第四話 巡礼の聖女 宿をとる
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第四話 巡礼の聖女 宿をとる
「この部屋しかないけどいいかい?」
オリヴィからの指示でクリスたちは、街外れにある安宿に泊まる事になっていた。冒険者ギルドと街の入口の中間にある場所で、あまり良い雰囲気の場所ではない。巡礼をする者が泊まるというよりも、仕事を探して田舎から出てきた人が一時的に安く職探しの間仮住まいするような場所だ。
当然風呂無し、トイレは共同、お湯を貰う事も出来ない。食堂では何か微妙なにおいのするスープとスカスカの黒っぽいパンくらいしか出ない。が、『アブサン』はしっかり出している。
太った中年女性が鼻を鳴らして部屋を出ていく。愛想は最悪であるし、人を値踏みするような視線も気になる。部屋の清掃も適当であるし、あまり感じの良い宿でも従業員でもない。害意すら感じる。
『この部屋、何で一階のはじっこなんだろうね』
クラーラがわざわざ二階にも開いている部屋があるにもかかわらず、この部屋を使わせた理由を勘繰る。一階廊下の突き当りにある奥まった部屋だ。通常、一階の奥なんていうのは、周りに迷惑を掛けそうなうるさがたを案内する場所である。
「まあいいじゃない。それより、冒険者ギルドに向かいましょう。食事も別の場所で食べたいし。ギルドの酒場なんてどう?」
『いいね! 一度食べてみたかったんだよ』
これまで、何度か冒険者ギルドに足を運んでいるのだが、田舎の簡易受付のような窓口がほとんどで、食堂兼酒場併設のギルドはあまり入っていない。そもそも、オリヴィと関わるまでは立ち寄りもしていない事がほとんどだ。
王都では移動するついでの依頼をたまたま受けられたので、関わりがあったのだが、普通はそのような都合の良い依頼に早々巡り合う事は無かった。
ギルドに向かう途中、街の様子を観察する。二人が泊まった宿とギルドの間は、比較的近隣の住人が多い様子であり、工員や巡礼者は姿を見ない。見れば遠くに大聖堂が見て取れる。
『……凄い大きいね。王都と同じくらいありそう』
歴史のある大聖堂であり、王都の大聖堂もその影響を受け改修されるほど見事なものだとされる。巡礼路の重要な聖地の一つであり、本来であれば、旧市街の中心とでも言える大聖堂近くの施療院で奉仕活動をするはずの二人であったのだが、オリヴィに言われて寄り道中なのである。
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ギルドで名前を伝え、オリヴィからの手紙を受け取る。ギルドを通しての日々のやり取りが始まることになる。指定の書類用紙を受け取り、その紙だけでやり取りをするという。中々こだわっているというか……流石特級探偵である。
受付嬢に礼を言い、二人は食堂へと移動する。あまり奥に行くと絡まれて面倒なことになると逃げ出せないので、出口近くの席を確保する。なにしろ、クラーラへの視線がかなり集まっている。勿論、本人は全く気が付いていないのは、人魚だから仕方がない。
「何がお勧めですか?」
「何でもおいしいよ。けど、豚肉のプルーン煮込みが名物だね」
給仕のお姉さんにそう言われ一瞬悩む。名物に旨い物なしという格言を思い出す。
『魚がいいなー』
クラーラのリクエストに加え、豚肉をプルーンで煮込んだというあたりに外れ感を感じ、クリスは魚料理を選ぶ。
「じゃあ、川マスのすり身団子シチューを二人分お願いします」
「はいよ! パンはサービスだから好きなだけお食べ」
冒険者ギルド的には、駈出し冒険者の為の炊き出し的要素もあるようで、黒パンであれば、何個食べてもサービスだという。黒パン……そんなにたくさん食べられないと思うのだが。
もしゅもしゅと黒パンをシチューに付けながら、二人は食事を済ませる。飲み物はシードルがお安めなので、それを頼む。アブサン? 危険すぎて飲む気には到底なれません。
『手紙読んだ?』
オリヴィからのメッセージは簡単な内容であった。曰く
――― 『宿に泊まると人攫いが現れるので、生死を問わず取り押さえる事』
若い女性の失踪事件、それも近隣の住人ではなく巡礼などの旅人が失踪する事が多いのだという。もしくは、働き口を探してやや遠方の村から訪れた人などである。
今は鉄鋼系の仕事が増え、男手が求められているのだが、少し前までは帆布を織る工場が中心であり、いまは軍服や軍靴を作る工場も建設され女性の仕事も少なくないらしい。
村を出て街で働こうとやって来る女性が、ルージュに向かったまま行方不明になることが少なくない。周辺の憲兵隊に捜索依頼がだされるものの、ルージュの街には『市警』が存在し、失踪したと思われる女性も保護でもされなければ行方不明のままとなっているのだ。
『女の人ね……』
酒と女と博打……というのが、所謂、犯罪組織が金を稼ぐための良い道具でもある。酒はアブサン、女は人攫いで集めている可能性が高いとオリヴィの『依頼主』は考えているらしい。
「要は、あの宿が怪しくて、市警は非協力的。だから、関わりの薄い王都の探偵に外注したって事ね」
『そこに巻き込まれるわけね。にわか探偵助手は』
クラーラは楽しげである。元々、クリスよりも子供っぽい冒険気質のある元人魚だから、その辺り、なにが起こるかワクワクしているということもある。それに、クラーラの『水』魔術はそれなりに上達している。
今回は、クリスの魔術より、クラーラの魔術が活躍してくれるだろう。
「はいこれ、余り物だけど良かったら食べてねー」
給仕のお姉さんは駈出し貧乏巡礼冒険者の二人がぼそぼそと小声で話しているのを見て『困窮しているのね』と思ったようで、ちょっと古くなったこれも名物らしい『ジャガイモのガレット』を出してくれた。
「これは……美味しい」
『名物でも侮れないねー』
明日は、屋台で見かけたら、これを頼もうとクリスは思うのであった。
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宵の口に宿へと戻り、二人は少し話をしてから早々に寝る事にする。預けたクリッパへの餌やりと水を与えるのも……自分たちで済ませる。宿屋の女将は相変わらず愛想も悪く、様子を伺うように餌をやる二人に声をかけてきたので今日にでも何か起こるかもしれないと二人は考えていた。
そして夜中すぎ。
GASHA
廊下の突き当り、その何もないはずの壁が動く音がする。簡単な閂しかないドアの隙間から何かが差し込まれ、ゆっくりと閂が動かされていくのが見て取れた。
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