第四話 マッチ売りの聖女 司教様の連れと出会う
第四話 マッチ売りの聖女 司教様の連れと出会う
「こんにちは司教様」
「久しぶりだねシスター・クリス。元気かね」
「元気にしております。神様のお導きのお陰です」
うさん臭くしか見えない笑顔の司教に、当たり障りのない返答をする。
「実は、私が保護した少女がいるのだがね。少々難儀している。手伝ってもらえないだろうか」
街で話題になっている少女ではないだろうかとクリスは当たりをつける。多分、彼女の能力を見込んだものであろう。
「し、司教様。クリスは凡庸な見習修道女でございます。とてもとても、司教様のお役に立てるとは思えません」
クリスがこの教会を離れると、孤児たちの面倒を見る年嵩の少女がいなくなる。自分で面倒を見たくない神父は、クリスを貸し出したくないだけなのだ。
「シスター・クリスの代わりに、二人ほどシスターを派遣しよう。子供たちには寂しい思いをさせるかもしれないがね」
自分が面倒を見なくて済むと分かった途端、神父はとても快活に応対するようになる。
「クリス、司教様のお役に立ちなさい」
「……かしこまりました。では、支度をしてまいりますので少々お待ちください」
「急がなくてもいいからね。何日か泊れるようにしてもらおうかな」
泊まり込みかよ! と内心感じながらも、クリスは孤児の部屋へと戻る。
子供たちに大聖堂に暫くお手伝いに行くことを説明し、代わりのシスターが手伝いに来ると説明する。
「みんな、練習だと思って頑張んなさいよ!」
「「「れんしゅう?」」」
クリスだっていつまでもここにいるわけではない……かもしれない。その時、孤児同士で助け合ってクリス抜きの生活をしなければならない。
「そう、練習。自分のことを自分でやる事、出来ないお友達の面倒を見るのも練習だよ。新しくくる子だっているんだから、教えられるようにならないとね」
そうだね! という感じで子供同士で、ああしよう、こうしようと話をしている。クリスは着替えを頭陀袋に押し込み、さっさと出かける支度を済ませる。
「念のために、ローブも着ていこう」
厚手の毛布のような素材でできたフードのついた外套。上から着てしまえば、修道女とはわかりにくくなる。とは言え、クリスの顔見知りは多い。顔を見てしまえば身バレするのである。
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準備が整ったクリスが神父の部屋に向かうと、司教と護衛がサッと席を立ち部屋を後にする。既に、司教の手配が済んでおり、夕方までには手伝いのシスターが食材を持って孤児院にやって来るという。
「君だけをもてなすわけにもいかないからね。子供たちも温かい食事を食べさせるつもりだよ」
孤児院は、教会への寄付で成立っているのだが、神父の人望の無さのおかげで予算がカツカツなのである。悪い人ではないのだが、カリスマというか人を引き付ける魅力に欠けていると言えばいいのだろうか。
「馬車に乗ってもらえるかな」
クリスは、荷馬車以外の馬車に初めて乗る。黒塗りの派手さはない箱馬車ではあるが、内装は大聖堂に合わせた重厚でしっかりした作りである。シートだって孤児院のベッドが板の間に思えるほどの柔らかさである。事実、孤児院のベッドは板敷に近いのだが。
大聖堂までは歩いても十五分ほどなのだが、身分のある方の場合、近くだから歩くとは言いにくい。
「実は、今回顔合わせしてもらいたい娘は……」
「声が出ないのでしょう。街で噂になっています」
「そうか……なら話は早いな」
とても見た目の可愛らしい少女であり、足が不自由な点が気になる娘を教会が保護したと聞いている。
「実は、その娘、シスター・クリスといささか因縁があるのだよ」
司教曰く、クリスが秋口に拾った王子様から押付けられた娘なのだと説明する。その王子は、小国の王子であり、王位継承権はあるものの、およそつげる立場ではないため、身分とコネクションを生かして商会運営を始めようとしていたのだという。
秋の暴風雨に運悪く見舞われ、船上での接待パーティー中に船が大破、海に投げ出されたのだ。その後、岸に流れ着いたのだが、早朝、漂流物を拾う冒険者ギルドの依頼を受け海岸に向かったクリスが発見し、『火』の精霊の力を借りて冷え切った王子の体を温めたり救護活動をしたのだ。
「あの王子様ですか」
「ああ。なにやら、求婚されているそうじゃないか」
はた迷惑な話である。確かに顔と血筋は良い、ただ、余りおつむはよろしくない。クリスの聖女としての名声を商会で利用しようとしている魂胆が透けて見えるのだ。
「で、どのような因縁なのですか?」
「王子が拾った少女なのだよ」
捨て猫みたいな言い方だ。なんだそれは。
見目可愛らしい少女が海岸線を散歩しているところに現れたのだという。着ている服は粗末で、言葉も満足に話せず足も不自由なのだが、見た目が可愛らしく庇護欲を掻きたてられたようで、連れて帰って面倒を見ていたのだという。
「それで、何故教会に来ることになったのですか?」
「……未婚の女性を傍に置くのは……良くないと王に言われたからだろうな」
司教もはっきりとは言わないが、飽きて面倒を見るのが嫌になったといったところだろう。捨て少女は最後まで面倒を見てもらいたいものだ。
大聖堂のそばにある施療院に向かう。そこに、件の少女が預けられているのだという。
「ここだ」
部屋にはクリスの身に付けている見習修道女の制服に似た簡素なワンピースを身に着けた儚げな少女が熱心に木目を磨いている。
『陸地にある木というものは、なんだか不思議な手触りね。温かみがあって好きだわ』
あ、これは、とクリスは気が付いた。
「こんにちは、私はクリスといいます。今日は司教様の依頼で、あなたのお相手をしに来たの。修道女見習の先輩ってことで、よろしくね!」
少女は目をぱちくりとした後、雑巾を床に置き、丁寧にお辞儀をする。
『私はクラーラといいます。よろしくお願いします』
「そう。クラーラ、これから仲良くしましょう」
クラーラと呼ばれた少女は、先ほどよりさらに一段と眼を大きく広げ、その後、心からの笑顔でクリスを迎えるのであった。