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第一話 マッチ売りの聖女 現る

 このお話は、『妖精騎士の物語』の三百年後の世界であり、魔術や精霊の存在が廃れ、忘れ去られつつ科学が生活に広がってきた時代となります。

第一話 マッチ売りの聖女 現る


「みなさん、マッチを全て売ってくるまでは、教会に戻ってきてはいけません。良い年を迎える為には、必要な事なのですよ」


 教会に付属する孤児院、その院長であり教会の神父である小太りの男が、孤児院の子供たちにそう言って袋に入ったマッチの束を渡す。数はけっこう多い。


 孤児院の子供たちは全員が裸足同然であり、新年を迎える真冬にも関わらず、薄着一枚である。


 どうやら、神父殿はお一人で七面鳥を食べるつもりらしく、その間、子供たちを寒空の下に追い出したかったようである。


「ど、どうしよう」

「まっち……売れないんだよねぇ」


 やせ細った実際の年齢よりやや小柄な子供たちが、身を寄せ合い涙目になりながら途方にくれる。雪が降りそうな黒々とした雲に覆われたそれも夕方だ。


「みんな、安心なさい。あたしが、全部まとめて売ってくるわ」

「「「……クリスお姉ちゃん……」」」


 肩まで程の長さの髪、褐色の目に褐色の髪を持つ勝気そうな眼の少女が声を上げる。歳は十一、二歳だろうか。数年たてば、誰もが振り向くような美少女になりそうな、そんな娘である。


 彼女の名前はクリス。孤児院の最年長者であり、見習修道女でもある。


「で、でもどうやって」

「ん、マッチを売るなんて簡単よ」

「そんなことないよ、みんな買ってくれないよ!」


 子供たちは何も嘘を言っていない。でも、全てが真実なわけではない。


「みんな、風邪ひかないように毛布にくるまって、あったかくしておいてね。

仲良くするのよ」


 クリスはマッチをまとめて受け取ると、冬の寒空の中、修道女見習の衣装を身に着けると、駈出していった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 マッチは彼女が生まれた頃に出回り始めた便利グッズである。それまで、火を起こす事は手間がかかり、また、燃料代も馬鹿にならないため、庶民は週に一度程度まとめて調理をし、食事はその作り立て以外は冷たい物を食べるのが当たり前であった。


 それが、あの、チビ将軍が世界中を巻き込んで戦争をした結果、世の中が少し変わり、工場で働く口も多くなり街に住む人たちの生活も多少豊になった。石炭なんかが家で使われるようになり、以前ほど、火をケチらずに済むようになった事も大きいだろう。


 だがしかし、簡単に火をつけられなければ沢山のお安い石炭も意味がない。


 そこで登場したのが「マッチ」である。小さな木の棒に、なんだか硫黄臭いクスリが付いた物で、擦ると火がボワッとつく魔道具の一つだ。ただし、木の棒が燃え尽きるまでに火をつけないといけないのが難儀なのだ。襤褸布や乾いた枯葉なんかに燃え移らせ、石炭に火をつけることになる。


「けど、あたしのマッチは一味違うからね」


 クリスはちょっとだけ魔法が使える。教会では「聖なる力」と呼ばれるが、実際は魔法である。どういう理由かは知らないが、クリスには『火』の精霊の加護がある。


「魔力をちょちょっと込めておけば、二週間くらいは消えにくいマッチになる。ちょっとズルだけどね」


 クリスの魔力を感じ、喜んでマッチの周りに集まる『火』の精霊たち。お陰で、マッチが長く燃えるのだ。




 クリスが到着したのは、街の中央にある広場の一角。新年を迎える準備で忙しく足を運ぶ幸せそうな人々が歩いている。家族で、友人同士で、一人で。


「さて、始めるとするか」


 クリスが始めたのは……新年の祝福のお祈り。


「皆さん、今年一年は健やかに過ごせましたでしょうか。もし過ごせたのであれば、神様に感謝の気持ちを伝えてくださいませ」


 美少女予備軍である修道女見習が、広場で何やら語り始めたのに気が付いた道行く人々が、何事かと思い、歩みを止める者がちらほら見て取れる。


「こちらにご用意したマッチは、聖なる炎を灯すマッチです。神のご加護により、大きく、長い時間炎を灯す事ができます」


 何も嘘はいっていない。(火の精霊)の力で、炎が長持ちする。

クリスの魔力が残っている間は。


 魔力は少しずつ拡散していってしまうので、これは仕方がない。


「もし、疑われるのであれば、これをご覧くださいませ」


 一本のマッチを取り出し、彼女が立つそばの噴水の縁にその先端を擦りつけ集まってきた観衆の前に優雅にその炎をさしだす。細い白い指先につままれたマッチの軸。そして、赤々と燃え上がる炎は掌よりも大きく、数秒で燃え尽きるはずのマッチが十秒、二十秒と消えることなく揺らぎ続ける。


 優に一分は燃えたであろうマッチは、ポッと消失点にでも達したかのように一瞬で消える。


「新年の朝、この炎があれば、朝から寒い思いを家族にさせずにすみます。この炎が燃え尽きる間、神様に一年の感謝を告げるのも良い行いでしょう」


 マッチが湿気ているなんて新年の朝から縁起でもない。


 たかだかマッチ数本の束を買う程度の金額で、新年を不快な思いで向かえずに済むと思えばだれもがお得であるような気がしてくる。


「数に限りがございますので、お求めの方はお早くお願いいたします」


 そうクリスが言葉を告げると、立ち止まり話に聞き入っていた男の一人がクリスに向かってくる。


「シスター、一束戴きたい」

「ありがとうございます」

「……お幾らでしょうか」


 マッチ十本程度の値段、パンの一二個分だと踏んでいるのだろう。しかし、神の奇蹟に値段は付けられない。まあ、奇蹟ではないのだが。


「金貨でも銀貨でも構いませんわ」

「……」


 教会の修道女が売っているマッチ、これは、喜捨の類であると示したのだ。金貨もしくは銀貨でなければならない。銅貨は受け取らないよと暗に示したことでもある。


 男は渋々といった態で、財布から銀貨を取り出しクリスに渡す。クリスは満面の笑みでそれを受け取る。


「あなたとあなたの家族に、神のご加護がありますように」


 マッチを一本擦り、男に『祝福』を与える。掌を男の頭上に掲げ、魔力を振りかけるように放出する。

 クリスの魔力に反応し、火の精霊たちが活性化し、男の体をふんわりと取り囲む。これで、男が家に帰るまでの間くらいは、体がジンワリと温まることだろう。


「おおお!! シスター……いえ、聖女様。ありがとうございます。頭痛と肩こりが軽くなりました」


 恐らく、冷え凍えて頭痛や肩こりが発生したのであろう。温めてあげれば緩和するのが当然だが、男は「奇蹟」と理解したのだ。


「良い年を」

「ええ、貴方様にも、良い年が訪れますように。聖女様」


 男の顔色がすっかり良くなり、元気に立ち去る姿を見た観衆は、我先にと彼女からマッチを求めるようになる。




――― こうして、クリスは『マッチ売りの聖女』と呼ばれるようになったのである。




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