第一話 巡礼の聖女 『ペトロ』の闇を切裂く
第一話 巡礼の聖女 『ペトロ』の闇を切裂く
依頼主である商人アヴァールが懐から取り出したのは、冒険者ギルドへの依頼書の依頼主控えの原本である。
「依頼未達成の場合、依頼した品目の賠償のみならず、本品目の取引に際し受け取るべきであった利益、及び、取引不成立に対して受けた有形無形の損失を、依頼を受けた冒険者はこれを補填するとありますな」
取らぬ皮算用をしつつ、内面の嗜虐心が隠し切れないようで醜い愉悦を浮かべた表情をしている。背後にいる、お供の破落戸どももそれに倣っている。
「え、そんな契約……」
クリスとクラーラの受けた依頼書には、そのような細則は書かれておらず、目にしたり説明された事実もない。ギルドと依頼主の間ではそうなっているのであろうが、依頼を受けた冒険者にはそのような案内は無かったという事だ。
「おい! 知らバックレてんじゃねぇぞ!!」
「そうだ!! お前ら、途中で荷物売るか盗まれるかしてんだろう!!」
「あーあ、こりゃどんだけの借金になるんだろうな。まあ、払えないなら、払い終わるまで、旦那のところで働くしかねぇな」
ニヤニヤがもう隠せない破落戸ども。声がひときわ大きくなる。
「なに、私も悪魔ではない。支払える分だけ毎月給与から差し引かせてもらうかたちで年季奉公してもらえればいい」
「おー 旦那お優しい事です!!」
「お前ら、旦那に感謝して、この書類に署名しろ。そうすれば、ここで盗人扱いされて憲兵か市警察に捕まらずに済むぞ」
「捕まったら刑務所送りだ。十年や二十年は出てこれねぇぞ!」
「さあ、二人とも、こちらで契約をしよう」
脅す破落戸、救うふりをするデブ……そして、ギルドの受付は全く仲裁も仲介もしない。
「で、でも……」
「いいから。悪いようにはしないと言っているだろう。それとも、依頼の品がどこかにあるというのかね」
「まあ旦那。契約書を読んで差し上げてはどうでしょう。恐らく、難しい文章が読めないのですよこいつら」
王国の識字率は約50%。契約書に書いてある法律的な文章を読めるほどの教養のあるものは、その十分の一程度だろうか。
「おお、ならば、食堂の席を借りますよ」
「どうぞ。アヴェール様」
受付嬢は二人の事を一切見ずにアヴェールの言に従う。冒険者の中には「またか」と小さく呟く者がいる。
契約書に目を通す。個人に無限責任を負わせる契約。損害賠償の金額すら記されておらず、支払方法も明記されていない実質的には「白紙委任状」である。当然、違法な契約書であるが、契約を結んでしまえば、違法と立証するために大いに手間がかかるだろう。証拠となる契約書の
控えをクリス達が受け取っても、このまま連れ去られてしまえば官憲に訴える事も出来ない。
「さあ、気持ちよくサインしてくれるなら、ギルド食堂で好きなものをお腹いっぱい御馳走しよう」
『最後の晩餐かよ。安上がりだな』
ジルバはクリスとクラーラに呟く。ここまでで問題ないだろう。
「あ、あの、相談する時間を頂いてもよろしいでしょうか」
クリスは恐る恐るといった雰囲気で問いかける。
「ん、何か問題でも?」
「そ、その、この内容が良いかどうか自分ではわからないので……」
と躊躇うクリス。その姿を見て、破落戸どもが声を荒らげる。
「ああぁ!! アヴェール様がお前たちのためを思って弁済を考えて下さってるんだろ!!」
「ほんとなら、今頃、憲兵に捕まってもおかしくねぇんだぞ。刑務所行きてぇならいいけどよ」
「まあまあ、大声で脅すような言い方をするのは止めなさい。で、相談するのは、誰に相談するのかね。ここに……」
「いるよ。アヴェールさん」
山高帽を被った三十半ばであろうか、優しげな表情の紳士がテーブルの脇に立つ。
「あ、あなたはどちら様でしょうか」
「おい、余計な者が首ツッコんでんじゃねぇぞ!!」
紳士は笑顔を破落戸に返す。
「関係ないわけではありません。このお二人の関係者なのですよ」
「お、なら、代わりに弁済してくれるんだろうな」
「これこれ、そんな簡単に手に入るものでは『あるよ』……へ……」
クリスは背後の魔法袋から、テーブルの上にドンと依頼品の梱包を
積みあげる。
「あのさ、さっきから勝手に依頼失敗扱いするけど、しまってあっただけだから」
「「「……は……」」」
まさか、駈出し冒険者が魔力持ちで、尚且つ、魔法袋のような希少な装備を持っていると全く考えていなかったのだろう。大いに慌て始めるアヴェールと破落戸。
「こちらの契約書も興味深いですね。私、こういうものです」
一枚のカードを紳士はアヴェールに渡す。
「……王国内務省警察局……広域犯罪課……司法……警察官……」
「はい。あなたがこれまで、二つの冒険者ギルドの職員と結託し、詐欺と人身売買を行ってきたことに対する捜査ですよ。あ、動かないでくださいね」
入口から十数人の憲兵、そして、冒険者に偽装していた探偵が素早く冒険者ギルドのカウンター内に入り職員を拘束、アヴェール達も制圧されていく。
「暴れないでくださいね。逃げられませんよ」
「!! ふざけるな!! 私は、まっとうな『犯罪者だろ。口がくっせえぞデブ』
なっ……」
クリスがどさくさに紛れて顎を拳銃の柄で殴りつける。
「口が臭せぇから閉じてろってんだろ!!」
「な、な、なんだと!!」
「おい。こんな契約書出して来て、目の前に司法警官がいるのに、なんの問題もないとでも思っているのか。めでてぇデブだな」
「はい。それに、いま、アヴェール氏の商会にも立ち入りが入っていますので、同じ契約書で既に結ばれているものが存在するなら、犯罪行為ですね」
「ばーか。てめぇは最初っから、見ちゃいけねぇ真円を覗いちまっていたんだよ」
『深淵な』
『目がまんまるってことだよ!』
背後では、冒険者ギルドの職員が騒ぎ声を上げているが、そいつらも共犯者であり、本来中立であり冒険者を守るべきギルドがその役割を果たしていなかったという事は大ごとになるだろうとクリスは思った。
「今時、冒険者って流行らないのかもね」
『やってることは探偵も変わらねぇよな。だが、官憲側に協力するなら、冒険者よりもましかもしれねぇ』
冒険者は、その昔、貴族や騎士が手を差し伸べない部分に手を差し伸べる存在であると思われていた時代もある。実際、ほとんどの冒険者が社会の枠からはみ出た存在であり、ならず者や傭兵崩れなどが務めることが多かったこともある。
冒険者ギルドというものは、国の統治がいきわたるようになるにつれ、その存在意義を問われる事になっているのかもしれない。
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