第七話 巡礼の聖女 ルージュ大聖堂に驚く
お読みいただきありがとうございます!
第七話 巡礼の聖女 ルージュ大聖堂に驚く
「近くで見ると一層壮観ね」
『すごい。人間ってなんでこんな建物建てちゃうんだろうね』
人魚的には不思議なのだろうか。もしくは、海の底にある人魚の国にも壮麗な王宮があるのだろうか。
大聖堂というものは、その都市の『顔』であり、聖征の時代、サラセンの石材を加工する技術が東方からもたらされたのち、巨大で壮麗な建物を競って建てるようになる。
都市を丸ごと聖征の軍資金として国王に寄贈するほど熱心な街であったということ、また、古代先住民の聖地であったことなど、大聖堂を立派にしようとする同期には事欠かない。
加えて、王国南部で聖征の時代問題視された『タカリ派』の異端討伐の為の十字軍遠征に深くかかわり、加えて『修道騎士団』の聖征街道の興隆とも深くかかわる地域であった事も影響していると考えられる。
そんなことはクリスとクラーラに関係ないのであるが、この都市の歪さという面、ある時期まで王国で主要な都市であったものが長閑な元修道院である大学を中心とした学術都市となり、歴史の波間に沈んでいたということの理由に『修道騎士団』の興亡と、その背後に存在する王国に敵対する勢力の影響というものを王都の内務官僚、軍部、治安関係者、そしてなにより、オリヴィ=ラウスは深く感じている。
『森の中にひっそり佇む石のお城もいいけれど、この丘に建つ『宮殿』も中々に素敵ね。王子様とお姫様が暮らすのにぴったりだよ!』
それは、ハンス王子と自分のことなのだろうと、クラーラの妄言を聞き流しながらクリスは相槌を打つ。百年戦争期に国王の腹心であり政商でもあったクール氏が建てた『宮殿』なのであるが、彼は建てただけであり住む間もなくとある嫌疑により逮捕され、財産没収となる。その際、宮殿も王家の所有物となったという。残念。
この建物が建つ前においてもクール氏は王家ゆかりの城塞を、近隣である『シェル』に保有していた。これは、王国北部・南部・西部の中節点にある戦略的要衝であり、百年戦争において王国が失う事を許容できない城塞だったという。
当然これも、王家に没シュートされている。
ルージュの大聖堂は正面の構えは、王都や聖都の大聖堂を大きく超える。王都の大聖堂の正面入り口大扉は三箇所。中央と左右のシンメトリーの構造となっている。しかしながら、ルージュのそれは左右の扉が各二箇所、合計五箇所の扉を備えている。装飾を含め高さは40mもあり、王国最大の構造。
加えて、外側の装飾、更に内装のステンドグラスのは三百年ほど前に改修された美しい色彩のものであり、精巧な絵柄となっている。回廊の天井高は100mを越え、王都やミアンの大聖堂が30ないし40mであることに対して破格の高さを誇る。
ここにおいての礼拝、また、大聖堂所属の聖歌隊の歌声が響き渡る様はこの世に生まれた天上の世界の如き趣があると語られる。
『すごいものだね』
「本当に。でも、住んでいる人間に大した差が無いのは当たり前ね」
素晴らしい大聖堂があるといえども、弱き者、苦しむ者は数多おり、またその人たちを救う者もいれば、虐げる者もいる。貴族が貴族たりえた時代、守る者と守られる者の間には明確な差があった。だが、今の時代、誰もが兵士となり国と家族を守るために戦うことになる。
ならば、文字通り、神と聖典の前において人は平等たりえる。銃弾の前に、人の命は常に平等である。
「でも、中には……ずるしようとする奴もいる」
『吸血鬼の手先になったりでしょ?』
オリヴィ曰く、吸血鬼はその昔ほど活発に表立って活動していないという。理由は、手に入れられる『魔力持ちの魂』が著しく減少したからだという。貴族が騎士として戦場に出た時代、魔力持ちは戦場に出れば容易く吸血鬼は狩ることができたのだ。
吸血鬼も貴族として、若しくは傭兵として戦場で、またその周辺において魔力持ちの魂を手に入れる事で、吸血鬼としての能力を高める事ができた。
「血を吸う理由が、魔力持ちの魂を手に入れてより強力になる為とはね」
『手に入れた魂を分け与える事で「子」が作れるってのも微妙だよ』
吸血鬼が人間を含め生物のように『子』を為す事はない。自らが相手の血を吸い、更に相手が自分の血を吸う過程で、手に入れた魔力持ちの『魂』を譲渡することで吸血鬼の『子』となる事ができる。
真祖は凡そ一万、貴種は千、従属種は百、隷属種という最下層の吸血鬼においてですら魔力持ちの魂十人分が必要とされる。魔力持ち自体が希少な存在となり、また、手に入れる手段も限られるとなれば、簡単に吸血鬼が吸血鬼を生み出す事も難しい。
そういう事情により、吸血鬼は魔力持ちを探す手段を多角化せざるをえなくなったらしい。
「昔は、孤児院でも何人も魔力持ちが居たみたい」
『……クリスだってそうだよね☆』
そういえばそうだ。昔は、貴族が使用人に手を出した結果、私生児が生まれ、その私生児を孤児院に入れる事が少なくなかった結果、相応の確率で魔力持ちが居たのだという。それでも、男児の場合、貴族や騎士の養子として魔力持ちは引き取られることも少なくなかった。
王都の孤児院の魔力持ちの女児ばかりを集めた貴族の私的な騎士団もあったらしい。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
それから三日間、二人は修道女として施療院・救貧院で奉仕活動を行った。王国最大の大聖堂とはいえ、修道女見習の扱いに対した差はない。むしろ、修道女にたいして看護する人間の数が多く、とても忙しい。
「大変助かります、シスター・クラーラ、シスター・クリス」
「お役に立てて何よりですわ」
クラーラは微笑し会釈を返す。喜怒哀楽をあまり表に出すのは修道女として良くないのだが、言葉を返せないクラーラは多少表情を作る。それが、病人にとってはとても心地よいようで、若い修道女が少ないルージュにおいて、とても感謝されていたりする。
景気が良いということは、生活苦で修道院に世話になる女性も少ないということである。その昔は、修道院に入る為には寄付が沢山必要であったり、そうでない場合は、農奴のような生活を要求された事もあったようだが、今は、ある程度国の管理がなされており、身分的な差は表向き生まれていない。
やはり、地元有力者の子弟が司祭・司教になる事が多いのは、教会といえども俗世と関係なくはいられないというところであろうか。その昔は、中小貴族の子弟で優秀な者が地元の大貴族のパトロンを得て教会所属の神学校で学び学者となり、故郷に戻り貢献したものだが、今は、大学を出て国の官吏になることが出世となるため、家柄重視は一層かもしれない。
『この大聖堂、魔力持ちが少ないんだよね。ちょっと気になる』
クラーラの言葉にクリスもなるほどと思う。先ほど二人に声を掛けてくれたシスターは長い間の奉仕活動と敬虔な生活で魔力を持っていたようであり、その力を用いた施術を無意識に行い、患者の体調を回復させているようであった。
ところが、司祭や助祭をはじめ、男性の聖職者は揃いも揃って魔力持ちが皆無であり、遠目で見て司教様はシスター程度の魔力を持つようであるが、他は全滅であった。
「有能な人が聖職者になる事はないのかもね。今の時代」
そんなことだから、過去の遺物とは言え立派な大聖堂の足元で大規模な犯罪組織がはびこるのだと、クリスは苛立ちを覚えていた。
先をお読みになりたい方はブックマークをお願いします!!
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします!




