第三話 マッチ売りの聖女 黒い鳥と司教様に会う
第三話 マッチ売りの聖女 黒い鳥と司教様に会う
クリスには、巡礼の旅に出る為にどうしても欲しいものがあった。自身に武術の才能があるわけでもなく、剣などが使えるわけでもない孤児出身の修道女見習。護身のために、最近出てきたという、雷管付きの拳銃が欲しかったのである。
パーカッション・キャップという、それまでのフリントロック式を進歩させた銃で、不発の可能性も低いのだという。未だに、火縄で火をつける銃も存在するのだが、それはとても不便であるし、隠し持つには不釣り合いだ。
「まあ、それだけでもだめなんだけどね」
彼女以外の孤児たちが大きくなり、彼女が数年して成人するまではおいそれと巡礼の旅などに向かうことは出来ない。
王国の王都から始まる巡礼街道は、この街からネデル領を横切り、王国を縦断し、神国へと至る道がある。その途中の様々な宗教施設に拝礼し、聖人の眠る地迄進んでいくことになる。
途中、王国の中の山岳地帯を走破し、さらに神国との国境にある『西の大山脈』を徒歩で越えなければならない。カナンの地に至るのと同じくらいの遠き道のりを歩いていくには、まだ体もお金も経験も全然足りていない。
「マッチで毎回稼げるわけでもないから」
宗教的な行事の時には、財布のひもも緩くなる。例えば「復活祭」「精霊降誕祭」「降臨祭」等の時期だ。
街々の守護聖人に関わるお祀りなども狙い目なのだ。
「巡礼者になれば、大きな街で色々稼げるでしょうから問題なさそうだけど。
ここにいる間は、あんまりやるのもどうかと思う」
彼女は所詮見習修道女であり、街の人が「聖女」という分には構わないが、公然とした事実と思われるのは良くない。
「クリス姉さん。神父様がお呼びです」
先ほど、立派な馬車が入ってきたのを見かけた。どうやら、大聖堂からの来客のようだ。護衛の騎士が同行していることを見ると、どうやらお偉いさんがやってきたように見える。
クリスは、「七面鳥独り占めがばれたのかもね」などと、埒もないことを考えながら、神父の部屋へと足を向けた。
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神父の部屋を訪ねると、中から畏まった声で入室を許可する神父の声が聞こえる。これは、相当のお偉いさんだ。
「失礼します」
「ああ、待っていたよクリス。お会いしたことがあるだろうか、こちらは、大聖堂からこられたアンデルセン司教様だ」
年齢は三十前後だろうか、司教の服を着た優し気な笑顔の青年が座っている。アンデルセン司教、実はクリスと顔見知りである。
少し前のこと、寒くなると神父は村の教会に足を向けるのを嫌がり、代理としてクリスを差し向ける事が多くなる。寒いのはいっしょなのだが、村の教会で御祈りをささげ、一緒に聖歌を唱えると村人から供物をささげてもらえるのだ。
神父からすれば邪魔な手荷物程度にしか思わないだろうが、孤児たちの食事の世話をするクリスにとっては、スープの具が増える貴重な機会でもある。
そしてその帰り、村から街に戻る田舎道の途中に、そこそこ大きな池がある。そこにはおそらく、越冬するために飛来した白鳥と、近所に住んでいるだろうアヒルがいたりする。
「おいしそう」
どちらも食べる事ができる水鳥だが、銃か大きな網でもなければ捕まえることなどできない。孤児院の修道女見習にそんな道具はない。
「お願いね」
肌寒くなったクリスは、マッチを一本擦って「火」の精霊を活性化させる。火の中に棲む「火」の精霊には、火が無ければ活動することが難しい。ランプでも暖炉でもかまわないが炎が欲しい。マッチを擦って火を作るのが、一番簡単だ。
体中に魔力を巡らせ、火の精霊の力で体がポカポカし始める。このまままっ直ぐ帰れれば、温かいままで孤児院まで戻れるだろう。
足を進めようと街へ向かうと、池のほとりから声が聞こえてくる。
『なんで僕はみにくいんだろう……』
どうやら、誰かが泣いているようだ。酷く小さな生き物なような気がする。
池のほとりで水面を見つめる一匹の黒い塊。それが呟いているようだ。因みに、クリスは一部の波長の合う動物の声が人間の言葉として理解できる。心の親和性の問題かもしれない。
「なに泣いてるの? 母鳥はどこいったのかわからないとかじゃなさそうね」
はっ、と振り返った黒い鳥。
『に、人間が僕の話を聞いていたの! なんで通じるの!!』
「そんなことはいいから、泣いているわけを話しなさい」
子供の何でナンデはきりが無い。
黒い鳥は、最初アヒルの家族の元にいたのだという。兄弟は皆、黄色い可愛らしいひよこアヒルであったのに、自分だけは大きく黒い醜いアヒルだったのだという。
『はじめは母様もかばってくれたのですが……』
やがて庇うのにも疲れた母アヒルに溜息をつかれ「いっそどこかへ行ってくれないかねぇ」などと言われれば、居づらくもなるというもの。そこで、自分探しの旅に出たものの……といってもこの池の周りだけなのだが、仲間は見つからなかったのだという。
「へぇ、あんたも苦労してるのね」
『……それほどでもありません』
「でも、あんた自分が全然わかってないわよ」
クリスは指をビジッと指しながら黒い鳥に話をする。
「見たところ、あんた、アヒルじゃなくって白鳥の子供よ」
『だ、だって、あそこにいる鳥は皆白いじゃないですか!!』
アヒルより一回り大きく立派で大きな美しい羽をもつ白鳥。そんな鳥が真っ黒な自分と同じわけがないというのも分からないではない。
「ああ、白鳥の子供は黒いのよ。まあなんでかは知らないけどね。ほら、あそこに小さな白鳥がいるでしょ? ちょっと汚れたような色していない?」
見ると、真っ白な白鳥の間に、少し小さな灰色の白鳥……まあいいか、それがいる。
「あれが、あんたのお兄さんかお姉さんなのよ。最初真っ黒で、だんだん色が薄くなって、大人になれば真っ白になるの。わかる?」
『か、カラスじゃないんですか僕』
「足に水かきがあるなら、鵜でしょ? 黒くて水かきがある鳥って」
そんな会話をしていると、背後から身なりの良い若い男性と、護衛らしき剣を携えた男が現れた。
「シスターこんにちは。君は、動物と会話ができるのかい。珍しい能力だね」
にこやかに話しかけてくる男は、懐から身分を示すであろう教会のロザリオを掲げ、彼女に見せたのである。