第四話 巡礼の聖女 サーカスの技に驚く
第四話 巡礼の聖女 サーカスの技に驚く
『詳しく話すまで、逃がさない』とばかりの目力でハンナを見つめるオリヴィ。そわそわと落ち着かない様子のハンナだが、ポツポツと話を始める。
「た、大したことではありませんけれど……小芝居のようなことをさせられるので、いろんな役柄を演じたりですとか、早変わりなどと言うのも仕込まれています」
早変わりと言うのは、舞台で役者が一人二役をこなす際におこなうような、一瞬で髪形や衣装、雰囲気まで変える技術である。
「すばらしいですね」
「魔術もそれは難しいもの」
『……凄い……人魚から人間とか?』
特級探偵二人はともかく、クラーラ、それはない。
「め、メイクを変えて、顔立ちをかなり変えることもできます。お化粧の技術ですね。鬘なども、用意していただければ、ガラリと印象は変えられると思います」
「ヴィが黒髪以外の姿になるのも、私としては楽しみです」
「見慣れて飽きたとかかしらね」
「いいえ、魅力が二倍になるという意味ですよ、当然」
なんだか、男女の話になりかかっている気もするが、甘い雰囲気が一切ないのが腐れ縁的ですがすがしいビルとオリヴィである。
ハンナを借りた宿へと送り、オリヴィは王都へ数日後移動する際にハンナも王都に向かう事になると伝え、その間は好きにするようにと伝えた。
ここからは、この先の巡礼の旅への準備を進めることになる。場を改めたオリヴィから、これからの役割りを伝えられるのだ。
「一言で言えば、おかしな事件には首を突っ込む、特に「薬物」「人攫い」「魔物」「強盗団」といった案件ね」
「王国も南西部はある意味別の国という側面があります。神国は内情不安な国ですし、こちらに影響が出ている面もあるのですよ」
神国は『大陸戦争』で、一時チビ将軍が実兄を『国王』としたことがある。連合王国の遠征軍が神国に上陸。神国の抵抗運動・反乱軍を指揮する反王国勢力がこれを支援し実兄国王は追放され、元の王家が再び統治することになったのだが、それまで遅ればせながら進めてきた商業資本の集積や工業化が相当破壊される事になったという。
「昔は大国だったんだけどね、今は二流国といったところね」
「近代化を進める国王と中央の官僚と、地方の貴族・軍部の懐古派が対立しています。元々地方分権が長く続いた国なので、中央主導の国づくりには反対が根強いのですよ」
神国国王は、複数の国家の君主を兼ねていた。大国というよりも、様々な国の君主を兼任しており、そういう意味で大きな力を持っていたのだが、電信もない時代、地域の指導者である貴族や高位聖職者に実権は丸投げされていたといえるだろう。それを、時代の変化だといって権力を取り上げるのは面白くない。
国の中で先に近代化が進む地域と遅れる地域、社会資本の整備も均一とはいえない。不平不満が溜まりやすいのだろう。そういう意味では、連邦が統一されれば同じことが起こるかもしれないとクリスは思ったりする。
「なので、王国内よりずっと神国は治安が悪いし、なによりオリヴィ=ラウスの看板が使えないからね」
「自分で言うところがヴィらしいです。ですが、王国内でラウス探偵社の名前を出せば、憲兵や冒険者ギルドはそれなりに対応してくれますから、それが期待できなくなる分、危険度は大きくなるのです」
神国内にも冒険者ギルドが存在する。存在するが、ある意味、別組織であるのだという。
「名前は同じだけれど、王国は半官半民の公的組織ね。神国は、昔の帝国よりもさらに砕けた存在の様ね。仕事を紹介するだけで、それぞれの街や村に根付いた『紹介所』のようなものらしいわ」
冒険者ギルドというのは、本来、依頼主から依頼を預かり、冒険者と称する登録された人間に仕事を割り振り、一定の紹介料を貰う組織である。その昔、帝国では『商人同盟ギルド』という、都市の商工業者の元締めのような組織が冒険者ギルド「も」管理していた。商人・職人・傭兵・そして冒険者のギルドというわけだ。
王国の場合、騎士団・衛兵・常備軍で不足する治安維持能力を補助する為の存在として冒険者ギルドが整備されている。いまでも、憲兵や警察に冒険者から転職もしくは引き抜かれるものは少なくない。神国はそうではなく、純粋に紹介業者というわけだ。
「何が問題なんですか?」
「大きな都市のギルドは神都の神国本部から管理者が派遣されているから、王国の冒険者ギルドの所属であることで物資を預けたり、連絡をとるような互恵的援助を与えてくれるはずなの」
「小さな支店・支所は、ルージュの警視や判事みたいなのが沢山いて、外の権力の影響を受けませんから、良からぬことを考えている輩もいないとは限らない危険性があります」
つまり、今まで通りである。なにがあっても二人で何とかする。そして、自分たちのできる事なら、なんでも首を突っ込む、見て見ぬふりはしない。それも含めて巡礼の旅なのだから。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
そして、オリヴィ達が王都に向かうタイミングで、クリスとクラーラも巡礼の旅を再開することにした。
オリヴィからは餞別代りに様々なものを貰う事になる。
一つは「魔水晶」である。これは、魔力持ちが大いに減った今日においてはあまり知られていないのだが、魔力を込める事でさまざまな用途で使用する事ができる魔導具の動力源などになる存在である。今風に言えば、魔力の蓄電池といったところだろうか。
「二人とも、魔力をこれに蓄えておけば、いざという時に役に立つわね」
「例えば……存在を誤認させたり、魔導具を入手した時に試しに動かす際に利用できますよ。クリスなら『火』の精霊の加護のある魔力になりますから、この先、必要になる局面があるかも知れません」
神国のとある場所には、『火竜』が存在するという。先住民が『神』と崇めた大精霊であり、恐らくは『火』の高位精霊だろうというのだ。
「お土産というか、貢物になります。あなたの魔力量は今は少ないですから、身につけて、余力のある時に魔力を込めておくことをお勧めします」
『寝る前にギリギリまで込めるって奴だな』
『魔剣』ジルバが鬼教官よろしく、クリスに新しい課題を与える。余計なことを。
「それと、クラーラにも必要になるの。これは、西の大山脈に向かうついでに調査してしてもらいたい『依頼』ね」
『お、それは楽しみ。どんな依頼なんだ?』
難しい話が続き、自分が蚊帳の外だと感じていたクラーラは、話を振られたと思い大いに関心を引かれたようだ。
「西山脈の麓にある『ルード』という村に『聖母』が姿を現したという噂が流れているの。当地の司祭がその存在を認め、姿を見たという少女を『聖女』認定の推薦をしているわ」
「王都の大聖堂からすれば、実態調査が必要なのですが、誰が調査に向かうかでもめています。なにしろ、ほとんど神国で鉄道も通っていませんから、面倒がって押し付け合いっているわけです。お二人は幸い修道女として巡礼の最中ですから、オリヴィ=ラウス探偵社として教会から依頼を受けて聖職者兼探偵が調査に向かう……という依頼となりました。交通費や宿泊費もルードと王都の間の往復分が支給されますし、日当も支払われます」
とてもおいしい。ルードは今の巡礼街道とは離れてしまうが、南の巡礼街道までショートカットしてなんかすればちょっとした寄り道で済みそうである。
『美味しいもの、あるといいね』
クラーラは寄り道=美味しいもの廻りとでも思っているのかもしれないが、折角の旅路、美味しいもの廻りは歓迎だとクリスも思うのである。




