であれば、その限りでは当然ない。
攻撃されてもダメージを与えられず、噛みつき引っ掻こうとすれば却って皮膚から分泌される毒を受け、体が痺れてしまう。ゴブリンに限らず、襲うものからすれば、難儀な相手であっただろう。結果、白子と人間は共生関係となったのだろう。
『ところが、しばらく前からあのへんな鳥が住み着き、さらに、鍾乳洞の奥に、我と似た別の白き物が住み着いたのだ』
「……もう一体の多頭の白子。ヒュドラね」
ゴブリンや人間相手には問題なかったのだが、再生能力のあるヒュドラであれば、簡単には倒せないだろうし、サラマンドルでは全く歯が立たない可能性もある。加えて、ハピュイアもいるのだ。
『奴を討伐するなら、我も力添えする』
「ん……そこまでする気はないの」
『どういう意味だ?』
クリスは、白子と共生してきたであろう村人が何を行っているかについて掻い摘んで説明する。
『なるほどな。定期的に村人ではない者が洞窟に来るとは思っていたが。我は危害を加えておらんぞ。大概、鳥どもが襲って弱らせたところで、あ奴がやってきて喰ってしまうのだ』
どうやら、ゴブリンなどはサラマンドルが、そして、人間に関してはハピュイアとヒュドラが対応していたようである。とは言え、サラマンドルは随分とゴブリンなど食したこともないし、コボルドも狼自体見かけなくなったので、その派生である魔物のコボルドもいなくなって久しいという。
『協力するので、ここから連れ出してはくれまいか。我は、小さくなることもできるのだ。ほれ!!』
ぐんぐんと小さくなった白子は、手のひらに載るほどのサイズへと変化した。この一点をもってしても、『半精霊』と言えるだろう。そして、足元を素早く移動すると、クリスの肩へとよじ登ってきた。
気持ち悪いと思ったクリスは、断りもなくよじ登った白子を素手で払い落とした。
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