第六話 巡礼の聖女 何かに出会う
第六話 巡礼の聖女 何かに出会う
崩れた壁の間から、若しくは、瓦礫の転がる通路を踏みしめながら、クリスと猟師たちは三々五々内部に突入する。これは、クラーラでもいれば別だが、良くわからない猟師と組まされるよりは一人の方がむしろ安全とばかりに、単独でクリスは捜索に参加することにした。
「一応、二発は打てるから、二人分だよ」
「そりゃそうか。まあ、実際、犬にブチ当ててるんだから大丈夫か」
「ちびっこい娘一人の方が目立たねぇもんな。いいぞ」
猟師たちもクリスの単独行動には賛成してくれた。決して、我儘でも嫌われているわけでもない。気心の知れない小娘の相手をするのが嫌で避けたいというのはあるだろうが。
敷地はさほど広いとは言えないが、放棄されて百年以上経つだろうか木々が生え、草もクリスの肩ほどの高さまで伸びている場所もある。猟師たちは、草を踏み分けた跡などを確認し、追いかけているようだが、クリスはそれ以外のルートから侵入することにする。
「随分と立派だったんでしょうね」
外側を囲む石壁は崩れ去り、今ではその姿を想像するしかないのだが、赤みがかった砂岩で出来ていただろう、崩れたり割れたりして石材に適さないものが取りこのされているのだが、その残骸からも作りの良さが偲ばれる。
木々と草の向こうには、恐らくは礼拝堂であった場所そして……納骨堂だろう建物が見える。とは言え、天井が落ちたり、壁が抜け落ちているので、元の姿を想像するとであるが。
猟師たちの掛け声が聞こえる。どうやら、犬ではないものを見つけたようだ。こんな場所に犬の飼い主が住んでいるのだろうかクリスは疑問に思うのだが、野営するつもりであれば、外部から焚火や煙の見えにくい礼拝堂の壁が良い遮蔽物や風よけになるので、後は、天幕を落ちた天井代わりに斜めにでも壁沿いに張れば、立派な仮小屋になるのではないかと思う。
何のために、こんな廃墟に隠れるように住んでいるのか見当もつかないのではあるが。
壁の残骸を乗り越え、一先ず声のする礼拝堂と納骨堂の方角へと足を向ける。こちらからも踏み慣らしたような下生えが見て取ることができ、獣道のような物が背の高い草の間にあるのが分かる。
「さて、なにが出たのかしらね」
撃鉄は丸弾の方だけ引き起こしており、椎の実弾の方はハーフコックの状態で維持している。咄嗟に二発撃つ事は考え難いし、そもそも、クリスが連射して確実に当てられるとも思えない。前回は互いに至近距離、そして、動かない状態での射撃であったから、うまく命中したに過ぎないだろう。
喧騒は続いており、時折、悲鳴が聞こえる。犬と出会った程度で猟師が悲鳴を上げるとも思えない。そして、未だ発砲音がしないところを見ると、射撃するのを躊躇するモノ――― すなわち、人間を見つけたのだろうとクリスは推測する。
「はぁ、こっちに逃げてくると面倒ね……」
姿勢を低くし、草生えの中に頭を隠す。先に見つからぬようにしながら、それでも、草が揺れるので何かいる事は分かってしまう。猟師に誤射されないことを祈りつつ、クリスは大股にゆっくりと前進する。
TANN!!
TATANNNN!!
銃が発射され、つられたように二射目、三射目が重なるように続く。
大声で幾人かの猟師が叫んでおり、まるで、勢子に追い込まれた獣を取り逃がしたような雰囲気が漂う。つまり、猟師が囲んだターゲットが逃げ包囲を擦り抜けたという事だろう。
クリスは動きを止め、礼拝堂の方向を静かに確認する。すると、何やら人の頭のような物が見えた。ぼさぼさで、顔も黒ずんでいるように見える。目立たないように炭を顔に塗る猟師もいるが、今日のメンバーにそんな者はいなかった。そしてなにより……
「臭い……獣臭がする……」
人間も獣だと分かるのは、数日体を洗わなかったり、服を洗濯しなかったり、髪を洗わないと良くわかる。獣臭いのだ。
狩猟の際、猟師は獣に匂いを悟られないために、わざと体を洗わずにする場合もあるという。あるいは、その場所の土を体にこすりつけ匂いをけすとも。反対に、人間の形をした獣の臭いがする者が近づいてくれば、それは要警戒対象だ。
凡そ20mほどさきだろうか、もう頭が見える。それは、すすけた顔の中年男性であった。目にチカラが無く、よたよたとこちらに歩いてくる。
「止まりなさい! 止まらないと銃で撃つ!!」
クリスは立ち上がると、銃を見えるように掲げ、獣臭い中年男へ大声で問いかける。が、男はまるで聞こえていないようにクリスに向かってくる。
「止まれ!! 脅しじゃない!!」
一層大声で叫ぶように男に警告を叩きつけるが、男はそのまま近寄って来る。見れば、肩から血を流しているものの、傷を抑えるでもなく痛がる様子もなくちょっと異様な姿に、クリスは思わず後ずさりしたくなる気持ちを必死で押しとどめる。
「くっ!」
クリスは、丸い弾丸なら致命傷にならない可能性もあると強く思い込むことにし、既に5m程迄近づいてきたその男の太ももに向け、銃口を向け引金を引く。
Baooonnn!!
BIZU!!
叫び声が上がると構えていたクリスは、拍子抜けをする。当たった反動で男はガックリと膝を折るものの、声も上げず痛がりもせず、弾丸が命中した左足を引き摺る以外、特に変わりなく前進してくる。
猟師たちはなぜ追いかけてこないのか、もしかすると、別口でなにかトラブルが発生しているのか。クリスには皆目見当がつかない。
すると、背後で「犬だ!!」とか、「礼拝堂の影だ!!」といった声が聞こえてくる。おい、ちょっとまて。目の前のこの中年男をクリス一人で対応しなければならないのだろうかと不安が頭を支配し始める。
ジリジリと後退しながら、クリスは足を引きずる無表情な男と一定の距離を保とうとする。距離を保ちながらどうするべきかを考えるのだが、グルグルと思考が堂々巡りをするだけで何も思いつかない。
すると、背後から声がかかる。
「躊躇せず頭を撃ちなさい!!」
クリス戸惑いながら、今一つの撃鉄を引き上げる。頭を椎の実弾で狙えば、骨を貫通し脳を吹き飛ばすことになる。相手は確実に死ぬ。
「大丈夫、そいつはもう死んでいるみたいなものだから。止めを刺すだけよ!!」
大人の女性の声。しかし、しっかりとした張りのある美しいと言える声だ。
「ヴィ。助けに」
「大丈夫、自分でできるわね!」
銃を構え頭に狙いをつける。もう手を伸ばせば届くぐらいの絶対に外さない距離。そして、そのまま引金を引き絞る。
Baooonnn!!
BANN!!
至近距離で命中した椎の実弾が額に穴をあけるように侵入したのだが、頭の後ろが爆発するように弾け飛んだ。人間相手に椎の実弾を使った場合の効果と、人を殺したというその事実に、クリスは膝から力が抜け、しゃがみ込むように力なく崩れ落ちた。




