第八話 巡礼の聖女 『郵便馬車』を追いかける
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第八話 巡礼の聖女 『郵便馬車』を追いかける
オリヴィ達の想定通り、『判事』を乗せた郵便馬車(貸切)は旧都に向け、街道を走っていた。黄色い扉の馬車は、箱馬車の前後に収納箱を用意し、そこに郵便物を収めるようになっている。勿論、旧都向けの郵便物だけではなく、途中立ち寄る街々への配達物や集荷も行われる。
立ち寄る際の滞留時間を短くするために、あらかじめ箱のどこにその街の配達物が収まっているかをあらかじめ定めておくようになっているので、立ち寄ると言っても乗降客がいなければ通過に近い時間である。
とはいえ、今回は『貸切』であるので、旧都まではノンストップ、そして客は『判事』とその護衛である破落戸探偵の同行者だけだ。
騎乗で同行するものが四名。これは、馬の鞍や足にリボルバーのホルスターを付けている。『アーミー』と呼ばれるクリスが持て余した重量級の物を装備しているのだろう。
馬車の客室に二名、馭者台と後方の天蓋席にそれぞれ一名で護衛の数は
八名である。天蓋の二人は、後装式の小銃を装備している。
「ちょっとした軍隊ね」
『うん、何だか強そう』
馬車の後ろを走って一定の距離を追従するクリスとクラーラ。今日は男物のズボンを着用し、背嚢も背負っていないのだが、馬車の後ろをずっと走って追いかけていく姿は、すれ違うものを驚かせるかとおもうだろうが、気配隠蔽をかけているので、クラーラは気が付かれていない。
『魔力、ふえるといいね』
「ほんとに! あたしも、指さされて笑われるのも飽きてきた!!」
男の子が馬車や汽車の後を走って追いかけていくのはよくあることである。つまり、そういう『ガキ』だと思われているのがクリスには腹立たしい。
しかしながら、スタイル抜群のお姉さんが、胸を揺らせながら走っていたら、同じように追いかける奴が現れるだろう。クラーラの気配隠蔽には、そんな配慮もあったりする。グスン。
警戒する騎乗の四人も、左右と前方には関心を向けるものの、背後にはあまり警戒していないようだ。騎乗で追走するものがいれば遠くからでも気が付かれるだろうが、小柄なクリスが走っていても、気が付かないかあまり気にならない。
見渡す限りの麦畑、そして、時折現れる林とその向こうに見える集落が見える程度であり、変わらぬ周囲の景色に護衛たちも気が緩み始めたのであろうか。ルージュの街を出てしばらくの間は緊張感を漂わせたカッチリした隊列であったが、今では、一頭を先行させ前方を警戒、その他の三頭は馬車の周りで駄弁りながら走っている。
馬車と比べれば、馬の歩みはさほど急いでおらず、早足程度であるから、会話するくらいはできるのだろう。
時折、先行する一騎に追いつくと、順番に別の一騎が前方へと駈けだしていく。
『まだ走るの?』
「そろそろじゃないかな」
ルージュにあまり近くても逃げ戻られれば面倒であり、離れすぎれば捕縛し、ルージュに戻るのも面倒である。ニ三時間、走らせた村落の少し先でオリヴィは仕掛けると説明されていた。
村落内を通過する際は速度が落ちるであろうし、一度落ちた速度を戻すのはしばらく時間がかかるからだという。
二十戸ほどの集落を抜け、馬車は恐らく農村で管理しているだろう林にさしかかる。ここで、燃料となる枝や倒木、村で使用する建材用の材木などを調達するために綺麗にされているのだ。村周辺の街道の整備も仕事であり、この場所は轍も少なく、馬車は速度を上げやすい……はずだった。
「と、止まれ!! 倒木だ!!」
先行していた一騎が街道脇で待ち構えており、並走し声をかける。
「なんだとぉ!」
「村に戻って、片付けさせねぇとな」
護衛たちが話し始めるが、馬車は減速し倒木の前で停車する。馬車の中から髪に見放されし者が窓を開け、怒鳴り声を上げる。
「どうした!! 馬車を進めんかぁ!!」
護衛の長らしきごついリボルバーを吊り下げた男が、遜りつつも「こんなもん、見てわからねぇのかよ」と言わんばかりの空気を漂わせて『判事』に説明を始める。少し離れた場所から、街道から離れ林の中を移動しつつクリスとクラーラは馬車の周辺を監視する。ビルが手を振る姿がみてとれる。
「旦那。倒木でさぁ。いまから、さっきの手前の村に人を呼びにやりますから。ちょっと時間下さいよ」
「何を言う。お前らには高い護衛代を払っているだろう。馬が四頭もいれば、縄をかけて引き摺り出せばあっという間ではないか!! 時は金なりだ!!一刻も早く倒木をお前たちでどけろ」
これ見よがしに溜息をついた男は「てめぇら!! さっさとやるぞ!!」と怒りの籠った声を上げる。依頼は護衛だが、果たす為には倒木をどけるのは仕方がない。
そう思っていると……
「お、おい。何だか馬車が……持ち上がってるぞ!!」
馬車の周りの地面が『隆起』する。馬は『轅』(馬車の車体から出ている馬を繋ぐ軸)が持ち上がっていくので、興奮している。
馭者役の男が馬車から飛び降り、地面から浮きがった馬車を確認している。1mは持ちあがっただろうか。馬はかなり苦しそうだ。
「なんだよこりゃ」
「警戒しろ!! 魔術師がいるぞ!!」
「「「へ?」」」
ベテランの探偵たちはさっと馬車の周囲へと散っていく。が、馬車の上に乗っている若いライフル持ちや騎馬護衛はポカンとしている。
「馬車から降りろ!!」
そう誰かが叫んだ瞬間、馬車の周りの地面から、氷柱のような突起物が現れ覆われる。
『土槍』
『堅牢』
林間からオリヴィが街道の上に立ちふさがるように姿を現す。
「判事殿。このような早朝から、急いでどちらに向かわれておりますのでしょうか?」
紳士のようないで立ちではあるが、女性らしい体の線を覆い隠すことはできない。だがしかし、王国では女性の男装は違法扱いになっていた気がする。それは、クリスとクラーラも同じなのだが。
「やかましい! 貴様こそこのようなことをしてタダで済むと思っているのか!!」
「思っておりません。さて、あなたには王都の高等裁判所から召喚状が出ております。私は内務省の特任審議官、特級探偵のオリヴィ=ラウスと申します。あなた方の犯罪組織への関与に関しての捜査責任者でもあります」
禿頭が真っ赤に茹で上がる。
「おい!この女を始末しろ!!」
若い探偵たちが一斉に銃を向ける。
「うあぁ。や、止めろ!! 全員銃を下ろせ!!」
ベテランらしき探偵が大声を上げる。
「死神ラウスだろ!! 全員、死にたくなければ動くんじゃねぇ!!」
ベテランの声に、護衛の長が言葉を重ねた。探偵たちは全員石柱のように固まったのである。
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