第五話 巡礼の聖女 『吸血鬼』について語られる
第五話 巡礼の聖女 『吸血鬼』について語られる
『警部』は痛みが残る程度に治療され、取調べ終了後に正式に治療を行う事になるという。収監されてそのまま放置すると、裁判まで生き残る事が難しいと判断されたからである。
また、王都への移送は先日捕縛した州国先住民の男と同時に行い、これにオリヴィとビルが警護役として同行することになるのだという。犯罪組織は壊滅させたが、『吸血鬼』の息のかかった組織は他にもあり、また、口封じのために襲撃が行われた場合、一般の憲兵では阻止できないと考えているからでもある。
「明日は朝から『判事』を捕縛に行くわ」
オリヴィの言葉に疑問を感じる。『警部』はその日のうちに捕まえに向かったのに、『判事』は何故そうしないのだろうかという点だ。
「疑問なようですよヴィ」
「個人の罪は一族まで及ばないのが近代的な刑罰なの。配慮してほしいってことね。悪い事は悪いと知らしめるのは構わないのだけれど、それで直接関係ない親族まで貶めるのはかえって、この地の軍や王都とルージュの権力者たちの間に余計な軋轢を生むからね。そこまで考慮しないといけないのが特任とは言え『審議官』の面倒な所ね」
「結果さえ伴えば、過程やその後の事情は考慮されない冒険者とは勝手が違うのですよクリス」
臨時雇いとは言え内務省の役人としての立ち回りが要求されるということだろうか。修道女見習と言えども、修道女・教会関係者としての立ち振る舞いを求められるのに似ている。
「まあ、ヤル時はやるけどね」
「あの爺様、私立探偵の護衛をかき集めています。明日、朝堂々と街から馬車で逃亡するつもりでしょう。連合王国か州国と言う可能性もありますね」
川を下ればレンヌに至り、そのままロマンデにはいれば対岸は連合王国である。定期船も出ているし、それほど逃げるのに難しくはない。川船に乗るまでの護衛だろうか。
「誰に対しての護衛か伝えているのかしらね」
「伝えたら、人が集まらないのではありませんか。オリヴィ=ラウスと面と向かって対峙する探偵は王国に居ませんよ多分」
楽しそうに会話を重ねる二人。多少ワインが入ったとはいえ、酔っているわけではない。どうやら、判事は『アニス』のレシピを手元に保管しているようであり、それを元手に別の場所で再起しようと企んでいるらしい。
「いくら犯罪組織でも、あのアイネル城を直接、元貴族の家主から借りられるわけがないじゃない? 間に入ったのがあの禿なのよ。その対価として、レシピを受け取ったみたいね」
金のなる木の種を分けてもらったというところだろうか。
ーー
ーー
「けど、貰ったレシピ通り作っても、ただのアブサンにしかならない。特定の素材……吸血鬼の『血』が欠けているからね」
ーー
ーー
ーー
「吸血鬼の『血』よ」
「『……え……』」
オリヴィ曰く、吸血鬼の血液による状態異常・精神的なコントロールの影響で人体の限界を超える力と、思考の単純化・従属化が為された結果であるのだという。
「吸血鬼は『グール』を作り出す事ができるのね。吸血することで。これは、血を吸った結果というよりは、吸血の際に吸血鬼の血液が相手に入り、それを用いて使役する事で成立するの」
オリヴィの推測であるというのだが、信ぴょう性は高いのだろう。加えて、ビルが続ける。
「つまり、吸血により血を与え使役するか、血液をアブサンに混ぜて与え使役するかという差ですね。但し、吸血鬼が活動中であれば、『アニス』を与えられた『ゾンビ』は活性化してグールのように活動しますが、血液の主が休眠中の場合、思考停止した動きの鈍い存在になるようです」
「管理者不在で、そうなるみたい。簡単な命令を聞かせられるように、吸血鬼が幹部たちに自身の血液を用いて作った護符を与えているのね。それを持つ者が仮の主とみなされるのね」
『アニス』を広める事で、吸血鬼は自身の影響を犯罪組織を通して広げることができる。しかしながら、吸血鬼が必要としている者は、魔力持ちなのではなかったかとクリスは思いいたる。
「だれでもかれでも下僕にして、なんの意味があるんです?」
『それは私も思うよ。お昼寝中だしね』
クリスの疑問にオリヴィは「魔力はあっても魔術が使われない時代だから」
だと答える。
「魔術師が普通に存在していた時代なら、魔力持ちも珍しくなかったし、魔術を使い魔力を高めていたでしょうね。でも今の時代、魔力持ち自体が王国では珍しい存在だし、そもそも本人に自覚がないのよね」
「魔力って使わないと高まらないでしょう? どんどん数を減らしているんです」
クリスは『吸血鬼』が『アニス』を流通させ、影響下にある下僕を増やす話と何が繋がるのかさっぱりわからない。
「世の中を不安定にさせたいの。不安定になれば、『神頼み』する人が増えるでしょ? 中には、クリスみたいに自分で加護を見つけて育てる人も出てくる。それが恐らくは狙い」
はた迷惑な話である。だが納得できる。クリスが両親揃ったそこそこ生活に困らない家庭に生まれたのであれば、恐らく『火』の精霊の加護を求める事は無かったし、加護を得る事もなかっただろう。
暖かい家で、両親に大事にされ綺麗な服を着てお腹一杯ご飯も食べる事ができただろう。それならば、寒さに凍えて『火』の精霊の加護が発現する必要などない。
「それと、世の中が乱れれば、『吸血鬼』の甘言に乗る人も増えますからね。吸血鬼は、不老不死であることとオーガ並みの腕力と非常に高い再生能力をもつというだけですから」
ビルが「だけ」などと言うのだが、高位の冒険者・探偵からすれば、吸血鬼の大半はさほど恐ろしくないのだろう。真祖や貴種と呼ばれる五百年千年、それ以上を生きてきたものであれば別らしいが。
「普通の吸血鬼って、時代の変化に付いていけなくなるのよね」
「高位の吸血鬼が『休眠』するのはそれが大きな理由です。百年二百年と時代を重ねると、自分が人間であった時代とは様々な常識や価値観が変わっていきますからね。それを調整することができなくなって、精神的に不安定になるんです」
同じ場所で吸血鬼として不老不死の生活をしていれば、いずれ怪しまれることになる。数年ごとに住む場所を変え、永遠の流離人のように生活する事にもやがて耐えられなくなるものも少なくない。目的があって不老不死の吸血鬼となったものでなければ尚更である。
「吸血鬼の死因の一番は自殺なのだと思うわ」
「見つからなければですね。狩られる数も少なくありませんから」
オーガ程度というのは、冒険者等級で言えば星三程度でも十分に対処できる強さである。高位の吸血鬼でなければ、再生能力や腕力、魔術の行使、変化、動物の使役などもさほどこなせるわけではない。
「普通の吸血鬼は、霧に姿を変えたりできないから問題ないわ。首を刎ねれば死ぬ。動きもさほど早くないしね。並の人間なら難しいけれど、魔力持ちで身体強化と魔力纏いができれば問題なく狩れる」
などと言いながら、オリヴィは二丁の応酬したリボルバーを並べる。
「クリスはどっちか持っていく?」
一丁は36M51 もう一丁は44M48。どちらも六連発式であるが、前者は後者を小型化したものであり、威力の差は重量の差につながる。さて、どうしたものかとクリスは考え込むのである。
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