第八話 巡礼の聖女 地下納骨堂に見る
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第八話 巡礼の聖女 地下納骨堂に見る
礼拝堂は予想通り、壁だけを残し、中身は既に持ち去られた後であった。祭壇はあるものの、礼拝堂を飾るステンドグラスや燭台などは当然あるはずもない。
「ここにいたのね、さっきのおじさん」
礼拝堂の奥の小部屋、恐らくは神父の控室であろうか、幾本かの酒瓶がころがり、乾燥させた草やぼろぼろの変色した毛布などが転がっている。
「ヴィ……」
「……やっぱりね……」
酒瓶を拾い上げるとそのすべてに栓をして回収する二人。クリスは空き瓶を何故集めるのか疑問に思ったのだが、二人が「調査」の依頼でこの地を訪れたのだとすれば、回収する必要のあるものだと理解して口をつぐむ。
「質問しないのね」
「無駄口を叩くなと教わっているので」
「ふふ、随分と厳しいお家ね」
神父が嫌な奴なだけである。それに、聞いてもまともに答えられないし、答えが得られないのなら質問する価値もない。だから、黙っているだけだ。
「これ、『アブサン』ってお酒なんだけど、一部、おかしなものが流通しているの。それは、アブサンの中でも『アニス』と分けて呼んでいるわ。人間を動く半死人にする良くない薬ね」
なるほど。恐らく、二人は医薬関係もしくは、その関係者の紹介で官憲に依頼され調査をしているのだろう。薬剤師であれば、おかしな薬を見逃すわけがない。ビル青年は、恐らく富裕層であるオリヴィ女史の護衛を兼ねているのだとクリスは当たりをつけた。
官憲の育成も時間がかかるため、王国政府は一部の仕事を『冒険者』に外注しているということだ。その為に、名称も『探偵』に変更し、公務の外注先に相応しい体裁を整えるという事なのだろう。
『探偵社』というものも州国では企業として育っているとも言うし、その理由が鉄道会社の労働者を企業側が管理するための暴力装置であるとも聞いている。たまに目にする新聞に、そんな話が書かれていた記憶がある。
その昔は、帝国でも傭兵会社というのが全盛であり、原神子派と御神子派で行われた帝国の内戦においては、傭兵企業の経営者が総司令官に任じられたこともあったという。『探偵社』の規模が大きくなれば、私軍として認識されるほどの規模になるかも知れない。
この二人は、医薬品に詳しい探偵というニッチな存在なのだろう。
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人の気配はあったものの、犬をどこで飼育していたのかはさっぱりわからない。加えて、先ほどの頭を吹き飛ばした中年男性が飼育していたとも思えない。真面な思考が残っていなかったからだ。
その辺りをオリヴィに質問する。
「ああ、それねぇ……何とも言えないのよ」
『アニス』に限らず、アブサンの中毒症状はある線を越えると加速度的に悪化するのだという。
「ワインより安い薬用酒だと思って飲み始めるのよ。でも、そのうちどんどん量が増えていって、一日中手放せなくなるのよ。そうなると、先は短いわね」
アブサンの飲んだ効果として「多幸感」「幻覚を見る」といった物がある。また、戦場で混乱しないようにアブサンを飲ませてから戦闘に入るということもある。
「戦場帰りとか、生まれつき持病があるとかね。痛み止め代わりに飲ませるの。そうすると、手放せなくなるみたい」
依存性があると警告する医師や薬剤師もいるものの、貧しい者が選べる治療手段として、アブサンの代わりになる物が無いのは事実なのだ。
「自傷行為に走る人もいれば、幻覚で混乱して家族や身近な人を傷つける事件も増えているんですよね」
「引き籠ってアブサン飲んで時に暴れる。そうなると、半年持たないって。でも、寝たきりで何年も苦しむよりは良いかもしれないの。やるせないわね」
話をしつつも、周囲への警戒そして探索の目は離さない。礼拝堂には他に痕跡が見当たらないので、三人は納骨堂へと移動する。
納骨堂には、犬の居た形跡が散見される。抜け毛や床に残る足跡などで、ここにいたであろうことは明白だった。
「さっきのアレが飼主だったのでしょうかヴィ」
「それはどうかしらね。表向き、犬だけがここにいるのはおかしいから、末期の中毒患者をここに配置した……ってところじゃないかしら。大丈夫、ここに居るわ」
オリヴィとビルが何やら話をしているのだが、クリスには良くわからなかった。どうやら、二人の探し物はここにある……ということなのだろう。
納骨堂は、何とも言えない臭いが漂っている。湿ったかび臭い……それ以外の『死』の臭いとでも言えばいいのだろうか。納骨堂の地下墳墓。一般的な死者は墓地に埋葬され、ある程度年数が立てば掘り起こされ骨だけが納骨堂に納められる。
しかしながら、何らかの治績を残した者などは、棺桶のまま納骨堂の地下の墳墓に収容される事もある。多くは、当地の領主や名のある騎士、そして、修道院長などである。大体が、修道院所縁の支配層に連なるものだ。
おそらく、この修道院を建てる寄進をし、修道院長を自身の家系に連なる者を据えた一族の遺骸が保管されているのだろうと……思われる。
ビル・オリヴィ・クリスの順に地下墳墓へと石の階段を下る。松明などないのに、何故か炎が地面を照らす。
「内緒にしておいてね」
「……はい……」
どうやら、オリヴィは『魔術師』であるようだ。すでに伝説とか伝承の領域に入っている存在であり、クリスも自身が使えなければ「おとぎ話」と斬って捨てていただろう存在。
「二人とも多少術が使えます。ヴィは色々使えますけれど、私は『火』だけですね」
「まあいいじゃない。私は肉弾戦はできないから、役割分担でしょ?」
そんな話をしていくうちに地下へと到着する。壁のへこみは四面ともに数々の棺桶が収納されている。どれも、年季の入った砂と誇りまみれの棺桶に見えていたのだが……
「……見つけたわ」
「確かに。明らかにおかしいですね」
壁のくぼみに収納されていない床に直置きの棺桶。その一つが、明らかに真新しい。埃もかかっておらず、おろしたての様である。漆黒の棺が炎に照らされ影が揺らぐ。
「どうします?」
「蓋を開けてもらえる? 一発お見舞いするわ」
オリヴィは双発銃の撃鉄を二つともおこし、引金に指を掛ける。暗闇に白金色の銃身が浮かび上がる。そして……仄かに銃身が自ら輝きを発していることが見て取れる。
「魔力が……纏われている……」
クリスの独り言に、オリヴィは「正解。後で詳しく」と口にすると、ビルが開けた蓋の中身に向け、無言で銃を発砲した。
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