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第七話 巡礼の聖女 美男美女に戸惑う

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第七話 巡礼の聖女 美男美女に戸惑う


 背後から声を掛けてくれた大人の女性と、若い男性だろうか。クリスは顔を背後に向け、力のはいらないままの膝に気合を入れると、立ち上がる。


「どうやら大丈夫ね」

「無事で何よりです」


 黒髪の女性がクリスに挨拶をしてくる。


「こんにちは。もしかして、この家の関係者の方かしら?」


 年齢的には三十手前ほどだろか。黒目黒髪、男装の麗人とでも言えばいいのだろうか。頭には今風の中折帽を被り、スモーキングジャケットにジレ。足首に近いまでの革の長靴を履き、膝下丈のチェックのズボンをはいている。



「私たち以外にもお客様というわけね」


 後ろから顔を出したのは二十代半ばだろうか、長身に赤みがかった金髪碧眼、がっしりした体の男性であり、美女の連れのようである。髪や眼の色は違えど、舞台で人気のある『姫騎士オスカー』の主人公とその相手役のような二人にクリスは思えた。


「私は、オリヴィ=ラウス。トラスブルで薬剤師をしているわ。彼は助手兼護衛のビル。あなたは?」


 にっこり微笑む二人に、クリスの警戒心がやや薄れる。


「クリスです。今、西への巡礼の途中なんですけど、昨日の夜にこの先の街道の野営地で犬に襲われて……」


 昨夜のあらましと、街で官憲に依頼され、捜査に協力し犬の血痕と足跡を追ってこの場所まで来たのだと説明した。


「犬ね。狼ではなく?」

「は、はい。帝国では牛飼いが牛泥棒除けに飼っている大きな犬に似ていました」

「へぇ、そんな強力な番犬がいるんだ。だって、ビル」

「これは、少々考えなければいけませんねヴィ」


 王国では医師より薬剤師の方が難しい資格であると聞いている。トラスブルの他に、王都とサボアにも同様の学校があり、学費が高いことでも有名だという。聞いた話では、金貨で百四十枚。それ以外に、様々な生活費や交際費、薬品の購入費用などが実費で必要だ。


 労働者の生活費が家族で月金貨一枚程度であることを考えると、富裕層の子弟が主ななり手ではないかとクリスは考えている。


 二人も、このような山野にもかかわらず、仕立ての良い服を着ている。古着であればほつれはともかく、サイズ自体がピタリと合う事は稀だ。新品であっても、既製服と仕立服というのも全然異なる。


 仕立服はとても高い。それこそ、足元を見られれば薬剤師の授業料ほども取られることだろう。古着にしか縁の無い孤児のクリスには、関係のない世界の話ではある。


「もしよければだけれど、ご一緒しない?」


 先ほどから猟師の声が移動している。憲兵の包囲網まで後退しているのかもしれない。クリスは孤立しており、いまは弾切れでもある。


「私たちも銃は持っているし、剣も使えるわ」

「こんな感じですよ」


 オリヴィ・ラウスと名乗った女性は、クリスの銃に似た、それでもかなり新しい双発式の雷管式銃と剣を見せる。男性は騎兵銃(カービン)に銃剣をセットしている。


「ビルは長柄も得意だから、騎兵銃の銃剣だって、それなりに使いこなせるわよ」

「これ、新型の七連装騎銃ですから。威力も相当ありますよ」


 ビルという男性は背も高く、憲兵よりもガッシリしている。クリスが五人いても、全く歯が立たないだろう。


「今弾切れなので、装填し直してからでもいいですか?」


 オリヴィは「もちろんよ。水でも飲む?」と水筒をクリスに差し出した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 弾込めをしている間、ビルは周囲を警戒し、オリヴィはここに来た目的を簡単に説明し始めた。


「『マルジュリ山の魔獣』って知ってるかしら?」


 百年ほど前に起こった、害獣被害の話ならこの辺りでは噂話として良く聞く話であり、先日クリスも行商人から聞いたばかりである。クリスは無言でうなずいた。


「あれって、人工的に作られた生き物だとされる話もあるのは知ってる?」


 クリスは首を横に振る。牛や馬、羊や犬も交配して様々な特徴を持つ種を人間は作り出している。巨大な狼も、犬のことを考えればおかしくはない。


「大きな噂にはなっていないんだけど、ここにもその片割れというか、系譜に続く……」

「黒い大きな犬!!」

「……知ってるのね。そういう良くない生き物を飼育して、繁殖させようとしている者たちを探し出して捕まえるのが私たちの今回の目的なのよ」


 王国では冒険者ギルドから『探偵ギルド』へと名称変更がなされるのだという。『探偵』という言葉をクリスは知らないのだが、オリヴィ曰く要人の護衛であるとか、資本家が雇って労働者のストライキや暴動を潰す為の私兵として使うほか、斥候のような調査探索依頼も受けるのだという。


「えーと、オリヴィさんは薬剤師なんですよね。何故、そんな仕事を?」


 私的な事であるから聞くのは失礼かと思ったが、クリスは思った疑問を口にする。


「どっちもどっちなのよ。薬剤師は育ての親の希望で続けているというのもあるし、冒険者は自分自身の為に行っているわ」

「危険なのに?」

「危険なのに」

「お金だったら薬剤師の方が全然儲かりますよね?」


 薬剤師は医師以上に儲かると王国では聞いている。医師は診断するだけであり、実際に薬を提供する薬剤師の方が利益が出るからだとされる。医師が薬を出す仕組みであれば医師が儲かるのだが、王国では旧体制の時代に分業がなされ、免許も別、そして、薬剤師の免許制度も隔離したこともあり、薬剤師になる費用が高額なことから資産家でなければ容易になる事ができない職業となっている。


「お金の問題ではないのよ。生き方の問題」


 クリスもそんな事を言ってみたい! と内心思うのだが、その話を頭の片隅に押しやり、オリヴィとこの場限りのチームを組む事にする。


 弾丸の装填も終わる。いい加減、頭が砕けたオッサンの死体のそばにいるのも嫌になってきた。


「前はビル、真ん中はクリスちゃんね。背後は私が受け持つわ」

「承知しましたヴィ」

「あ、あの……」

「自分を守る事に専念して。不味いものが潜んでいる可能性もあるから。詳しい事は……見つけた時に話をするわ」


 先を急ぐように、オリヴィはビルに声を掛けつつ、クリスを追い立てる。崩れた礼拝堂と納骨堂に、一体何があるというのだろう。


 逃げ去った猟師たちの気配もそのままに、三人は敷地の奥へと歩を進めることにしたのである。



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