第八話 巡礼の聖女 新たな依頼を受ける
第八話 巡礼の聖女 新たな依頼を受ける
ルージュ大聖堂には『薔薇の窓』と呼ばれるステンドグラスの入った美しい高窓がある。
『綺麗』
「ほんと、建物だけは素晴らしいわね」
それだけではなく、聖典の様々な場面を模した絵柄が各所に配されている。時間がある限り、その場を巡り、聖典の世界に思いを馳せたいとクリスは思う。聖典が人を救う事はないのだが、そこに記させた人々の営みは、自分自身を救う事がある。
最後の審理、最後の朝餉、黙示録……それぞれが何かを啓示しているように思えてくる。
『ここからは、図柄が随分と違うね。写真みたい』
クラーラが何故写真を知っているのか? ハンス王子の写真を持っているからである。クリスが貰ったものを、そのままクラーラに渡したものだ。無駄にスマイルをしているハンス王子の写真……クリスには需要が無かった。
「ああ、これは、新しい作風のステンドグラスになるわね」
『黎明の時代』と呼ばれた聖征後の世において、古帝国の時代の文物が再評価され、抽象的寓意的絵柄から、写実的な作風に変わったのである。
『私は、これが一番好きかな』
「……あたしもかな」
二人が見てるのは『聖母の昇天』と言われる一枚。多くの人に囲まれ死を迎えた聖母様が、天に昇り世を見渡すといった構図である。
『聖母様って、いつも赤ちゃん抱いてるね』
「それがお約束だから。言ったらダメな奴だから」
抽象的寓意的絵柄であろうが、写実的絵柄であろうが、赤子を抱く女性は『聖母』とされるのだ。今日の絵画の場合は、画家か画商が名前を付けるのだが、教会に飾られる絵は『宗教画』であり、聖典の一部を模したものであるから、赤子を抱く女性はすべからく「聖母様」と見なされる。不敬だよ不敬。
『ねぇ、あの立派な服の人は、なんで首を切られているのかな?』
それは、王都が未だルテシアと呼ばれていた千五百年の昔、その地の司教であったデニス師が、先住民と帝国の統治者により捉えられ斬首された殉教した故事を現したものであった。
「王国の守護聖人となった聖ドニ様よ。古くは旧王国王家にも崇拝されたり、熱心に敬う教皇猊下もいらしたのね」
『なるほど、死を賭して御神子教の教えを信じていたってこと。それで、わざわざそのお話を絵にしてあるわけね』
今も文字の読めないものは少なくないが、その昔、王侯貴族ですら文字を読み書きできない時代があったという。王冠を被った野蛮人などと揶揄されることもある。それらに、聖典・聖人の話を伝えるのに、このような装飾が利用されたのかもしれない。何を残すかと考えた時に、聖典に因んだものが選ばれるのは時代であろう。
幾日いても見飽きる事の無い大聖堂であるが、そろそろ動きがありそうである。
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表向き、いくつかの宿屋や酒場に市警とそれに協力する王国軍の憲兵達が立入捜査を行い、街の中が騒がしかった数日が過ぎ、表向きルージュの街は穏かさを取り戻したように見える。
しかしながら、実際は髪や爪が切られただけであり、手足はおろか、指でさえ傷つけられていないという。犯罪組織は、簡単に姿を現してはくれないのだという。
「なので、あなた達にも動いてもらおうと思うの」
冒険者ギルドで伝言を受け取ったクリスは、クラーラを伴い、市庁舎近くの広場で屋台でちょっとした物を買うために出かけていた。オリヴィと偶然を装い接触する為である。
「でも、なにをすればいいの?」
問題のある酒場や宿は粗方潰されてしまった。先日と同じように、客を装い泊まる囮捜査のような事をする必要もないだろう。それに、小娘然としたクリスと、言葉を放せないクラーラで何をしろというのだ。
「ジルが協力してくれるわ。あなた達は、派手に暴れてくれればいいの」
『なんだか楽しそう!!』
「ええー」
オリヴィとビルは、直接ジルベールと接触するのは危険を伴う為、クリスたちが接触し、彼の手引きで街の中にあるいくつかの拠点を襲撃してもらいたいという依頼である。
「……襲撃……」
「そ、襲撃。『アニス』を配達するのは街中にある拠点からなの。末端の販売所や人攫いの場所は潰せたけれど、中継点である拠点はそのままルージュの中に残っているのよ」
「それこそ、市警や憲兵に潰させればいいじゃありませんか」
「それができないの。内部に協力者がいるから、行動を起こした時点で、酒場や宿屋みたいにそこの経営者や従業員を拘束するようにはいかないで、逃げられてしまう可能性が高いのよ」
オリヴィとビルは追跡されており、拠点に近づけばそこを引き払われるだろうというのだ。
「できれば、そこにいる構成員も捕らえたいの。半分くらいは生かしてね」
半分くらいというのは、半分殺していいのか、それとも半殺しにして全員生かせるようにするのか……判断が難しい。
「ああ、皆殺しは証言させる人間が居なくなるので困るから、出来る限りでかまわないので、殺さないか、死なない程度に怪我をさせて欲しいってところ」
「ゾンビや吸血鬼は出ない?」
『でたらやばいよね』
オリヴィ曰く、製造拠点や組織の本拠地には吸血鬼が滞在している可能性はあるのだというのだが、無理に関わる必要はないという。また、ゾンビを戦力として考えるなら、ある程度収容できる設備が必要になる為、狭い街中では難しいだろうという。
「とはいえ、あの手の薬物って、売人が自分で手を出して中毒患者になると言う事も少なくないのよね。だから、計らずしてゾンビ化している可能性はあるとおもう」
「大丈夫ですよ。お二人の腕前なら、軽く首を刎ねるだけの簡単なお仕事ですから」
爽やかスマイルでビルが相槌を打つが、話している内容は全然爽やかではない。
「市警の中にいる協力者には、ルージュの街中で犯罪組織内での内輪もめが発生しているという偽情報が流れるようにしたいのよ。前回のように、一斉摘発ってわけにはいかないし、拠点を虱潰しにできるだけしたいから。
末端の構成員も、なるべく処分したいし」
処分したい……か。犯罪組織でしか生きていく場を得られなかった人もいないでもないだろう。例えば、孤児院の先輩の世話になって、知らない間に組織の構成員になってたとかだ。
「情けは無用。子供ならともかく、ある程度の年齢になって、自分が何をしているか分かっていてなおこの街で犯罪組織に所属しているんだから。それに、捕まればどの道、死刑。違法薬物の製造販売・人身売買だから」
なにもこの街以外で生活することができないわけではないだろう。役所で転出届を出して、適当に幾つかの街でそれを繰り返せば、跡を追う事はそれなりに困難になる。王国から出てしまうのも手である。
今は、どこにいくにも「旅券」が必要であり、ちょっとした宿に泊まる際も提示を要求されるのだが、それも絶対的なものではない。悪に染まるか否かはその人の生き方の問題でしかない。
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