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第六話 マッチ売りの聖女 ハンス王子と話合う

第六話 マッチ売りの聖女 ハンス王子と話合う


 御神子教徒として、聖地巡礼は天に至る道として高徳の証とされる。聖職者であれ、俗人であれである。


 聖征がなぜあれほどの熱狂をもってその時代において受け入れられたかといえば、天に至る実践でき活動と評価されたからに他ならない。


 原神子教徒が商売熱心であることも同様。商売を成功させ利潤を生む事が、敬虔な信徒としての証であると考えるからである。わかりやすい。


「それは、どうしてもか」

「……はい」


 ハンス王子は、溺れている時に見たクラーラの顔と、打ち上げられた後に見たクリスの顔を混在して認識しているのだろう。吊り橋効果的何かである。茶色い髪に茶色い目のありふれた配色であり、面差しは全く異なるが、色目の特徴は比較的似ている。


 活動的な印象を受けるクリスに対し、儚げで可愛らしい印象のクラーラは並べてみれば全く似ていないのだが、王子にとってはクリスだけを認識してしまっているのだから仕方がない。誤解なのだけれども。


「ならば、その間、君の戻りを待とう!」

「……一年二年はかかりますが」

「む、船で向かえば良かろう。半年とかからないはずだ」

「「……」」


 クリスとアンデルセン司教は絶句する。巡礼とは、目的地に向かうまでの過程に意味があるのだ。例えるなら、人の背に背負われて山の頂に立つような行いは巡礼の意味を問われてしまうと考えればよい。


「殿下、巡礼は巡礼路にある聖跡などを巡り、祈りをささげるものです」


 巡礼というのは、天の国に至る修行の場であり、一市井の信徒であっても行うものであり、修道女見習であるクリスなら、宿坊などで寝起きをし、救護院の手伝いなどもする事になるだろう。それだけ、進達に時間がかかる。


 何より、王子の妻になるメリットが一ミリもクリスには無い。地位も名誉もなんて香具師のような聖女であるクリスとは縁遠い話であり、有難迷惑でもある。


 よこでクラーラが物悲しい表情をしている。クリスはすっと手を握ると、クラーラに「心配ない」とばかりに首を小さく横に振って見せる。


「とにかく、この娘のことは教会に委ねる。一時的に保護していただけだからな」


 クラーラに顔を向けると、興味なさそうな視線を送りながら司教に王子は言ってのけた。


「どうやら、同世代のクリスと以心伝心できるようですので、しばらく預かる事に致します」

「そうか。流石聖女だな。この者は声も出せぬし字も書けぬ。それに、歩くことも困難でな。正直持て余していたのだ。助かるぞクリス」


 助けてほしいのはクリスの方である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 一先ず、厄介者をおしつけられたとばかりに、王子は機嫌よく去っていった。クリスが完全拒否したことも都合よく解釈したようで「すぐには決められないだろう」と言い残し去っていった。


 ハンス王子が去った後、クラーラは声もなく泣き始めた。目の前で興味がなくなったとばかりに冷たい視線を受けた上で、クリスに求婚する場に立ち会ってしまったのだから当然……失恋である。


「百年の恋も醒めると良いのだが」

「……そんな簡単な話ではありません」


 クリスが司教にクラーラが自分の声を対価に魔法薬を得た事。その上で、痛みがあるものの一応歩けるようになったこと。これは人魚うんぬんの話を省略し、歩けないからだであったと説明した。嘘ではない。


「なるほどな。耳は聞こえるが声は出せないのはそういうことか」


 司教は、劇薬のせいで声を失ったが、歩けるようになったと解釈したようだ。そして、読み書きができない生まれであると理解した。漁師の娘か何かだと判断したのだろう。


「まずは、読み書きから始めようかと思います」

「そうだな。クリスが伝えられるのであれば、それがいい。言葉が交わせずとも、読み書きができれば商会の仕事は手伝えるやもしれぬ」


 司教は儚げな容姿のクラーラを気に入ったようであり、読み書きができるのであれば、大聖堂で使用人として採用する事も考えると言ってくれた。一先ずの身分としては、クリスと同じ『修道女見習』という形にするという。


「王子の件、なんとかできればいいのだがな」


 それは難しいだろうという表情を見せつつ、司教は二人を一先ず修道女見習の住む部屋へと案内することになった。





 見習は大部屋のはずなのだが、司教の配慮と好意もあり二人部屋に案内された。これは、見習ではなく修道女と同じ扱いである。


「こちらに、紙とペンをご用意してあります。不足があれば、申し伝えてください」

「ありがとうございました」


 案内の修道女にお礼を言い、二人は一先ずベッドに腰かけ、これからの話をすることにした。


『王子様は、私のことを好きになってくれなそう』


 先ほどの冷たい視線を思い出したのだろうか、クラーラは再びさめざめと泣き始めた。


「あなたの一目ぼれ、初恋でしょ? 初恋は叶わないというのが人間界では定説なのよ」


 二人は見つめ合って薄く笑う。


『クリスの初恋も?』

「さあ、どうだったかしら。覚えていないわね」


 初恋などという飯の種にもならない感情をクリスは持ったことが無い。孤児院で小さな子供の世話をし、役に立たない神父の影に日向に孤児院を運営する手伝いで精いっぱいであった。


 クリスが小さなころは老修道女が一人きりもりをしていたのだが、二年ほど前に風邪をこじらせてぽっくり亡くなってしまった。暫くはクリスより年上の女の子と二人で頑張っていたのだが、女の子は孤児院を卒業してしまい、紡績工場で働く為街を出て行ってしまったのだ。


 それからは、毎日が必死であり、恋などする暇はなかった。言い換えれば、クラーラは毎日暇で暇でしょうがないから一目惚れしたのだろう。


「一先ず、あなたが元の人魚の姿に戻れる方法を調べましょう」

『そうね。それがいいかもしれないわね』


 最悪、ハンス王子の求婚に応じ、婚約だけを済ませておけばいいかとクリスは考えた。王子が結婚しなければ、クラーラは消えてなくなる心配はない。


 時間を稼いで次善策があるかも知れない。


 あるいは、クラーラと婚姻することができるように、王子の心を変えるアプローチを見つける可能性だってある。


「時間を稼ぐ、方法を探す、それと……」


 クラーラは舌を切り取られ、それを触媒に呪いをかけられたという解釈も十分成り立つ。ならば、舌を復元し『解呪』すれば問題ない。呪い返し? 『魔女』であれば、相応の覚悟があるだろうとクリスは考えた。





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