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第二話 マッチ売りの聖女 神父に報告する

第二話 マッチ売りの聖女 神父に報告する


 マッチの束はあっという間に完売。クリスはほくほく顔を内心しながら、教会への道を戻るのである。


「さて、この金は……冒険者ギルドに預けておかないとね」


 シスターの仕事の合間に、彼女は冒険者登録をして、ちょっとした手間賃を稼いでいた。これは、準成人年齢に達した孤児の年長者たちも行っている仕事であり、今の孤児院にはクリス以外いなくなってしまった。


 少し前までいた年上の孤児たちは、口減らしとして孤児院を自分から出ていったからだ。





 冒険者ギルドは、その昔、商人同盟ギルドという国を跨いだ商人により設立された組織が、護衛や様々な雑務を引き受けさせるためにギルドのある都市に開いたものであった。


 商人同盟ギルドはチビ将軍戦争の後、すっかり解散してしまい、いまではこの都市を含め三つほどの都市が残るのみである。昔の国は、大きな都市と幾つかの小都市、村や街で構成された、一日あれば周れる程度の大きさであったのだという。


 幾度かの戦争があり、いまではその小さな国がまとまって大きな今の国のサイズになっている。


 とはいえ、様々な依頼を受ける冒険者ギルドは、探偵や警護の仕事を富裕層から受ける仕事を中心に、今でも組織としては存続している。




 街の中央にある噴水広場から、港に近い場所にある冒険者ギルドへ向かう。教会とは反対方向なので、少々面倒なのだが。


 年の瀬であるにもかかわらず、冒険者ギルドにはそれなりの人がいる。年中無休であり、依頼受付自体は24時間窓口がある。素材買取などは週末や夜間は休止しているのだが。


「クリスさん、こんばんは」


 顔見知りの受付嬢に声を掛けられ挨拶を返す。冒険者ギルドの一つの役割りは、金融業、冒険者の資金管理である。国を跨いだ事業であるので、出先でお金や私信を受け取ることができる等、付帯的な冒険者向けのサービスを提供している。


 等級により受けるサービスに対する対価が変わる。星無しならばそれなりに費用が掛かるサービスもあるが、星二つの一人前と見なされる冒険者であれば、回数を限られるが無料で受けられるサービスが増える。


 星三以上になると、ほぼ無料となる。


「お金を預けて……あと……」

「はいはい、銅貨に両替したいのね。シスターから手数料を取るわけにはいかないから、サービスですよ」


 教会の資金から手数料を取ることは教会とギルドの関係を考え禁止されている。聖職者に対しても同様なのだ。例え見習であったとしても。


 マッチ売りの聖女と揶揄されるような言い方をされたものの、彼女は冒険者ギルドで「聖女」として技能登録されている。これは、『火』の精霊を使役した回復効果をもって認定されたものである。


 体を温める事による救護効果がその対象である。海難水難事故の多いこの街では、評価される項目でもある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ギルドで数えてもらったところ、金貨四枚、銀貨二四枚であった。金貨一枚がだいたい銀貨二四枚であり、銀貨一枚が銅貨十枚なので、銅貨換算なら千二百枚にもなる。あたりまえだが、銅貨千二百枚で受け取ってはいない。


 クリスは幾人かの年長者の孤児にギルド登録させ、その子のギルドカードに資金を割り振るようにしている。孤児院を出る時の資金援助であり、彼女に何かあった時の為の資金でもある。


 勿論、彼女自身も巡礼の旅に出たいという気持ちがあり、その為の身繕いの装備も整えたいと考えている。


 マッチ売りで稼ぐ方法が今回上手くいったものの、年末故のご祝儀相場というものもあるだろう。


 半分を自分の懐に入れ、そのうちマッチの代金に相応しい金額である銅貨と銀貨で用意した銀貨五枚相当を神父に渡すことにする。十数束の売却額としては悪くない金額になる。大体、銅貨二枚程度が相場であるからだ。


「うえぇ、すっかり遅くなったわね」


 薄暗い夜道を教会に急ぐ。手元の麻袋には、子供たちと食べるパンとチーズが入っている。これを、教会に沢山ある蝋燭であぶって温めてから皆と食べるのである。


 先に荷物を置き、子供たちが安心した笑顔で出迎えてくれる。


「神父様のところに行ってくるから。ちょっと食べずに待っていてね」


 袋の中を覗き込んだ子供たちが小さな歓声を上げる。パンは白パン、チーズだって沢山入っている。甘い砂糖菓子は、ギルドの受付嬢からの差し入れである。年の瀬であるからということで、ギルド酒場の女将さんもオマケしてくれたという事もある。





 神父の部屋に向かい、扉をノックする。


「クリス、戻りました」


 しばらくの沈黙。中で、なにやらゴソゴソしているのは、一人でこっそり豪華な食事をし、ワインでも飲んでいるのを隠しているのだろう。


「は、入りなさい」


 しばらくして入室の許可が下りる。子供たちの部屋と異なり、立派な椅子に奥には寝室。そして、暖かい暖炉に火がともっている。


「遅かったな」

「年の瀬ですから、なかなか売れなくって」


 全くの嘘ではない。完売に三十分もかかったからだ。それは、彼女が一人一人に『祝福』を与えていたからに他ならない。


「全部売れたのか?」

「はい。売上です」


 神父は売り上げとして出された袋を受け取り、中を確認する。思っていた金額より多かったようで、嬉しそうに笑っている。


「高徳な方が多かったようだな」

「はい。皆さん、喜んで買っていただけました」


 一切嘘はない。彼女の祝福、魔力の籠った長持ちマッチなのだから、金には代えられない魔導具である。まあ、金貨一枚は出しすぎだが。


「そうか。では、来年もよろしく頼むよクリス」

「神父様も良いお年を」


 口の周りにベッタリとソースをつけ、七面鳥の焼けた匂いを室内に籠らせた神父の前で一礼をし、クリスは孤児たちのいる寝室へと戻った。


 一人一人に白いパンを配り、中には分厚く切ったチーズを挟む。そして、蝋燭であぶったチーズは精霊の加護を受けとろとろに溶ける。美味しいチーズパンの出来上がりである。


 その頃、神父の部屋の暖炉の火がドンドンと小さくなり、いくら石炭をくべてもちっとも暖かくならなかったという。知らんがな。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 彼女が頑張っても結局は歴史の流れは財政破綻をさせるなんか眩しい王様の出現や啓蒙思想等により革命へと流れていってしまうんですねぇ… この時代魔物はどうなっているんでしょうね? 強い獣と変…
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