第十話 巡礼の聖女 猫を拾う
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第十話 巡礼の聖女 猫を拾う
「ま、この程度ならいいわ」
「いや、逃がさず殺さなかったので十分でしょう」
郵便馬車に『判事』と生き残りの怪我人を乗せ、死体は収納庫に収め四頭の馬とともにクリスとクラーラはオリヴィと共に移動している。帰りは郵便馬車の天蓋席に座り、クリスは馭者を務めている。ファンブルの冒険者ギルドでも、馭者の依頼を受けたこともある。とはいうものの、四頭立ては初めてである。
馬は先行するモノを追いかける性質があり、ビルとオリヴィが騎乗で先導してくれているので、馬車を引く馬は落ち着いたものである。
『高いねー』
並んで馭者台に座るクリスとクラーラ。既に視界にはルージュが見えてきており、その手前に数騎の憲兵所属の騎兵が街道上に待機しているのが見て取れる。
「先に話を通してきます。ヴィはそのまま馬車と同行してください」
ビルが前に出て、先触れの為に前方の騎兵の群れへと馬首を向ける。ここで二人の仕事もお役御免となりそう……ではある。駐屯地は市街に入る必要もなく、何故か昼前に郵便馬車が街にやって来るというオカシナ出来事を街の住民に見せる必要もない。
犯罪組織が街から一掃され、その後、少々の騒ぎが起こっているものの、街の空気は落ち着いた者である。早朝、散々喚き散らした『禿』の貸切郵便馬車が空馬をゾロゾロ引き連れて戻って来たとなれば、何があったかお察しの通りとなる。
市長や裁判所の関係者、市警察に関しては何かが起こっていることが伝わっているだろうし、直接関係のある人間は、誰とも連絡が取れなくなっていることで疑心暗鬼・戦々恐々といったところだろう。
「こっからさきは、憲兵隊のお仕事。王都から、内務省の正式な審議官御一行が汽車で王都からこっちに向かっているはずだから。電信って便利よね」
鉄道の敷設とならんで、電信の普及も同様に進んでいる。鉄道よりも新しい技術であるが、鉄路を整備するよりはずっと容易なので、どんどん距離が伸びている。10語で大体、10フルールほどとお高い。どのくらいお高いかと言うと、クリスがファンブルで下働きで受ける日当の二日分
に相当する。だが、軍や政府の機関からすれば、電信局から電信局までは一瞬で届き、そこからは郵便配達夫の手を経るものの、二十四時間連絡が届く仕組みとなっているのは、とても有意な装置であると言える。
「昨日、アイネルから戻って電信を打ったから、今日の夕方までにはこっちに先遣隊だけでも来ているでしょう。だから、私たちの仕事はここまで。どうする? 巡礼の旅に出る準備もあるでしょ」
憲兵騎兵隊と合流し、馬車の馭者台を譲る二人に、オリヴィはこの後の消耗品や食品など保存できるモノを買い足すつもりでもある。それに、普通の宿に泊まり、ゆっくりしたいとも思っていた。
「できれば。街のそこそこよい宿でゆっくりして、二人で買い物をしようとおもっています。下着とか……包帯や薬なんかも」
「そうね。じゃあ、これは、特別手当ね」
どうやら、捕まえた破落戸探偵と『判事』のお財布から頂いた、十数枚の50フルール金貨の入った巾着を受け取る。中身を確認し、驚くクリス。
『なになに、おいしいものたくさん食べられそう?』
「……クラーラのお腹が破裂するくらい大丈夫よ」
『ほんとですか! そうですか!!』
財布の中身は、軍隊なら中堅尉官の月給ほども入っている。衣食住を全て軍が賄う兵士と異なり、尉官は身に着ける軍服や個人装備は自弁であり、食事や住居にも相応の費用が掛かる。なので、それなりに高給とりでもある。
「危険手当。だとおもっていいわ。本来の報酬は別に用意するから。接収した装備も換金して整理しないといけないしね」
オリヴィは「蒸留設備」を接収し自分の物としたこともあり、その分をクリス達にどのように還元するか考えているようなのである。
「三日くらい時間を貰える? 今用意しているものが整うのがそのくらいかかるから」
「承知しました。では、ルージュの聖地を周る事にします」
『観光だ! グルメ観光!!』
二人は何を食べようかなどと、呑気な事を考えつつルージュの市街へと向かうのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
街へ向かう途中、クラーラが不意に何かを見つけた。
『あ、黒い猫ちゃん』
クラーラが指さす方向を見ると、そこには確かに黒い猫がいた。だがしかし、ちょっと待ってもらいたい。目の前の黒い『猫』は、普通の猫ではない。長靴を履き、マントを羽織り、羽飾りのついたソフト帽を被っている。明らかに、猫ではないが、二本足で立つ猫。
「本当にいるんだ。シーって」
『シー?』
「猫の姿をした妖精の一種。猫はケット・シーっていうんだけど、御伽噺に出てくる架空の存在だと思っていた」
『人魚がいるんだから猫妖精だっているんじゃない?』
目の前の理不尽な存在を思い出し、クリスはケット・シーの存在も認めるしかないと思いを改める。
『お二人は、巡礼の途中ですか?』
「ええ、そうよ。ちょっとかなえたい願いがあってね」
『お、話が通じた。すごい!!』
どうやら、目の前のケット・シーはクリスともクラーラとも波長が合うようで、会話が成立した。
『私を旅のお供にしませんか? これでもなかなか役に立つ存在なのですよ』
『猫』は帽子を脱ぐと、その昔の貴族の従者のように挨拶をする。今の時代では、お芝居か挿絵でしか見かけないような優雅な礼である。
「そうね、その格好じゃ無理ね。残念」
旅のお供が増えるのは悪くない。そもそも、精霊なら餌代もかからないし、病気で死ぬことともないだろう。猫を買えるほど、孤児院は裕福ではなかったので、クリスからすれば興味がある。
『人魚の国にはウミネコはいるけど、猫はいないからね。楽しみ』
クラーラはお伴に加える気満々なのだが、流石に二本足で歩く猫を連れて回れば、それだけで面倒ごとが起こりかねない。
『ならば、これでは如何でしょうか』
NaaaO
一瞬、パッと目の前から消えたと思ったら、足元には毛並みも美しい若い黒猫が姿を現した。
「化けるものね」
『元が妖精ですからね。これならどうです』
『ウミネコよりずっと可愛い!! ね、抱っこしてもいい?』
『どうぞ。好きなだけ抱いてください』
聞こえる声はビルと同世代の青年の声に聞こえるが、それは二人の心に直接話しかける声。クリスは、この小さな旅の仲間をどのように連れて歩くか考えていた。革帯で吊るす? クリッパの背に乗せる? 籠で担ぐ……一つ旅の楽しみが増えたと思えたのである。
【第六章 了】
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