第七話 巡礼の聖女 『郵便馬車』襲撃を伝えられる
第七話 巡礼の聖女 『郵便馬車』襲撃を伝えられる
オリヴィが受けた『判事』に対する状況報告。『警部』の捕縛は今の段階では伝わっていないようであるが、既に今日の日中に、ルージュを脱出する準備を済ませているという。
「マル=ポストの馬車を利用するみたい。それに、地元の半グレ探偵社に護衛を依頼しているそうよ」
半グレというのは、所謂探偵の看板を掲げた非合法な仕事を請負う集団のことであり、金次第で犯罪組織にも力を貸すような『半ばグレー』な探偵社を示す言葉だという。
「人数は?」
「雇った探偵全体なら十人強。『判事』が当主というわけではないので、その家の使用人や護衛はつかないということ。今の使用人は、『判事』という役職者に仕える存在なので、ルージュを逃げる際には役に立たないという判断ね」
恐らくは、今まで犯罪組織に協力したり利用する際にも関係を持っていた探偵社なのだろうとクリスは推測する。
「一緒に仕留めても問題ない?」
「禿は駄目よ。禿は」
「オリヴィ、『判事』です。探偵の中に複数禿げている者がいた場合、混乱してしまいます」
マル=ポストというのは『郵便馬車』のことだ。連邦では『クシコス・ポスト』という。クシコスとは、沼国語で『馬に乗った人』という意味であり、騎馬郵便から派生した言葉である。馬車のサイズは、所謂『コーチ』タイプの四輪馬車であり、前後に馭者台と警備の者が座る天蓋席が設けられている大型の箱馬車だ。
馬は四頭立て以上。時速10㎞以上で長時間移動する。郵便だけでなく乗客も運ぶことができ、鉄道が普及する前は川船と並んで交通手段として主要なものであった。現在においても、鉄道未敷設の地域においては重要な交通手段である。
「王国ではね、黄色く扉を塗装することが定められているわね」
遠目から見ても『郵便馬車』と色で視認させる事で、警護厳重な存在であることを伝える為であるのだが、目立つことでかえって呼び寄せてしまうということもある。
「見逃す事もないので、やりやすいですね」
「なので、ルージュの市街を出てから仕掛けるわ。失敗しても、阻止線を設けてあるから、特に問題ないし」
とは言うものの、出来るだけ馬車は「破壊しないでほしい」というのが、上の『お願い』だそうだ。なら、今すぐ家に押し込めばいいのではないかとクリスは思うのだが、『判事』と一緒に半グレも処分したい。これは、言葉通りの意味であり、『処分』してしまって構わないらしい。
「段取りは?」
「いつもの通り。道を塞ぐ。止まったところで、護衛を仕留めて『禿』の心を毟り取る」
「ヴィの土魔術で道路を封鎖して馬車の動きを止めます。その際、私とクリスの『火』魔術で攻撃し、混乱したところで四人で一気に護衛を叩きのめす。そして、馬車の中の『判事』にお出ましいただく」
「ついでに、半グレの装備は回収する。ほら、依頼先で手に入れた者は冒険者が手にする権利があるからね」
「馬車は駄目です。ですが、証拠となる物以外……判事の私財などは問題なくこちらの取り分です」
それが目的か! とクリスは納得する。逃亡資金として、それなりの動産を馬車に乗せることだろう。それごといただくという事だ。
――― 合法的駅馬車強盗!!
『巡礼の旅がゆたかになりそう』
巡礼の旅は、観光旅行ではない。本質的には。そもそも、クラーラはハンス王子が結婚した場合、その翌朝には海の泡になってしまうのだが、それはいいのだろうかとクリスは疑問に思う。
『それはそれ、これはこれ。旅を楽しまなきゃね! くよくよ悩んでも死ぬときは死ぬんだから。今を楽しめないような生き方、だめだよ!』
本人が良ければクリスは構わないのであるが。
「クラーラが楽しいと思える巡礼の旅になるように、あたしも協力する」
『ありがとう! クリスが気に病むことないよ。私の選んだ選択の結果は、私が責任を負うんだからね。でも、何とかなると思うよ』
無駄に前向きなのは、人魚だからか、姫だからなのか。
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『どう?』
「いいんじゃない。杖と銃をどう使い分けるかという課題もあるけどね」
『むむむぅ……』
二人は『判事』の家が見える路地の角に潜んでいる。時間は早朝。既に、黄色く塗られた扉を持つ『郵便馬車』が邸宅の前に停車している。荷物を運び出す使用人、周りを警戒するように数人の男が馬車の馭者台や馬車を取り囲むようにうろついている。
『普通のおじさん達ね』
「そりゃ、ただの探偵だもの。ようは、登録された破落戸よ。港に行けば似たようなオッサンが吐いて捨てるほどいるから」
青年と言うには年を取り過ぎている。腹に単装のフリントロックの拳銃をさした者、剣を吊るしている者など様々だ。ただし、銃剣を装着したライフルのようなものは持っていない。街中では問題になるからだろうか。
「あれの後を走ってついていくって……」
『大丈夫だよ! 気配隠蔽して、駆け抜けるだけ!!』
市場の周りには人が集まり始めるだろうが、お屋敷街や官庁街は人影もなく、路上もすっきりしている。馬車は恐らく、旧都に向かうだろうと想定されている。トールに向かうのであれば、船の方が安く早いし安全だ。
オリヴィとビルは、騎乗して街の外周で待機している。万が一、トールに向かう事になった場合、追いかけられる位置取りをしているらしい。最初から馬にのっているのは特級探偵だから……というわけではない。そもそも、クリスもクラーラも一人で馬に乗る事は出来ない。練習が必要なのだが、今後、機会があるかどうか疑問だが。
『自転車で追いかければ早そうだよね』
連邦のとある男爵が発明した車輪付き木馬「ドライジネ」のアイディアが様々な発明家心を刺激、五十年ほど経った王国では、王都の職人が量産化に成功、年間千台ほど製造されており、クリスとクラーラも王都で見かけて驚いた。主に……紳士が真面目に子供のおもちゃのようなものに乗っているからである。
「あれって、『骨揺すり』って仇名されるくらい乗り心地悪いんだって。女の人は、子供が産めなくなるんじゃないかってくらい体に悪そう」
『や、やめようかな。うん、やめておこう』
蹴って進むものと、車輪に着いたペダルをこぐものとがあり、王都で見たものはペダル式だったが、大して速さが出ない割にがたがた地面の振動をそのまま体に伝えるので、正直クリスは乗りたくないのだ。
身体強化した二人であれば、馬車の速度よりずっと早く走ることができるのだから、無駄な道具に過ぎない。
すると、館の前が俄かに騒がしくなる。どうやら、『判事』が出てきたようであり、周りに何か喚き散らしたあと、開かれた馬車の扉の中へと入り、「はよださんか!!」と馭者に怒鳴りつけていた。
「禿は禿だね」
『心が貧しいと、髪も貧しくなるんだよきっと』
「神様はみているってことだね」
激しく禿散らかした『判事』は、髪年齢は六十歳だが、実年齢は四十代半ばらしい。人生、禿げたらあかん! クリスはそう考えていた。
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