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第三話 巡礼の聖女 獣に銃を向ける

第三話 聖女 獣に銃を向ける


 黒い獣……毛足は狼のそれほど長くはないように見える。狼は灰色がかっているので、満月の夜であれば、それなりにはっきりそうとわかる。


 目は赤く輝いており、顔は狼よりも随分と四角くがっしりしている。狼ではなく、犬の系統だろうか。確か……マスチフとかそんな種類のゴツイ犬がいる。番犬として、金持ちの家で買われていた気がする。


「牛を殴りつけるとか言っていたわね」


 帝国で飼われている牧牛犬の一種に、マスチフを掛け合わせた『屠殺人の犬』(メッツガーフンド)と呼ばれる種類がいる。牛を殴りつけ群をコントロールし、

牛泥棒を撃退する強力な犬である。


 そんな話をギルドで耳にした記憶がある。賢く、『飼主に』従順、そして勇敢でタフだと聞いている。


 頭を下げ、こちらを上目遣いで睨むように見ている気がする。


 背中の毛が逆立っていれば攻撃に移る気配だが、それは今のところない。


『大丈夫?』

「わからない。中にいて」


 野営地を伺いながら、ゆっくりと見て回っている。何度か目が合ったものの、こちらに用はないとばかりに、視線を外してしまう。


 体高は1m近く、体重は……クリスとクラーラを足したほどもあるだろうか。


 恐らく、『椎の実弾』でなければ、効果が無いだろう。


 クリスはそっと、銃口を巨大な犬に向ける。口から泡を吐いているわけでも、狂乱しているのでもない。つまり、野犬ではなく訓練された犬である可能性が少なくない。


 こんな夜中に、何の意図もなくこんなものを野営地に放つとは……到底思えない。クリスは、二つの撃鉄を両方カチリと引き起こす。これで、問題なく射撃ができる。


 撃鉄を引き起こす音に、黒い巨大な犬が反応する。向けられた銃を目にすると……


 WWWWRURURU……


「銃が打てる状態だって分かるのねあんた!!」


 牙を剥き、上目遣いで睨みつけるようにクリスに正対する。


 冷静になれ、と心の中で自分に話しかける。そう、確か、猟犬なら群れで相手に襲い掛かるけれど、牧羊犬の系統は……せいぜい二頭か三頭。他に気配が無ければ、目の前のこの犬だけを相手にすればいい。


『大丈夫?』

「クラーラ、他に犬がいないか確認して。目が離せないの」

『わ、わかった』


 知らず知らずのうちに、クリスの顔も合わせ鏡のように歯を剥き出した凄い表情になる。そういえば……


「使えないわね!」


『サントジョワ・ハウンド』は、尾を後ろ脚の間に挟んでへっぴり腰となっている。これでは、役に立たない。クンクン言ってるんじゃない!! とクリスは内心激しく罵っていた。




 何故か、行商人たちは騒ぎ出しもせず、静かなままだ。兎馬のクリッパの荒い鼻息が聞こえてくるが、馬の嘶きは聞こえない。


「……これは……」


 風に乗り、漂うのは血の臭い。既に、何人かもしくは何頭かは殺されているのかもしれない。山賊でもなく、狼でもなく、殺人犬に殺されるなんて。想像もしていなかった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 銃弾には限りがある。だから、クリスは、別の方法をとる事にした。


悪しき者から(libera) 私たちを(nos) お守りください(a malo.)


 クリスが聖典の一節を唱える。二人の声が一致する。


『アーメン(Amen.)』」


 クリスは、懐からこんな事もあろうかと用意していた大きなマッチを取り出す。擦れば火が付く特大マッチだ。その軸の長さは15㎝にもなり、太さは鉛筆の芯ほどの太さである。鉛筆の太さではない。


 黄燐がU字型にたっぷりと塗られている。


「これでも喰らえ!!」


 銃の脇で擦り上げたマッチにボワッと火が付く。そのマッチをスパッと投矢のように犬の鼻先に向け投げつける。白い煙をボウボウと上げながら一際輝くようにマッチが燃え上がる。


 GyaIINN!!!


 暗がりで急に特大の明かりを目にした犬が悲鳴を上げる。


 Baooonnn!!


 BIZU!!


 GyaIINN!!!


 肉に弾丸が叩き込まれる鈍い音。目のくらんだ犬には避ける余地が無かったようである。右肩辺りに命中したようで、ガクッと体を傾ける。


『行くわ!』


 クリスの後ろで杖を構えていたクラーラが前に出ようとするところを、クリスが制止する。あの犬の大きな顎に噛みつかれれば、杖だってただでは済まない。


「ほら、今度は本命を叩き込むわよ!! 死にたくなければ、とっととこの場を去りなさい!!」


 筋肉達磨の犬が顔を歪めながら、前足をかくかくとさせながら、野営地を後にする。もう走る事は暫くできないか、永遠にできないだろう。


『……何故逃がすの?』


 クラーラが疑問を伝えるが、クリスはこんな時間に叩き起こした飼主を赦すつもりはなかった。それに、誰かもしくは何かが死んでいれば、損害賠償を行商人たちが求めるかもしれない。だから、生かして戻したのだ。


「飼い主の元に戻るでしょう? あんな目立つ犬、それも銃創を追っている犬なんて、探せばすぐ見つかるわよ」


 クリスは余計なことをしたくなかった。故に、特徴のある犬種、そして、引き摺るような足跡、そして銃創から流れ出る血痕という痕跡があれば、犯人捜しは明るくなってからでも問題ないと判断したのである。


「さあ、寝ましょう。明日も歩かなきゃなんだから」


 そう思い、天幕に引っ込むと入れ替わりに、野営地は喧騒に包まれることになる。どうやら、行商人たちはあの犬に恐れをなし、息を殺して様子を見ていたようである。


――― ふざけんな!!


 クリスはそう思い、行商人たちの存在を無視して寝る事にした。





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