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第八話 マッチ売りの聖女 解呪方法を考える

第八話 マッチ売りの聖女 解呪方法を考える


 命の危険にさらされたクリスは、一旦話を変える事にする。


「魔女に、どうすれば元に戻れるのか聞いてみてもらえないかって話をしてみてもらえる?」


 クラーラは姉たちに、魔女に元に戻る方法を聞いてもらえるか尋ねる。姉たちは承諾をし、また明日、ここに同じくらいの時間に会おうという話をして今日のところは話を終えた。




 帰りながら、クリスはクラーラにこれからのことを尋ねる事にした。彼女が考えた「クリスが婚約者になり、一年ないし二年、巡礼の旅の間王子が結婚しないようにして、その間に解決策を考える」という提案である。


 旅に出たいと口にしたクラーラにとって、このまま呪いが解除されました、人魚に戻りますって未来が良い未来なのかということもある。人間の体を得て、それまでの何の苦労も不自由もない生活が一転した今、クラーラは人間の世界を学ぶ機会を得ていると考えても良いはずだとクリスは思うのだ。


 それに、一人の巡礼より二人の巡礼の方が楽しみだ。


 そして、なにより、その婚約期間中にクリスは王子の心を変える策を考えていた。


「クラーラは、今でもハンス王子と結婚したい?」


 クラーラはしばらく悩んだ上で頷く。クリスにハンス王子の立場を説明され、自分と結婚して妻にするのは難しいという事が理解できたのだろう。


「じゃあ、こういう考え方……策があるわ」


 クリスが考えた作戦は以下の通りだ。


 まず、クラーラはクリスと一緒に巡礼の旅に出る。その間、街に到着し、その街の巡礼者の宿や教会に立ち寄るたびにハンス王子に「クリス」として手紙を書くことにする。イニシャルはお互い『C』なので、問題ない。

『Clara』と『Chris』なのだから。


 内容は、経験や文物の情報など、ハンスの商会の商売に役立つような話でもいいし、自分の気持ちや考えを伝えることでもいい。ハンスは、クラーラの手紙を通して旅の経験を共有することになる。


「字の練習にもなるでしょうし、ハンス王子に伝えたいって事が旅先で沢山見つかるなら、あなたの巡礼の旅の経験も悪いものではなくなるわ。そして、手紙を通して旅を共有することで、気持ちが繋がると思う。どう?」


 今は言葉も交わせない関係であり、クラーラのことは拾った犬猫程度にしか思っていない王子であるが、クラーラの人間性……人魚性を知ってもらうなかで、繋がる感情もあるのではないかとクリスは考えたのだ。


『やる……やるわ……王子に伝える』

「そして、旅から戻った時、手紙を書いたのはクラーラだと伝える。クラーラがまだその時王子のことを好きでいられたなら、それも伝えると良いわ」


 闇雲に勢いだけで人の足を手に入れたあの時と、今では王子を想う気持ちは変わってきている。望めば何でも手に入る……そう思っていた海の中での生活と、陸の上での不自由な生活を経験したあとでは変わってくるのは当然だ。


 それが、巡礼を終えた後、どうなっているかはクラーラには分からない。

解りようもない。


 けれど、クリスが考えてくれた作戦なら、今このまま王子のそばにへばりついているより、ずっとましな未来があるような気がしてくる。


『頑張る!』

「そう。なら、それで行きましょう。先ずは、修道女の生活に慣れて、歩ける体を作るところからね」



 大聖堂に戻ったあと、今日もクリスはクラーラの足を温め、痛みが軽くなるように魔力を使うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、日課を行い、午後は文字を書く練習と街の中をクラーラと散策する時間とした。クラーラが人間の街について知らないところばかりであると考えたからだ。


「最初に冒険者登録するわよ」

『冒険……者……?』


 クリスは、クラーラと旅をする間、仕事を得る手段として冒険者登録することで手に入れようと考えていた。護衛……というわけではないが、雑用でも商人の移動に同行できればと思うのである。


 大量の物資の輸送は、最近使われ始めた『鉄道』というものが増えているのだが、まだまだ珍しいものだ。馬車での輸送も多いのは変わらない。むしろ、鉄道で大きな駅まで物を運び、そこから運ぶために輸送自体は増えていると言えるだろう。


 王子の商会もその辺りに商機を見出しているのだと、クリスは考えている。


 海運から鉄道を使った内陸への大量輸送。その時に何が売れ、なにが売れなくなるのか。近隣に増えていく織物など様々な工場で働く工員が増え、街での生活も少しずつ変わっている。


 クリスの「マッチ」だって、新しい商品なのだ。科学が発展し、人の生活が豊かになる反面、神の存在を感じ、精霊の力を頼る気持ちは徐々に薄くなり始めている。


 巡礼に出る事で、自分の人生の道標を見つけたい……という聖職者見習としてのそれらしい建前の理由と、広い世界を旅してみたいという本音が重なり、旅の仲間であるクラーラを得たのであれば、これは旅に出るのは「いまでしょ!」と思わないわけがない。




 旅に出るにしても、王子の一件を解決するのが先だ。呪いが解ければ、クリスが王子と婚約する必要も皆無になる。それはそれで大切だ。


 夜になり、二人は再び海へ向かう。昨夜同様、月が出ているが初春といえども、肌寒いのには冬と変わりがない。いや、むしろ寒い。


 岩場に座り、クラーラが海へと足をつけると、暫くしてクラーラ姉たちが集まってきた。しかしながら、異変が見て取れる。


『姉さま、髪はどうされたのですか?』


 一人の……昨晩クラーラと話をしていた姉の髪が肩ほどの長さに短くなっているのだ。


『Я заплатил ведьме за это.』


 呪いをかけた魔女に、今回の対価として髪を与えたのだという。大きな目からクラーラがぼろぼろと涙を流す。


 姉は近くまで来ると、手に持った棒のようなものをクラーラに手渡した。


『これは?』


 受け取ったクラーラは何かわからなかったようだが、クリスは『ダガー』であると見て取れた。それも、恐らくは『魔銀製』のものであろうと。


『Ударь этим принца в сердце.』


 感情の見えないフラットな声で、クラーラ姉は何かを伝え、それを聞いたクラーラは凍り付いた表情になる。


「クラーラ、何と言われたの?」

『ハンス王子の心臓を、これで刺せって。そうすれば……元の体に戻れるのだそうよ……』


 クリスはクラーラと同じように固まってしまったのである。





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