第十話 巡礼の聖女 アイネルを制圧する
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第十話 巡礼の聖女 アイネルを制圧する
吸血鬼になるには、魔力持ちでなければならない。持っていない場合は、喰死鬼にしかなれないのである。喰死鬼はゾンビに近しい存在であり、多少の意識は残るものの生者に対する憎悪・執着と言った本能に拘束された存在である。人間を材料とする吸血鬼の使役魔物といった存在に過ぎない。
吸血鬼となる者が望む、人間を遥かに超えた腕力、不老不死の能力、魔力持ちの魂を取り込む事で、吸血鬼としての位階を上げ血族を築いていくといったことは当然望めない。
「魔力持ちだけなんだね、吸血鬼になれるの」
『私もなれるかな?』
足が生えたとはいえ、人魚であったクラーラは吸血鬼になる事は出来ない。何故なら、吸血鬼となるには血の交換とでもいうべき、吸血鬼に血を吸われ、吸われた吸血鬼の血を自ら吸う事で吸血鬼となるのであるが、人魚の血は人間や吸血鬼にとって『毒』となるからである。
「吸血鬼になれるのは、『魔力持ち』の『人間』だけ。それ以外には不可能。覚えておきなさい」
オリヴィはクリス達に聞かせるように、また、扉の奥にいる犯罪組織の幹部たちに聞こえるように再び言葉にする。
中の動揺がますます広がる。オリヴィ曰く、そもそも、草臥れた魔力もないオッサンを吸血鬼が自らの魂を分け与える血族にするわけがないという。
加えて……
「男が吸血鬼になるには、女吸血鬼の血族になるしかないのだけど、あなたたちに話を持ってきた吸血鬼は男性でしょう? 最初から騙されているわよね」
『『『……』』』
なのである。オリヴィは「今なら殺さないで上げるから、大人しく出てきなさい」とさらに付け加えた。
『つかまえなくっていいのかな?』
クラーラの疑問に、探偵見習にすぎないクリスは答える事が出るはずもない。しかしながら、多くの手下がいるのであれば、仮に首領や幹部が自分たちの罪を認める事ができなかったとしても、十分な証言と応酬した証拠から、十分な内容で裁判を行う事ができるだろう。
「違法薬物の販売は……死刑なの」
『そうなんだ』
アブサンならともなく「アニス」の製造・販売は確実にOUT。人身売買やそれに伴う殺人暴行なども含めれば、十分吊るすに足りるはずである。
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『お手当弾むわよ』とオリヴィにそそのかされ、銃を極力使わずクリスとクラーラは幹部の捕縛に突入することになる。
『火は大丈夫だよ。私の水で小火程度で消せるから』
「それなら銃でもいいんじゃない?」
要は、外さなければどうと言う事はない。クラーラは鉄鞭と魔銀四半パイク、クリスはボルカニック銃(火薬弱め)と魔銀銃剣で突入することにする。
「水球で押さえつけるの多用して」
『まかせて☆』
突入後の段取りは、クラーラが牽制しつつ囮となり注意を引きつつ、水球で呼吸と視界を奪い、その間にクリスがビシバシと魔銀銃剣で制圧していくと言う段取りだ。銃での射撃を考慮し、クラーラは魔力壁を展開してもらうことにする。
BAGOONN!!
クラーラの前蹴り一発で正面のドアが吹き飛ぶ。人魚は足腰が強い。
ドルフィンジャンプができるほどなのだから、人間の足でも同様なのだ。
ドロップキックではない。
PANN!!
BANN!! BANN!! BANN!!
PANN!!
BANN!! BANN!! BANN!!
PANN!!
PASHUU!!
正面に立つクラーラに向け、前方から次々に弾丸が命中するが、魔力壁に阻まれつつ、最後の一発は抜けたようだが命中せずである。危ないかも。
『水煙』
『いけ!! クリス!!』
派手な銃撃で室内が煙だらけの状態、さらに、クラーラが魔術で『水煙』を展開し、クリスの突進をフォローする。銃撃が連射出来たところからすると、リボルバーかチューブ式の弾倉を持つ銃を装備しているのだろう。連射を見せた銃口の場所を最初に制圧すると決め、クリスは室内に飛び込んだ。
太った禿げ親父がリボルバーのシリンダーを交換している。最初から弾丸と火薬、雷管を付けた弾倉のシリンダーを用意しておき、そのまま交換するという方法もあるのだ。但し、そのままでも暴発する可能性があるので、あまりお勧めではないとも言う。
「ぎゃ」
どうやら、折角のリボルバーも使い慣れていない禿幹部には再装填が難しかったようだ。手間取っているところをクリスが銃剣でグサリと銃を握った手を刺突し、両足のアキレス腱を切り裂く。これで逃げ出せまい。
激痛に叫び声を上げる禿幹部。そのまま、水煙の中を姿勢を低くし先ほど銃撃してきた先に進むが、既に、不利を悟ったか背後の部屋へと、あるいは城館内の使用人用階段に向かい後退していく。入口正面にあるメインの階段他に、この手の城館には使用人が使う専用の通路が存在するはずだ。
『逃げられた?』
「後退したの。銃は折角だから回収しておいて」
『了解だよ!』
クラーラが注意を引き、クリスが攻撃する組合せ。魔力持ちが相手に居れば、魔力走査で発見できるのだが、残念ながら反応はない。
クリスが先行するには、狭い城館の通路では身を隠す場所もないので危険だ。魔力壁を展開しつつ、一部屋ずつ、虱潰しにクラーラが扉を開け、クリスが突入し内部を確認していく。
入口広間には数人の憲兵が追従してきたようで、倒した幹部を拘束している。
『いないね』
「二階に上がったのね」
一階の部屋を全て確認し、逃げた他の幹部たちが居なかったので、いよいよ二階への階段を探して追跡する。
『また、私が先頭ね』
「適材適所だから」
『気にしてないよ。クリスがハチの巣になるのは私の望むところじゃないから』
魔力壁を展開し、狭い使用人用の階段を壁に背を付けスリスリと登っていく。
DOTANN!!
BATANN!!
上階から激しい音がする。何事かと先ほどまでの慎重さをかなぐりすて、二人は階段を駆け上がる。
「囮、お疲れ様」
「お疲れ様でした、クリス、クラーラ」
城壁伝いに上階から侵入したであろうオリヴィとビルが二階に逃げた幹部たちを一瞬で『雷』魔術で制圧したのだろう。顔に雷特有の痣を浮かばせた複数の倒れた男たちを見て察した次第である。
【第五章 了】




