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第七話 マッチ売りの聖女 人魚姉と会う

第七話 マッチ売りの聖女 人魚姉と会う


「泣きたいだけ泣いたら、一緒に旅に出ましょう?」

『……た……び……』


 クリスはクラーラを巡礼の旅に連れ出そうかと考えていた。幸い、修道女見習の地位を得ることができた。歩くのが大変なら、荷物持ち代わりに兎馬を一頭買い上げて、クラーラを乗せてあげてもいい。乗り心地は悪そうだが。


「折角足をもって人間の世界にやってきたんだもの、このまま人魚に戻る前に、人間世界を旅するのはどうかしら。色んな場所に行って、そこで沢山の人間と出会うのよ」

『たび……に行けば沢山の人に会うの?』

「ええ。街から街、村から村へ何日も移動するのよ。そこで、そこでしか食べられない食べ物や、珍しい場所、素晴らしい場所に足を向けるの。どうかしら?」


 涙で曇ったクラーラのまなざしにチカラが蘇るようにクリスには思えた。


『行きたい、クリスと、たび……』

「ふふ、なら、あなたの仲間にあって、どうすればいいか相談しましょう。それが一番だわ」


 クラーラは納得したようだ。


「横になって。足を暖かくしてあげるわ。痛みが和らぐはずよ」


 元人魚であるクラーラの足が痛いのは……足の骨を折った人が何か月も寝込んだ後に足が動かなくなる症状に近いとクリスは睨んでいた。痛いから歩かなくなり、最後には歩けなくなる。痛みをこらえて歩き続ける事でしか元に戻す方法はないのだ。


 クリスは、そういった人の元に通い歩けるようにする訓練を依頼として受けたことがある。強張った足の筋肉を温め、痛みが弱まるように足を温めていく。やがて、筋肉が力を取り戻し徐々に歩けるようになっていく。


 声は取り戻せないかもしれないが、元気に歩けるようになりさえすれば、後は読み書きと、悲鳴の代わりに『笛』でも吹ければ問題が解決する。歌えないのなら……楽器を演奏するのでも良い。なんだ、難しく考える必要なんてなかったとクリスは一先ず安心する。


『痛く……なくなって……きた……』

「そう。良かったわ。毎日、少しずつ良くなるように頑張りましょうクラーラ」


 足の痛みが弱まり、体が暖かくなったクラーラは安心したのかあっという間に眠りについた。


「旅は道連れ、世は情けってね」


 王子に恋をし、王子と出会い、王子に放り出されたクラーラ。でもまだ、諦める時間じゃないからとクリスは思う事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、二人は修道女見習として大聖堂で一緒に日課をこなしていく。初めてのことばかり、それに言葉を話せないクラーラである。足も弱っているのだから、あまり多くの作業を担うことは出来ない。


 それでも、昨日の様子より随分と元気が出てきたように見て取れる。おそらくは、元々物おじしない快活な性格であったのだろう。末の姫様とやらなのだから、当然だ。


「だから、一目惚れからの突撃になっちゃったんでしょうね」


 家族全員の反対を押し切り、なおかつ、舌を触媒にした肉体変化の呪いを魔女から受け入れるなんて……もう少し考えた方が良い。




 クリスは日課の作業を、屋外の軽微なものにして貰った。まずは、箒で落ち葉掃きである。人魚の国に、箒はあるのかと疑問に思う。


「まずは、真似してみてちょうだい」


 クリスの言葉にクラーラが頷く。箒の持ち方を確認させ、そして、掃く方向に気をつけつつシャッシャと落ち葉を掃き集めていく。


「こつは、一度に沢山掃こうとしない事。力を入れるより、素早く動かすように意識する事かしら」


 クラーラは自分の箒を手に取り、クリスの作業を見ながら真似をして見せる。中々に上手だ。孤児院の子供たちより上手だと思う。


「初めてとは思えないほど上手だわ」

『でしょ? 歌も踊りも国で一番だったの。上手な方の真似をするのは得意なのよ』


 クリスはクラーラの心からの笑顔を初めて見たような気がした。見取りが上手で賢い姫であったのだろうと想像する。いや、頭がいい馬鹿という奴かもしれない。もしくは、自制心が不足しているのだろう。


 作業をこなしつつ、クリスが問いかける。


「あなたのお姉さんたちに会いたいんだけど、どうすれば会える?」


 クラーラは、夜に海辺に行って自分が海に足を入れれば、姉たちは会いに来てくれるというのだ。


「なら、今晩は海に行きましょう。昼間は駄目なのよね」


 クラーラは頷く。




 午後は夕食までの間、簡単な読み書きの……練習をする。声には出せ無いので文字を読んで書くだけなのだが。それでも、自分の名前とクリス、そしてハンス王子の名前を書くことができるようになった。


 夕食後、就寝までの時間は自由時間となる。そこで、二人は許可を取って夜の海を見に行きたいと願い出る事にした。修道女の長は駄目だと言ったのだが、事情を察した司教が許可を出してくれたので、無事、二人は外出

することができた。


 フード付きのマントを被り、杖を持って街を抜け海に向かう。桟橋や岸壁では目に付くであろうし危険でもある。船に連れ込まれたら、そのままどこか遠くに売りとばされかねない。港町、特に酒場のある場所は誘拐多発地帯でもあるので注意が必要だ。安宿もである。




 砂浜に近い岩場に人気はなく、二人は水際に近寄る。靴を脱ぎ、ローブを脱いだクラーラが岩に腰掛け水に足をつける。膝下ほどまで水につかり、しばらくじっとしていると、沖の方から何かが現れる。


『お姉さまたちだわ』


 見ると、クラーラと似た面差しの美女がスイスイと近寄って来る。そして、クラーラから少し離れた場所まで来ると話しかけ始めた。


『Добрый вечер Клара. Вы хорошо выглядите.』


 どうやら、クリスとクラーラ姉との心の親和性はないようだ。残念。


『王子様とはうまくいきそうにないの。王子様が他の人と結婚したなら、私はそのあくる朝、死んで海の上の泡となってしまうのですよね。なんとかその呪いを解く方法が無いかと思案しているのよお姉さま』


『Вот почему я так много сказал!!』

『ごめんなさい。でも死にたくないの。どうにかしなければ……』


 姉たちはああでもないこうでもないと会話していたようで、一人の姉がクラーラに話しかけている。クラーラが俄かに慌てた様子になる。


「どうしたのクラーラ」

『お姉さま方は、その王子の結婚相手を殺せばいいって……』


 確かにその通りだ。そして、求婚されているクリスは今目の前にいたりする。




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