第二話 巡礼の聖女 チョコを強請る
第二話 巡礼の聖女 チョコを強請る
馬車と船を乗り継ぎ、その最中に昼寝をして体力を回復させたクリスとクラーラは夕方にはルージュへと戻ってきた。
「さて、一旦、駐屯地に戻りましょう。そこで、見張らせていた『判事』『警部』の動向がある程度わかるはずよ」
このまま突撃……というわけもなく、一旦情報を整理する為、四人は軍の施設へと戻り改めて段取りを決める事になる。
駐屯地は、人がせわしなく動いているようで、どこか騒然とした空気を醸し出している。既に犯罪組織の拠点を制圧したという情報は、ルージュに伝わっているということもある。街の空気はさして変わらないが、大聖堂周辺の官庁街はそうではないようだ。
「ラウス閣下」
「……今はただの特級探偵よ」
「し、失礼しました。大佐がお待ちしております。ご同行願います」
大佐とは、この駐屯地の司令官であり責任者でもある砲兵大佐であり基地司令でもある老人である。閑職と言えば閑職であるが、大陸戦争末から軍籍にあるベテランでもある。王国陸軍は定年がないのだろうか。
司令部のある建物の中央、司令室と表示のある重厚な扉。その前には、当番兵が警備に立っている。若い参謀職の士官が、オリヴィ達の到着を伝え、中から入室を許可する声が聞こえる。
「ご苦労でしたラウス特任官殿」
「犯罪組織に所属している主だった幹部・構成員・協力者の討伐もしくは捕縛はおおむね完了いたしました。ですが……」
「承知しております。軍の密偵に、ルージュの協力者を監視させております。恐らく、先に『警部』が逃走するとみております」
『判事』は高齢であり、それなりに長く権勢を保っている家の一族であり、何か犯罪組織から自分が関係しているという情報が出たとしても、一族に守ってもらえると考えている為、動きは鈍いだろうというのだ。
反して、『警部』は、相応の資金と犯罪組織の繋がりを他の地域と得ており、王都に住処も確保しているという。恐らくは『吸血鬼側』の協力者として市警察に居られなくなった場合においても、王都に高跳びし、それなりの生活ができるめどを立てているものと考えられる。既に、市警には憲兵隊から犯罪組織の本拠地を制圧した旨連絡が入っているはずであり、協力者である『警部』が逃走してくれることを想定していた。
「では、夕方にでも市警察に出向いて、『警部』を捕らえてまいりましょう」
「そうですな。軍が出向くのはあまり外聞が良くない。我々で、市警察の周囲を道路封鎖いたしますので、奴の逮捕は貴殿にお任せしたい」
「承知しました司令官閣下」
オリヴィは承諾し、後ろに並ぶ三人は黙って頷く。
背後に並ぶ少女二人を、大佐は興味深そうに見ている。
「ラウス殿、同僚のビル殿はご紹介いただいておりますが、可愛らしいお二人も、この老人にご紹介願えますかな」
お茶目にウインクをし、お茶にしましょうとテーブルへと案内する。それは、ちょっとした会議や食事ができるようなダイニングテーブル風の一角である。
「単身赴任の身ですから、どうしても食事や休憩はここから一歩も動かないのですよ。簡易な寝室に風呂もありますからな。家には着替えに戻るか、着替えを使用人に持ってこさせて何日もこの部屋から出ない事もあります。老い先短い軍人の食事の間の話し相手になって頂けますかな」
クラーラはニコニコと笑顔で頷くが、クリスは上司であるオリヴィの表情を伺う。
「大丈夫よ。今夜も長くなりそうだから、ここで軽く夕食を頂き、ついでに張り込み用の夜食と飲み物も用意してもらいましょう」
「それはいいですね。是非、大佐のご相伴に預かりたいものです」
「大したものは出せませんが、酒保にあるものであれば何でも提供いたしますよ」
お言葉に甘え、クリスはチョコレートを所望する。高カロリーで長持ちする携行食料であり、田舎に行けば通貨代わりにもなるので、たばこ同様、いくらか持っていて損はない。
