第五話 巡礼の聖女 捜索の先に廃修道院を見つける
第五話 巡礼の聖女 捜索の先に廃修道院を見つける
『憲兵』と呼ばれる存在だが、これは、王都においては『巡査』と呼ばれる存在であり、元々は「騎士団」の「騎士」に相当する存在である。
いまでこそ、槍を銃剣に持ち替えたものの、腰には片刃の片手曲剣を吊り下げ、街道や農村部など都市とその周辺部の治安を県知事・市長の配下として守っている。
伯爵が市長・県知事になり、騎士が『憲兵』『巡査』と名称は変化したものの、担う枠割はあまり変わっていないと言えるだろう。
巡査たちは半ば騎乗し、半ば馬車を操り野営地へと向かう。クリスは一台の馬車の馭者台に一人の憲兵と並んで座り進んでいる。
「巡礼街道ね。でも、なぜこちらに」
「鉄道の走っていない街道を選んだからです」
「ああ、なるほど。あれは目に毒かもしれない」
王都を起点に王国中を鉄路が急速にひかれている。クリスの故郷で見た蒸気機関車と似た小さな機関車も多いが、沢山の車両を引く大きな機関車も見かけた。船も大きくなり、沢山の人を世界中に運ぶことが簡単にできるようになってきた。
馬か馬車で移動し、帆のある船で風任せの海路を移動する時代とはなにもかもが変わりつつある。
巡礼の道もその影響を受けるかもしれないと感じたからだ。
「わざわざ遠回りするなんて、若い時にしかできないからな。いい経験になるといいな」
この後向かう巡礼街道『リ・ムザン』の起点『ヴェゼル』の街の話などを聞きながら、クリスは昨日の野営地まで戻ってきたのである。
既に、最初に調査に来た二人の憲兵は、捜索の方向を確認しており、憲兵隊の班長と地元のベテラン猟師を先頭に、獣道を奥へ奥へと進んでいく。
王国において、小さな街や村にも『憲兵』が駐屯しており、詰所が存在する。これが、ある程度の規模、一万人以上の人口などの条件を越えると、市長の指揮下に『市警察』が組織されている。『憲兵』『市警察』の仕事は治安の維持が主な仕事であり、例えば『駅馬車』の護衛なども務めることになる。
近年、駅馬車に積まれる銀行の資金などを狙う『駅馬車強盗』が増え、銃で武装した複数の強盗に、護衛の『憲兵』が帯剣したサーベルだけで対抗し殉職する事件が多発しており、この村では憲兵に軍用銃で武装する事を許可している。
とはいえ、複数名で行動時は、隊長・班長の命令が無ければ発砲を許可される事はない。猟師や冒険者であるクリスはその範囲の外であり、自分の判断で射撃を開始することができる分、多少はマシであったりする。判断力のある指揮官であるとは限らないからだ。
「黒い大きな犬って、あの犬くらいか?」
猟師が連れてきている猟犬を指さす憲兵。クリスは首を振る。
「あたしの胸くらいまでの体高があったし、体重は憲兵さんと変わらないかもっと重たいと思う」
「……まじか……」
まだ少女というにも幼い娘が銃で撃退したと聞いて「おおげさな」と考えていた憲兵も多かったようで、クリスの話を耳にしてザワザワと話が広がる。
「おい! 説明しただろう。シャンとしろ!!」
班長が後ろも振り向かずに怒鳴り声をあげる。いや、それは不味くありませんでしょうか。黒い犬とその飼主に聞かれてしまうじゃありませんか。
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街道から離れる事約三十分。重たい小銃を抱えた憲兵はまだ肌寒い季節でもあるにもかかわらず、汗を相当流している。行軍するのに、こんな山の中を歩くのは『猟兵』や『山岳歩兵』などと呼ばれる、山野を主な戦場と想定している部隊だけであろう。
従軍経験があったり、歩兵として訓練を受けていると言えども、森の中の獣道を歩くというのはあまりないはずだ。
「お、ありゃ修道院の廃墟か」
生い茂った木々の合間から、小高い丘の上に見える石造りの建物。円塔があれば、城塞かと思うが四角い建物だけであるならば、恐らくは修道院の跡だろう。
修道院が長らく貴族や都市と並ぶ権力の象徴であった時代が続いていたが、王権が強化されるとともに、商人の集まる都市は継続して自治が認められたものの、修道院や宗教都市は自治権を失っていった。
結果、都市にある教会や貴族の子弟が教育の為に利用する修道院は残されたが、山野に隠れ住むような修道院は時を経ずして解散することになったという。クリスも修道士たちからのまた聞きなので、詳しい事は知らないのだが。
そういえば、王国に向かう途中、ネデルのムーズ川沿いを歩いたのだが、そこは聖征の中心となる騎士・貴族が数多く育った地であり、その時代に興隆を極めた修道院とその廃墟が数多く見られた。
ながらく司教領の中心であった『リジェ』も、今ではネデルの一都市となっているのだから、あまたある修道院においておやである。
見えているのに、ちっとも近寄ってこない修道院に辟易していると、どうやら、血痕と足跡はあの修道院に向かっているようであり、いくつかの真新しい人間の足跡……恐らく男女のそれが見られるという。
「なんでわかるのか、知ってます?」
並んで歩く憲兵にクリスが問いかけると、足跡の大きさ、歩幅、足の置き位置、足跡の深さなどで推定できるのだという。深く沈む大きな足跡なら男性であるし、同じ体重でも女性の方が歩幅が小さいのはドレスやワンピースで大股で歩く癖が無いため、どうしても男性より細かな足取りになるらしい。
今まで、街中でしか生活していなかったクリスにとっては、何事も冒険者として勉強になるなと感じた。
しばらく進み、修道院のある丘のふもとに達する。全員を集め、憲兵班長が指示をする。曰く、丘を包囲するように全員を配置し、動くもの、特に、人間か犬がいた時点で大声で全員に知らせ立ち止まるようにということだ。
クリスは、大ごとだなと他人事のように感じながら、話を聞く。当然クリスもその包囲網の一角を担う事になる。
「修道院の入口まで到達したら、冒険者と猟師で内部に突入。憲兵は飛び出してくる人間か犬がいればこれを捕縛する。いいな!」
確かに、探索対象を捕らえたならば、冒険者や猟師は報奨金が手に入る。憲兵には精々お褒めの言葉だけであり、金にならない。その辺り交渉して猟師側が突入する権利を主張した結果なのだろう。
「がんばれよ嬢ちゃん!」
「おい、命大事にだぞ!!」
声を掛けてくれる顔見知りとなった憲兵たちの心遣いは有り難いが、こんなところで命の無駄遣いをするつもりはクリスにとっても毛頭ない。
「死なないようにほどほどに。でも……」
うっかり血痕を見つけたり、秘密の隠れ家を見つけたらどうしようかとクリスはいらぬ心配をしてみるのである。




