【閑話】マッチ売りの聖女 パーカッションする
【閑話】マッチ売りの聖女 パーカッションする
いきなり旅に出るというわけにもいかないのは当然だが、クリスは『銃』を扱った事が……ない。
それ以前に、銃以外の剣や槍であっても扱ったことはない。そもそも、今の時代貴族でもなければ帯剣することもできないし、街中で武装していれば捕まりかねない。
戦争ではマスケット銃が使われなくなり、後装式の銃も州国内戦において活躍したと聞く。そんな中で、目の前の銃はクラシックな前装式のフリント・ロック銃に見える。アンティークという奴である。
「殿下、お気持ちは有り難いのですが……」
「はは、そう言われると思っていた。けれども、これはそれほど古い銃ではないし、今日的な仕様に耐えられるように改修してあるのだよ、我が婚約者殿」
クラーラから黒い波動が生まれた気がするが、今は無視である。
王子曰く、これはフリントロック式に似ているが、新しい『パーカッション・ロック』(雷管)式もしくは、キャップ・ロック式という銃なのだという。火打石を用いず、撃鉄が打つ部分に起爆剤を詰めた金属キャップを嵌めこれを撃つことで火薬を爆発させるものだという。
「それに、いま使われている36口径の弾丸が使えるように加工してある。出先の冒険者ギルドでも購入できるだろうし、連装式だから、二発撃てる」
確かに、銃身が二本あり、引金も二つ付いている。それぞれに弾込めをして、二発同時に打つこともできるかもしれない。そう考えれば、悪い銃ではないのだろう。
「商会の伝手を頼んで、最新の銃を手配しているのだが、それはそれで危険だと思うのだ」
ハンス王子が手に入れようと考えている銃は、州国で開発され連合王国でも生産されている『ネイビー 36M51』という銃だ。
弾丸の口径は同じだが、銃身は1本、それに回転式弾倉に六発の弾丸を収納できる、同じパーカッション式拳銃である。が、州国内戦中であり、武器自体が新しいものは手に入れにくいということで、一先ずこの銃を渡す事にしたのだという。
「それに、この椎の実型の弾丸も使える、ミニエ弾といってな、丸い弾丸より貫く力が強い。板戸ならやすやすと貫通し、背後に隠れた敵も倒せる。熊や狼とて同様だ。一発ずつ丸い弾丸と、椎の実型の弾丸を入れておけば、危険度合いに応じて使い分けられる」
なるほど、回転式六発では出来ない工夫である。
「それに、これもある」
王子は鈍く白銀色に光る弾丸を取り出す。
「これは……魔銀弾ですね」
「良く分かったな。これでなければ倒せない不浄な魔物も存在すると聞く。クリスは修道女であるから、不死の魔物も倒せるかもしれないが、魔銀弾があれば、近づくことなく倒せる。王国はいまだ地方は安定していないと聞く。巡礼街道の途中で、そう言った事件に巻き込まれないとも限らないのでな。用意した」
正直……良心が傷む。
「ふ、二人の門出を祝ってくれているのよね、ねえ、クラーラ」
「ああそうだな。クリスと私の門出になるわけだからな」
『!!!』
クラーラが無言で悶絶しているのだが、心の声が駄々洩れになっているクリスには耳を塞ぎたいほどである。いや、耳を塞いでも心の声は聞こえるので意味がない。
いやほら、手ぐらい握られちゃうんだよ!!
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ハンス王子の好意で、射撃練習をする事になる。ハンス王子自ら……という話もあったが、ネデル国の海軍を退役した元将校の射撃教官を王子は用意してくれていた。
街外れの防塁の外で、クリスは『雷管式双発拳銃』の射撃準備をしている。まずは、銃口内を清掃し、グリスを口内に塗り火薬を入れる。フェルトの中蓋を落とし弾丸を入れ突き固める。
その上で、ハーフコック・ポジションに撃鉄を起し火門にあるニップルという突起に『銃用雷管』と呼ばれる金属キャップを嵌める。これで準備終了だ。
「シスター・クリス。撃鉄がこの位置では引金は落ちません。安全な状態です」
ハーフコックでは引金は引けない。一度、引金を大きく引き直すことで引金が引き落とせるようになる。
「では、撃鉄を起してください。そして、正面の岩に向かって構えます。もう指で触れば引金が動きますので、狙いは慎重に」
丸い弾丸でライフリングの無い滑空銃身であるので、真直ぐ飛ぶ距離は凡そ20mほど。これが、椎の実型ならもう少し真直ぐ飛ぶのだという。因みに、王子が手配中の『ネイビー』は90m以内なら、ライフル並みの威力を誇るという。いや、どう考えても修道女の持って良い銃ではない。
「小型の銃もあるのですが、バックの中に隠しておくようなものなので、あくまで婦人の自衛用です。巡礼先に出る獣や盗賊の類には効果が無いでしょう。ですので、そちらの銃と、お連れ様の仕込み槍を上手に使えばよろしいでしょう」
クリスは慣れる為に、先日受け取った『魔銀ダガー改』である仕込み杖を持ち歩いている。足がふらつく場所などでも普通に優秀であり、石突の金属金具も立派な護身武器となる。
教官はそれを見抜いたという事か。
「クリス、緊張せず、自然に引金を引けばいい」
「シスター・クリス。力が入ると銃口が上を向きます。やや下を向けるように心掛けてください。そう、銃口の上に相手の胸もしくは腹が来るように……そう、いいです。では、引金を引いてみてください」
Baooonnn!!
大きな銃声がし、銃口から火花が飛び散る。夜であればさぞや美しく眼がくらんだことだろうとクリスはどうでもいい事を考えていた。
BOOON!
15mほど先にある人の背丈ほどの岩の中心に弾丸が命中するが、弾かれてしまう。
「……なんで!!」
「丸い弾丸は命中して堅いものに当たると、その物を這うように逸れてしまうのですよ。なので、丸い弾丸は骨に当たると弾きます。そこで、椎の実型の銃弾が威力を発揮します。さあ、もう一度、同じように」
二度目なのもあり、クリスは落ち着いていた。撃鉄を引き起こし、銃口を目標に向ける。胸の下の辺りの高さに銃の上が向くように構える。
カチッと引き金を引くと、カツンとキャップを叩く音と同時に
Baooonnn!!
CUNNN!!
先ほどとは異なる命中音。岩に近寄ると、弾丸はひしゃげて足元に落ちていた。
「先がとがっている弾丸は力が一転に集中するので、火薬の爆発力をまっ直ぐ伝える事に向いています。結果として強い打撃力を発揮するのです」
教官に言われ、脅す時は丸い弾丸、殺すつもりの時は椎の実型の弾丸を撃とうとクリスは心に決めたのである。