クリスの考えを察したのか、オリヴィはまとまった板チョコと、そのチョコを使ったデザートを付けて軽食を出してくれるように大佐に伝える。
軍ではネデルのチョコレートメーカー『ファン・ハウテン』の物が主流であり、棒状に加工したものを軍需物資として扱っている。元は固形化したココアパウダーを粉砕し粉状にしたものから、ケーキやチョコレートドリンクを作っていたのだが、連合王国のJSフライ社がバーを開発し、各国のメーカーもそれに倣ったため、この十年でチョコレートは棒状のものが珍しくなくなったのだが、それでも庶民が簡単に手に入れられるものではない。
庶民であれば、若い男が恋人にプレゼントする程度に高価である。
『クリス、チョコレートって何?』
「……甘くてほろ苦い口の中でクリームみたいに溶けるお菓子」
『ふむ、人間ってすごい。甘いのに苦いお菓子なんて、びっくりだよ』
クリスもその昔、孤児院で一個のチョコをみんなで砕いて分けた時に、一かけらだけ食べたことがある。いつまでも口の中に残って、甘くてほろ苦い甘美な味だった記憶がある。もう、あまり覚えていないのだが。ちょこっと過ぎて。
『警部』の名はロルベール・ブレダ。警官として採用され、いくつもの実績を積みあげ若くしてたたき上げの警部となった実力のある市警の幹部と考えられていた。
「ですがそれは、どうやら違ったようです」
ビル曰く、元々存在していたルージュの犯罪組織を、吸血鬼の影響下にある『アニス』を販売する組織が取って代わるため、ブレタ警部に協力して潰させたというのが真相であるという。
「毒を以て毒を制す……ですらないわね」
「はい。潰れたのはそれほど悪質な組織ではなかったので、実態としてはより悪くなりました。賭博や人の手配、盗品売買やいわゆる用心棒代をせびる程度の存在が、人攫いに薬物、人殺しと表面的にルージュの住民には影響が少ないように動いていましたが、地域としては大問題ですから」
『アニス』の販売はルージュだけでなく、周辺の都市や一部は王都や旧都にも流れていた。王都には王都で別の集団が盤踞しているらしいので、王都郊外が主な出荷先なのであろうが。
「警部って奴は、正義の味方の振りをして巨悪のお先棒担ぎをしていたってことか。腐敗警官どころじゃない」
『最初から悪人が良いわけじゃないけど、警察が悪人って最悪だよ』
「だから、きっちり裁判にかけて、問題を公にしないとね」
「それに、そろそろ今の市長一派も調子に乗って鬱陶しいのでね。市警の問題はそれを統括する市長の責任でもある。引責辞任してもらおうと思ってね。次は、軍に協力的な人に市長の椅子を委ねることになるだろうね」
市長やその委任により判事を務めている人物や、警察の幹部も市長の指名によるものなのだ。市警察の最高責任者は市長であり、また、地方裁判所の判事も市長が推薦した人間が就任する。『警部』も『判事』も何か事件を起こしたのなら、市長に責任がないとは言えない存在だ。
「ルージュの旧勢力もこれで少しは静かになるのかしらね」
「そうですな。少なくとも、王都の意向に逆らい続けるのは難しくなりましょう。憲兵隊も、少しは仕事がしやすくなるでしょう」
市内の警察権は市警察にあり、周辺地域で事件を起こしたとしても、ルージュに逃げ込んだ犯罪者を憲兵が直接捜査し逮捕することはこれまで難しかった。司法も警察も問題を起こしたという事であれば、暫くは憲兵に協力的にならざるをえないだろう。
「市警を必要以上に悪者にしないようにするには、ブレダ警部にしっかりしゃべってもらって、裁判でどのような犯罪に関わっていたかを詳らかにして、最後はチョンだね」
「チョンですね」
『チョンなんだ』
この場合、公開処刑による絞首刑になるのであろうか。法を司る者が法を犯したのであるから、当然かもしれない。
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