第一話 巡礼の聖女 野営する
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第一話 聖女 野営する
『 親愛なる ハンス・フォン・アンハルト殿下
ご無沙汰しております。王都から聖地へと向かう巡礼街道に向かう最中、王都での奇妙な噂を聞いております。ええ、そのような話を全て信ずるに値するわけではないとは思っておりますのでご心配なく。
王都には『吸血鬼』が経営する劇場があって、観客の目の前で吸血鬼に扮した役者の吸血鬼が、選ばれた観客を芝居の振りをして虐殺するだなんて……おとぎ話の類いですわね。
貴方様との再会を胸に。
その日までご壮健で。
――― Cより ―――』
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王都からでる神国への巡礼街道。西の海岸線に近い街道を南に下り、西の大山脈を越え神国北岸を進む道が、王国からの巡礼街道としては人気があった。
王国にはいくつかの巡礼街道があり、北部から二経路、南部からも二経路存在する。王都起点の巡礼街道が人気で人も多いのだが、最近は鉄道が開通し巡礼路としての趣が失われつつあるのだ。
この二十年ほどの間、大陸戦争に負けた結果、『王国』は元の姿に近い形に戻ったとも言える。幾人かの旧王家や貴族家を『国王』にいただきつつ、議会と官僚が国を動かし発展する形にだ。
そして、連合王国で始まったとされる蒸気機関を使用した交通網の整備の流れは、旧帝国である連邦以上に王国において進んだのである。
結果として、王国内の王都を起点とする主要な街道には、それに沿うように鉄路が敷設され、全国が鉄道によって結ばれる事になったのは、そうした世界の流れとして当然であっただろう。
巡礼とは相いれない文明の利器である。
王都の大聖堂に立ち寄り、聖ヤコブ教会・聖遺物塔での礼拝に参加した。ここは、王都を起点とする巡礼街道の出発点であり、百年前であれば、いや、三十年前なら文句なくここからの巡礼街道を進んだであろう。しかし、今は馬車の代わりに鉄道馬車が走り、煙突から煙をはく、蒸気機関車が並走する街道である。
正直これはない。
王都の冒険者ギルドに立ち寄った際、見つけた依頼は『行商の雑用』という依頼である。護衛とは別に、荷物を見はったり食事の世話をするような仕事をすることを目的としている。
クリスは冒険者登録証を見せ、是非、これに同行したいと受付嬢にお願いした。理由は、第二の巡礼街道の起点である都市までの行商であったからだ。
王国のほぼ中央、ブルグンド西部から南西に山岳地帯の縁を進む巡礼街道は鉄道の敷設もまだであり、大きく内海側まで移動する第三、第四の巡礼路より近く、尚且つ古い街道を進めるという事で魅力を感じたからであった。
クラーラの足の痛みもかなり改善されており、問題ない。そう思い、依頼を受けたかったのだ。
行商人たちは気のいい人たちで、二週間ほどの間ではあるがクラーラは荷馬車に乗せてもらう事もでき、足への負担を軽くすることは出来た。女性らしい姿であり、可愛らしい上に「無口」で嫋やかなクラーラはとても商人から好意的に相手をされていた。そう、まるでお姫様のように。
クリスの場合、孤児院と冒険者としての依頼を通して商人の手伝いや家事などをこなしてきた経験から「働き者」と評価されていた。また元気で気遣いもできる為、「息子の嫁に」などと食事の最中にはお世辞を言われたりしていた。
『クリス……婚約者がいるのだからダメ……』
人間の、特に商人の社交辞令が分からないクラーラは真顔で窘めてきていたのは少々おかしかった。とは言え、相手の心が合えば言葉が異なっても真意が組めるクリスの能力は、ハンス王子が考える通り王侯貴族から商人の妻として得難い能力でもある。
四か国語を理解するという、表向きの能力も実に魅力的である。
「そんなわけないじゃない。身分の差って思っている以上に厄介なのよ」
とは言え、身分を整える方法は幾らでもあるのだが、社交を期待されるのであれば、子供の頃から家庭教師や女学校で教育を受けた富裕層の子女に全く敵わない。王子・公子・貴族の子弟なら、精々秘書兼愛人がいいところ
だろう。
そんなものになることをクリスは当然望んではいない。
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行商人というのは、大きな町や村では商売にならない。元からそこで商売をしている者がいるからだ。小さな村や街で、何度も訪問しながら信用を築いて決まった場所を定期的に訪問し、お客を開拓していくことで一人前の商人になっていくと言えるだろうか。
また、利幅も大きくないので泊まる場所も何もかも完備した宿というより、巡礼者が泊まるような雨風がしのげれば良いという程度の場所に寝泊まりする事がほとんどで、時には野営もする。
「今日はこの先で野営するからね」
みると、川にほど近い街道から少し高くなった場所が野営地のようであり、街道から外れスロープになる分岐が見て取れる。馬車がその坂を上ると、小さな町の広場ほどもあるだろうか、草地が広がっている。あちらこちらに焚火の後があり、恐らく前日か前々日にでも誰かが野営した跡だろうと思われる。
坂の上がり口から離れた場所で、あまり森の近くない場所に馬車を置き、各自が役割を果たしていく。男衆は水を汲みに行ったり、薪を拾いに行ったりであり、クリスとクラーラは竈を組んで煮炊きできるように準備をする。
ある程度は形ができている野営地なので、燃えカスをどかしたり鍋の用意をし、食材を準備するような仕事が主である。
夕食をしながら、行商人たちは立ち寄った酒場やお客から聞いた噂話などを皆に開陳しつつ、会話を楽しんでいる。その昔は、魔物や狼を警戒する必要があったものの、今では恐ろしいのは辻強盗の類だけだ。
狼は百年以上前に粗方駆除されてしまい、今では余程森の深いところでもなければ見かける事もない。行商に同行させている番犬は『サントンジョワ・ハウンド』という猟犬だが、狼狩りが本来の仕事である。今ではお役御免となり、大いに数を減らしている珍しい犬だという。
「そういや俺らの子供の頃は、森に入ると狼が出るって脅されたけどよ、いまじゃそんなもの見かけやしねぇな」
「おうさ。そういや、その昔王国の南の山ん中に現れた『魔獣』ってのは、あれは狼の魔物だったんだろうな」
今から百年ほど前に王国に現れた人食いの魔物。『マルジュリ山の魔獣』狩りに参加した猟犬の子孫が目の前の犬なのだという。すっかり餌を貰って眠くなったのか、いつも以上に長閑にしているのだが。




