第三話 巡礼の聖女 銃を無効にする
第三話 巡礼の聖女 銃を無効にする
司令部で出されたチョコレートのデザートは『ガナッシュ』を掛けたパンケーキであった。ガナッシュと言うのは、古い王国語で『のろま』という程度の意味なのだ。チョコレートの入ったボールにクリームを落とした下職に、シェフが『ガナッシュ!!』と怒鳴りつけた為に名付けられたとか。
実際、チョコと生クリームを混ぜ合わせたソースは、とても美味しいデザートソースとなったのは偶然の産物だとしても神に感謝したい。
『とっても美味しかったよぉ!』
「あたしも。孤児院のみんなに、食べさせてあげたいくらいにね」
ガナッシュは王都で十年ほど前に流行り始めたものらしく、当然、クリスの生まれ育ったファンブルでは知られていない料理である。
二人は今、市警察の建物の裏手に潜んでいる。周囲はすっかり日が落ちて薄暗くなり、空はまだ明るさが残っているものの、通りを行きかう人の顔は朧げになっている。
オリヴィとビルは市警察の正面から、ブレタ警部に会うために訪問している。クリスとクラーラでは門前払いされかねないというのが一つ、それと、市警察署内で暴れられることを避けたいという事もあり、オリヴィ達が勢子役、クリス達が猟師役を担う事になった。責任重大である。
『にがしませんぞ!』
「逃げたら、チョコレートもらえなくなるかもだから。絶対ダメ」
大佐は「いくらでもどうぞ」と言ってくれたのだが、オリヴィが「無事に警部と判事を捕らえられたら」という条件を勝手に加えてしまった。確かに、取り逃がしておめおめとチョコを貰うわけにもいかない。カッコ悪い。
「あたし思うんだけどさ。フォンデュにしたらチョコってすごいと思う」
『フォンデュ?』
フォンデュとは、山国やサボアの郷土料理で、鍋にチーズを入れて溶かし、野菜やパン・肉などに溶けたチーズを絡ませて食べる料理である。そのチーズの代わりにチョコを使ってはどうかというのだ。
「ドライフルーツとかナッツを加えて、パンに絡めて食べるとか」
『ジュルリ、美味しそう。絶対美味しいよ!!』
ルージュの市警察署は四階建ての石造の城館を利用している。正面の方が俄かに騒がしくなったのはオリヴィ達が騒ぎをわざと起こしているからだろう。二人は著名人であり、内務省に協力する高位の探偵であると知られている。滞在し、憲兵に何らかの捜査協力していると市警察には伝わっている。それが、『アニス』の密売組織とその製造拠点の討伐が昨夜為されたという事までだ。
『楽しそう』
「……そろそろ出てくるでしょう。確認していてね」
『もちろん!!』
『警部』は若干の魔力持ち、身体強化ができるのだ。クラーラの魔力走査に引っ掛かるはずである。
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待つこと数分、山高帽にチェックのジャケットとジレを身に着けた三十代半ばほどだろうか、魔力持ちの男が警察署の裏手からそっと出てくるのが見てとれた。大半の警官は、詰襟の軍服もどきのような制服を着ているのだが、幹部の警官は紳士然とした衣服を身に着けている。本来であれば馬車で移動するのであろうが、磨き上げられたアンクルブーツで、薄汚れた石畳の上を歩いていくのが不快そうだ。
「金持ってるわね」
『アイネルで捕まえた幹部たちよりは趣味が良いかも』
犯罪組織の幹部たちは、似非貴族趣味の成金然とした姿であったが、こちらは、王都で見かける紳士に近い様相だ。都市とはいえ王都と比べれば田舎であるルージュでは、かなり金のかかった衣装であると思われる。
ビルに聞いたところ、王都で紳士服を一通り注文仕立てすると、千フルール程すると教えられクリスは大いに驚いた。クリスが一日働いても半フルールほどにしかならない。既製服に近いものや古着であれば、それでも百フルールほどはするのだそうだが、体にピタリと合っていないと分かれば、それは紳士の服とは見られなくなる。
一人一人の体のサイズが異なるのだから、ピタリと合ったサイズの服を身につけているということは、それなりの身分なり資産を持つ者である証拠になる。
誂えたばかりの真新しい服を身に着けている『警部』などというのは、違和感を感じるのだ。警察幹部とは言え、大工場の経営者や王都の高級官僚とくらべれば、薄給なのだから真新しい服で上から下まで揃えているのは新人でもなければおかしな話だ。
「気持ちはわかるけどね」
継当てだらけの古着、擦り切れて薄けている襤褸服しか着た事の無かったクリスが修道女見習としてシスターの服を身に着けた時はとてもうれしかったし、何だか立派な人間になった気がしたことを思い出す。これは、そういう類いの衣装なのだろうと。
うつむき加減に帽子を目深にかぶり早足で二人の方向に向かってくる。クリスとクラーラは気配隠蔽を行いながら、『警部』の行方に立ちふさがるように移動する。
DONN!!
クラーラの展開した魔力壁に激突し、『警部』は仰向けに倒れ驚愕する。不意の転倒で腰を打ったようだ。
「うう、な、なんだ……」
「こんばんは警部さん。どちらへ行かれるのですか?」
『警部』は立ち上がる間もなく声を掛けられ驚いた顔でクリスを見つめる。
「……誰だお前は」
「誰だっていいだろ。逃げんじゃねぇよ」
クリスは、クラーラから借りたボルカニック銃を『警部』に向ける。クラーラは魔銀のスピアの穂先を『警部』の顔の高さに突きつけ無言で構える。
「は、お前ら憲兵の」
「そう。ラウス探偵事務所だよ。大人しく捕まれば、痛い目に会わずに済むけど……そんな気ないだろお前」
身体強化によるバネのような起き上がり、そして、小柄なクリスに向けて懐のリボルバーを抜き取り構え、躊躇なく引き金を引く。
KATI
PASHUUU……
「なっ。ええい!!」
リボルバーとはいえ、装填したままの火薬は湿気る事がある。紙薬莢の場合は防水防湿の効果が多少あるが、それでも湿らないわけではない。
KATI
PASHUUU……
KATI
PASHUUU……
六発の弾倉を次々と回転させて発砲を試みるが、全てが不発。やがて
KATI
KATI
KATI
KATI
「無駄よ。あんたの銃は火薬が絶対に爆発しないから。弾なんてでない」
『火』の精霊の加護を持つクリス。彼女の加護は、『火』の精霊の力で爆発力を高める事ができると同様、弱めたり無効化する事すらできるのである。
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