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第五話 マッチ売りの聖女 クラーラと話をする

第五話 マッチ売りの聖女 クラーラと話をする


「……クラーラというのか……その者の名は」

「私にはそう伝わりました。ねえ、あっているのよね」


 クラーラはニッコリ笑顔となり、大きく頷く。どうやら、クラーラはクリスと心の波長が合ったようだ。つまり……人間以外の生物という事になる。もしくは、後天的に声を失った人間か。


「ならば、これまでの経緯を聞いてもらえるか」

「承知しました」


 クラーラに、どこの出身で、いつから声が出なくなったのか。どうしたいのかを聞くことにする。


『私は、もともと人間ではありません。マーメイドであったのです』


 クリスは内心驚いたが、表情を変えずに話の先を促す。


「へぇ、でも、なんで足があるのかしら。いつから、足が生えたの?」

「足が生えただと?」


 司教の呟きを無視し、クラーラの話の先を促す。海の中の生活に飽き飽きしていた人魚の国の末の姫であったクラーラは、姉たちに聞いた丘の上の人間の生活について興味を持っていたのだという。


 波間から見える船の上に立つ人間を観察し、どんな生活をしているのか想像するのが楽しかったのだという。


『そこで、王子様を見つけたのです』


 船の上の王子を見つけ、やがて王子に恋をしたのだという。人間になり、王子に会いたいと願ったクラーラは、家族の止めるのも聞かず、会えば必ず自分のことを王子は好きになってくれると盲目的に信じていたのだそうだ。


「それで?」

『秘薬を飲みました』


 足を手に入れる代わりに、自分の最も大切なものを一つ失うのだという。クラーラの場合は舌。悪魔の取引だなとクリスは感じていた。そして、人魚の国で最も美しいと言われた歌声を失った代わりに、クラーラは足を手に入れたのだという。


 その足は、動かすたびに激痛が走るものであり、決して自由自在に動かせるものではないのだという。


 声を失い、歩くこともままならず。しかしながら、運よく王子に発見され、一緒に生活することまでは上手くいったのだという。


「なにが問題なのかしら」

『王子様が……私以外に恋をして結婚すると……』


 その翌朝の朝日が出るとともに、クラーラの身は泡となって消えるのだという。条件的にかなり厳しい。


「……どうなのだ」

「これ、冒険者ギルドの依頼なら、最高難易度ですね」


 深刻な顔の二人の少女の前で、司教も顔を顰めるほかなかった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 クラーラの望みは、王子との結婚。だが、王子の立場からすれば、見た目が美しかったとしても、言葉も話せない商会の仕事も手伝えない少女を妻に娶る事は考えられない。正直に説明したとしても、王子の立場からすればクラーラが勝手にやった事であり、そのために自分が結婚する必要を感じないと言われればそれまでである。


「本当かどうかもわからないのだからな」

「……そうですね。クラーラ自身が話せたとしても、だから何だと言われかねません」


 厳しい事を言うようだが、クラーラの一目ぼれであり、押し掛け女房なのだ。押し掛けて役に立つ女房ならワンチャン有りだが、話せず歩くこともままならない王子妃などというものが望まれるはずもない。人魚の国と貿易でも成り立つなら可能性はあるのだが。


 それは流石に難しいだろう。人間と人魚の間に会話が成立したり条約が締結されるなんて……クリスが御免だ。


「君が仲立ちしてくれるのなら……」

「永久にでしょうか。御免こうむります」

「だろうな。だが、どうしたものだろうか」

「「……」」


 結局、この場では何の解決策にも至らない。


 王子の名はハンスというありふれた名前である。どこかに別のハンスはいないものだろうかと思わないでもない。


「司教様。ハンス王子が……シスター・クリスと面会したいと訪れております」


 侍祭が不意の訪問者の名を告げる。これで、当事者が揃ったというわけだ。





 ハンス王子は、黒目黒髪の二十歳前だろうか長身痩躯の若者である。王子とは言え騎士の身分を持つ者である。帯剣の意匠は身分を示すに相応しいできである。帯剣を従者に預け、一礼をして司教の部屋に入室する。


「司教様、私の預けた少女が気になりまして、こちらを訪れた次第です。壮健そうで何よりだな」


 ちらりと、クラーラを見たのちクラーラは嬉しそうに微笑むが、王子はそっけなくクリスに視線を向ける。


「司教様から話は聞いて貰えただろか、シスター・クリス」


 この馬鹿! クラーラの前で何いきなり話切り出してんだ!!と勢いよく怒鳴りたかったものの、グッと堪えて笑顔で言葉を返す。


「畏れ多い御申し出に、ただただ驚愕いたしました。私のような身分もなく、親も親族もない者にはとてもとても務まりません。謹んで、ご辞退申し上げます」

「……そうか。流石、聖女と呼ばれるクリスだ。その慎み深さ、思っていた通りだ」

「ならば……」


 とクリスがお断り成立とばかりに話をまとめようとすると、ハンス王子は言葉を遮るように一気にまくしたてた。


「私とて、王家の子として生を受けたが末子も末子。継ぐものなど大してない。それより、聖女クリスの名は、この街でも鳴り響いている。血筋だけの私より余程価値がある」


 確かに、親の名前で勝負しているハンス王子より、孤児でありながら自身の才覚で街の中で認められているクリスの方が格上とみる事もできる。どちらかといえば、香具師に近いクリスなのだが。


「何より、君には命を助けてもらった」

「……それは……」


 船が難破し、海に投げ出されたハンス王子を岸まで連れてきたのはクラーラである。ただし、あのまま放置していれば恐らく衰弱死していただろう状態から、クリスの『聖なる力』という建前の『火』の精霊の力で体を温め体力を回復させたのだ。なので、半々……いや、七三の三でクリスも役に立っている。


「なるほど。しかし、私は修道女の身」

「還俗すればよい。知り合いの貴族にでも養女にさせて身分を整える事だって可能だ。君は、そのくらいのことが可能なだけの力がある」


 ハンス王子の後ろ盾となる都市貴族なら、養子としたい者もいるだろう。義実家になるのだから、悪い話ではない。多少の化粧料と手間暇はかかるだろうが、その先に王族と姻族になると考えれば悪い話ではない。むしろ、金を払ってでもなりたいものはいくらでもいる。


「殿下、私は成人の後、神国に巡礼の旅に出る事になっております」


 クリスは一枚目の札を切ってみる事にした。




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