第十話 巡礼の聖女 裏依頼に精を出す
第十話 巡礼の聖女 裏依頼に精を出す
この数日の間、襲撃に精を出したクリスとクラーラ。通報されている間に二人は家主たちにあとを任せ警察が来る前に立ち去っていく。
ある時はクリス一人で、ある時は男装したクラーラと男女といういで立ちで、同じようにルージュの街のあちらこちらを襲撃して回ったのだが、そろそろ粗方のデリバリー拠点を潰せたようである。
「お疲れ様」
「いいえ、良い臨時収入となりました。巡礼の旅の資金になりますので」
オリヴィ経由で「もう十分」と言われ、二人は冒険者ギルドの一角にあるちょっとした部屋で話をしている。クラーラとビルは、ギルドの食堂で二人で食事をしているのだ。
どうやら、ビルはクラーラと『内緒話』ができるようになったと言われ、二人で軽く食事をしている。美男美少女で羨ましげな視線がギルド内を交錯していた。
「報酬は……こんなにもらっていいのですか?」
「ええ。支度金的な意味も加えて少し加算させてもらったわ。着替えの衣装もそのまま使ってちょうだい」
本来であれば、あの手の現場に残る物品はクリスとクラーラに所有権が移るのだが、今回はその手の余禄がない。捜査の証拠品として回収されたからだ。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。市警と憲兵の合同捜査本部を軍の駐屯地内に設置させたわ。これ、内務省で特別事案として取り上げられているから。『ルージュ浄化作戦』だそうよ。偉い人が王都からこっちに来るみたい」
どうやらお役御免だと安心していると、オリヴィから不穏な言葉が出てくる。
「それで、二人が探偵としてあまりにも優秀だと言うので、今回の作戦が成功裏に終われば、王国では上級探偵、帝国でも星二つの冒険者として王国の内務省から推薦状を出してくれるそうよ」
星二つというのは、冒険者として一人前と見なされる等級であり、クラーラはともかく、クリスは年齢的に無理ではないだろうかと考える。
「あ、巡礼から戻ってきたらになるでしょうね。王国の探偵等級は年齢制限皆無だから。もっと小さくても探偵として登録できるわよ。むしろ、少年探偵少女探偵は疑われにくいし、狭いところや高いところでも体の小ささ、軽さがいかせるからね。魔力の無い子は特にそうなる傾向があるわね」
魔力持ちならば、身体強化で軽業もこなせるが、そうでなければ、屋根を踏み抜いたり、飛び回るのは難しい。子供、特にローティーンの少年にはかなり需要がある。新聞売りや使い走りの役割りをこなしながら、情報収集や伝達役として重宝されているのだ。
クリスのように、鉄火場を渡り歩くような役割は、やはり魔力持ちでなければ難しい。
「魔力持ち、とくに、実戦でしっかり対応できるのは評価高いわ」
「下働きは長いですから。孤児院で現金収入を得るために、冒険者ギルドで街中の小さな依頼を沢山こなしているので」
冒険者ギルドの街中の依頼というのは、いわゆる駈出しの雑用のような依頼ばかりであり、売り子や清掃、使い走りやちょっとした家屋の修繕に、子守に病人の介護など、様々な依頼を受け、老若男女と接する機会が多々あった。
勿論、ファンブルの港を根城にするやくざ者や港湾労働者、船員とのやりとりも今回の件ではよい影響を与えている。
基本、あの手の男たちは若い女性、特にクラーラのような美少女には下心ありきで優しいのである。クリスも、あと五年もすれば……乞うご期待!!
「それで、暫くは最初の頃のように駐屯地内で過ごしてもらう事になるわ」
オリヴィ曰く、今、製造工場と本拠地の捜査の詰めに入っているという。その間、ルージュの市内に関しては手を緩め、油断させるつもりなのだ。とはいえ、協力者や組織の下部構成員を市内から弾き出したので、むしろ、市内に無防備に滞在している事の方が危険であるという。
「流石に、バレますよね」
「そうね。クリスはともかく、クラーラは目を引くから」
クラーラは施療院で既に評判となっており、一部の敬虔な修道女と司教様以外から、女からは嫉妬を、男からは好色な視線を一身に浴びており、加えて施療院には「聖女」と崇める患者まで出始めているのであった。
無口で笑顔を絶やさず、こっそり魔力を用いて治癒を高めているので、体調の良くなった患者たちからそんな風に思われ始めていたのだから、悪目立ちしてしまっていると言えなくもない。
「鍛錬もした方が良いでしょうしね。兵士に混ざるのはお勧めできないけど、私とビルが相手をする分には問題ないし。巡礼の旅の準備も、ここでなら情報を集めやすいでしょうから、その辺も協力するわ」
なにしろ、王国内の旅は二週間もすれば終わる。その先、神国内を歩くこと千キロ、そして、西の大山脈越えも控えているのだ。地味に、愛兎馬である『クリッパ』の世話を厩舎に頼めるのもありがたい。
兎馬は粗食だが、街中では食べるものも出すものも色々困るのだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
冒険者ギルドから、一旦、施療院に戻り旅立ちの挨拶をする。
「シスター・クラーラ、シスター・クリス、二人ともありがとうございました。巡礼から戻る際は、是非立ち寄って下さい。二人の旅が何事もないことを毎日、神にお祈りしておりますからね」
「ありがとうございました。お世話になりました」
『……魔力持ちってやっぱり心が清らかでないと駄目なのね……』
魔力持ちの修道女に、旅の無事を祈願してもらい、二人は大聖堂付属の施療院を出た。ここは、厩舎もあってとても良かったのは言うまでもない。
「心清らかでないとだめなら、吸血鬼にはなれないじゃない。人ぞれぞれだと思うわ」
魔力持ちで、尚且つ、自分の主となる吸血鬼から、魂の一部を分け与えられなければ吸血鬼となる事は出来ない。言うなれば、ルージュ大聖堂で吸血鬼となれるのは、先ほどの修道女と司教様くらいなのだ。それに、心の清さと魔力が関係ない事は、クリスが良く解っている。
「神様に縋りたくなるほど、弱い気持ちにならないと、魔力頼りで生きようなんて思わないからね」
『そんなもんか。人魚は魔力の無いのっていないから、感覚が分からないよね』
大聖堂をあとにし、丘の上の官庁街を歩いていく。古い街の中心地であり、多くの歴史ある城館が今では、市庁舎や県の公官庁になっている為だ。
「あれ、なんだあの人」
『偉そうな人だね。なに暴れてるんだろう?』
幾人かの若い役人らしき男を従え、馬車に乗ろうとしている立派な身なりの老人が杖を振り回す勢いで怒鳴っている。
「だから! その書類は棄却しろといっているだろう!!」
「それは難しいです、司法判事殿。近日中に、内務省から司法官がこちらに来られます。憲兵や警察が調書を添えて裁判所に送達した犯罪者を、証拠不十分と言って釈放すれば、こちらの資格が疑われます!!」
「ええい!! 王都の奴らは王都のことだけ考えておればよいのだ。ルージュは我等の司る街だ。余計な事ばかりしよって!!」
険しい顔をした髭ズラの老人は、頭がザビエルながら、いや、だからこそエネルギッシュに周りに八つ当たりしているように見える。周りは疲れた顔をしているのだが、慣れたもののようで卒なく対応している。
『めんどくさそうなお爺さんだね』
クラーラの呟きに内心同意しながら、クリスはその老人の姿を覚えて置こうと頭の中で考えていた。
【第四章 了】
先をお読みになりたい方はブックマークをお願いします!!
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします!




