第二話 巡礼の聖女 狼の話を聞く
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第二話 聖女 狼の話を聞く
『マルジュリ山の魔獣』の話は、王国では有名な魔物の話なのだそうだが、帝国はファンブル育ちのクリスと、元人魚のクラーラは全く知らない話だ。
「それって狼なんですか?」
「と言われているな。人間を百人も食い殺したっていう化け物だ。被害がすごいってことで当時の国王陛下の耳にも入って、狼狩りの専門家が出張ったんだとさ」
ところが、狼狩りの専門家が数か月狼を駆除し続けても、被害者は全然減らずに、そいつらは馘首になったらしい。
結局、交代した聖騎士隊の馬丁長率いる狩猟番チームはさらに三ケ月をかけ追跡。何度か逃げられたり逆襲されたものの、最終的には四十人もの狙撃兵を追加で応援に呼び、50m離れた場所から散々に散弾を放ち弱らせたのち、近寄って止めを刺したのだという。
「大きいのなんのってな。体長は1.7m、体高は80㎝、重さは60㎏もあったとさ」
人間の大人並である。普通はその半分程度の体重でも狼としては大きい類となるだろう。この狼は、はく製にされ王宮に運ばれたらしい。
「救国の聖女様がいた頃の王都には、『尻尾切』何て名前の狂暴な狼が群を率いて街に侵入して人を襲っていたらしいな」
「はぁ、なんだそれは。王都だろ?」
百年戦争の間、連合王国に占領されたり、王を追放し側近を市民の代表が殺害している時期などもある。王国は随分と混乱していたという事だ。
「市民が四十人も食い殺されていたらしい」
「王都中で狼に……まじかぁ」
狼に女性や子供が襲われ、食い殺された事件は昔は珍しくなかったと言われている。とくに、飢饉が発生するような年は、森の中も荒れるため、人里に狼が下りてくるのだ。
『マルジュリ山の魔獣』の件は国王陛下の関心を得た為、大々的に記録され、討伐の報告も人の口に上がるのだが、同じ時期に王都の北西の村に現れた狼により、十八人が襲われ、四人が死亡した事件もあったのだという。
「俺の実家のある村の隣の村の話だ。死んだ爺さんが良く話してくれた」
実際、おじいさんは子供の頃、狼に襲われ助かった人から話を直接聞いたのだという。体には、沢山の傷があったので嘘ではないという。
「狼は、犬よりもずっと素早いし確実に急所を狙ってくるんだそうだ」
これは猟師も言っているのだという。犬とは、狼の成りそこないのようなものであり、急所に噛みついたり、一撃で首をかみちぎるような技は犬は狼の足元にも及ばないのだという。
「普通は襲わない狼が、飢えて襲い掛かって来るんだから、容赦ない」
「でも、火を焚いていれば動物は寄ってこないんじゃないか?」
動物は火を恐れるというのが一般的に知られている。
「そりゃ、誤解だな。狼も熊も火なんて怖がらねぇ。火じゃなくって、そのそばにいる人間を警戒してるんだ。火のある所に人間在り。けどよ、人間を殺す自信がある狼や熊からすれば、火のある所に餌が座ってるってことだからな。しめしめという感じだろうな」
狼は動きが早すぎて、一丁の銃では狙いが外れたら終わりである。熊は、動きは狼ほどではないが、筋肉は金属鎧を着ているように堅固で分厚く、軍用銃でもなければ、容易に一発で射殺する事も出来ない。
「熊はこの辺いないだろうけどよ、狼は出たら怖いな」
「だから、こいつを連れて歩いてるんだろうが!」
『サントジョワ・ハウンド』だけでも、人間だけでも狼には敵わないが、犬が狼の動きをけん制し、人間が銃で攻撃するという組合せなら……なんとか一方的な虐殺をされずにすむだろう……という希望的観測だ。
「冬は群れをつくって獲物を追うこともあるが、春から秋までは基本的に縄張りの中を巡回して、その中の動物を狩るからな。複数で襲ってくることはないから、これだけ人がいれば……普通は安心だ」
じゃねぇと、行商人なんていなくなっちまうわなというと、周りが笑い声に包まれる。野営して狼に襲われたなどという情報は、商人の間ではすぐに伝わる。余程運が悪くない限り、その心配はないという事だ。
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簡単な天幕を張り、修道女二人は一緒に眠っている。見張は、連れてきている彼女達の兎馬『クリッパ』と、行商人の連れている元猟犬がするので、焚火を囲む行商人がうつらうつらしながら様子を見ているという感じでゆるい見張りをしているだけである。
『狼って怖ろしいのね。まるで、鮫みたい』
クラーラが言いたいことはよくわかる。つまり、鮫は狼みたいだとクリスなら言うのだろう。
「狼は犬に似ているけれど、犬よりもずっと強いのよ。だから、犬は人間と一緒にずっと暮らしているの」
『面白いわね。犬って』
先ほどの王都に入り込んだ狼の群れはどうなったのか。結局、当時真面に機能していたのは大聖堂旗下の聖騎士隊だけであったため、餌でおびき寄せ大聖堂前広場を封鎖し、弓や投石でさんざんに痛めつけて止めを刺したという。
「今のあたしたちにはこれもあるしね」
王子に貰った双発の銃。常に発射できるようになっている。咄嗟の時に手が届くように、つねに体のそばに置いてある。それは、クラーラの仕込杖も同じだ。
「たまには安心して寝たいわね」
『修道院か救護院でないとだめなのね』
安宿などは、木のつっかえ棒程度の鍵なので、安心して熟睡するわけにはいかない。行商人たちは良い人たちだが、宿の従業員が人攫いと組んで二人を攫ったとしても、商人たちは探してくれるはずもない。
「先に出られましたよ」等と宿の者が言えば、それ以上は追及しないだろう。例え、兎馬が置き去りであったとしてもだ。
「野宿の方が安心だなんて、世も末ね」
『人間の生活って大変ね。仕事や病気があって……海の中の方が幸せだわ』
クラーラ、今さらそんなこと言ってももう遅いよと、クリスは思うのである。
真夜中過ぎ、月明かりも明るい今日は満月。天幕越しにもその光で明るい。遠くで狼の遠吠え。つられて何頭かが遠吠えを繰り返すので、ウォーン、ウォーンとキリなく繰り返される。
ふと、気が付くと近くからも聞こえてくる。これは、行商人の連れの犬がつられて鳴き始めたのだろう。野性に目覚めたのか……などと夢うつつの中で考えていると、獣臭が鼻をかすめる。
クリスはクラーラを揺すり起すと、杖を持つように伝える。
『ふぁ~ なに?』
「わからない。でも、獣がそばにいるわ。良くないものよ」
天幕から外をのぞくと、真っ黒い獣が野営地に入り込んでくるのが見える。狼か犬か、どちらにしてもかなり大きなものだ。
『うええぇぇぇぇ』
「近づかせないように、鞘を外して……切っ先を鼻っ面につきつけるのよ!」
後ろで尻ごみするクラーラに、背中越しに声をかけ、クリスは銃を持って腰を落としたまま、双発銃片手に天幕を出るのであった。
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