第十話 マッチ売りの聖女 登録し婚約する
第十話 マッチ売りの聖女 登録し婚約する
百年ほど前、魔力を持つ者がまだ珍しくなかった最後の時代、今まで世話になった村や山野に住まう野良の魔術師を『魔女』と糾弾し、異端審問や魔女裁判という私刑を行い虐殺した時期があった。
おかげで、魔力持ちは魔力を隠すようになり、魔力を通して精霊たちと関わり力を借りる事も無くなってしまった。
クリスは背に腹は代えられないと、凍えそうな幼少期に偶然、魔力があること、『火』の精霊と関係がある事に気が付き、その力を知らずに使い、頼り、伸ばす事ができた。
また、教会で修道女見習として働き始めたことも良かったのだろう。これが野良の魔術師なら「悪魔と契約した」などと、あらぬ疑いを掛けられただろうが、修道女であれば「神のご加護」といっておけば凡そ怪しまれない。
とはいえ、ちょこっとした魔力の遣い方であるから目立たないのであって、目立つのはやはりよろしくないだろう。クラーラの足の痛みを和らげるような使い方なら、修道女的範囲でセーフだ。
大聖堂に戻った翌日、司教の許可を取りクリスはクラーラと共に自分が育った教会の孤児院へと向かう。その途中、一先ずクラーラの冒険者登録をすることにした。
既に修道女見習の姿で冒険者登録をし活動をしているクリスの横に、もう一人少し年上に見える嫋やかな美少女が付いてきたとしても、なにも問題は……多分ない。
昼前の時間、ギルド内には人影もまばらであり、荒事は起こりそうもなさそうだとクリスは少し緊張を緩める。おとぎ話の冒険譚では、よく、駈出し冒険者がベテランに絡まれる事件があるではないか。
とはいえ、『マッチ売りの聖女』として認知されているクリスに絡む冒険者や街の住人は流石にいない。船乗りの余所者などにはいないでもないが、余所者はそもそも港から出てこない。言葉も通じない場合があるからだ。
クリスは幸い、帝国語の他、王国語、神国語と多少の連合王国語ネデル語が話せる。読み書きはあまりできないが。そもそも、心の親和性があれば、言葉が通じずとも会話が成立するのであまり不自由さはない。
四か国語が話せるのも、そんなきっかけで知り合った街行く異国人と親しくなり覚えたものである。
「クリスさん、どうしました?」
「ああ。彼女はクラーラ。あたしと同じ修道女見習なんだけど、暫く教育担当になったのね。なので、冒険者登録もしておこうと思って」
「わかりました。クラーラさん、字は書けますか?」
クラーラは軽く頷く。笑顔で受付嬢がカウンターの下から登録用紙を取り出す。
「ではこちらを簡単に読み上げますね。質問があれば手を挙げてください」
受付嬢は登録についての注意事項を読み上げていく。そして、最後まで読み終えたのち「こちらにご署名……お名前を書いてください」と付け加えた。
クラーラはここ数日練習してきた自分の名前を記す。
「はい、これで登録は終了です。クラーラさんの冒険者登録証は、三日後に取りに来てください。引換証を発行しますね」
帝国の冒険者証は金属のタグで出来ており、所属したギルドの支所名、本人の名前、所属日が彫金されている。これに、等級が上がるたびに星が彫金されていく。
タグにはギルドの紋章が裏面に刻まれており、星の彫金も決まった特殊な彫り方をされる。また、星三以上の冒険者は冒険者台帳に記載されるので、誤魔化される事は少ない。
正直、星無しから星二までは能力的にそう差が無いとギルドは考えている節がある。経験による足切り程度の判断だ。
「今日は依頼を受けないんですよね」
「孤児院に一旦戻るから、タグを受け取る日に考えるわ」
一度、街の周辺で簡単な依頼をこなしつつ、クラーラの旅支度の確認をしておきたい。その為には、旅の支度が済んでからでなければ意味がない。
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孤児院に久しぶりに戻ったクリスを見た子供たちは大はしゃぎであった。クリスの代わりの二人の修道女には、一旦入れ替わりで大聖堂へ戻ってもらうことになっていた。
クラーラに家事を仕込む目的もあっての一時帰宅である。子供たちは、口喧しいクリスより、笑顔で落ち着いて無口なクラーラをいたく気に入っているようだ。
「クラーラは言葉が話せないから、色々聞くんじゃないわよ」
クリスの言葉に子供たちは驚いたが、「帝国語が話せない」と理解したようで、身振り手振りで話をしてくれるようになったのは嬉しい誤算だったが。人魚の世界と、王子に人形扱いされていたクラーラからすれば、子供たちがあれこれ世話をやきながら色々仕事をさせようとする関係はとても刺激的であるようで、短い時間であっという間に仲良くなってしまう。
巡礼の旅に出れば、一宿一飯の恩返しのために家事をする事もあるだろうし、修道院で日課を行う必要もある。籠の鳥の如き上げ膳据え膳生活ができるわけではないので、クラーラには体を相応に動かしてもらわねばならない。
クリスの加護の治療の効果もあり、初めて出会った頃よりも足運びがしっかりしてきた。痛みも少し和らいだか、まあ、慣れたのだろう。
孤児院で数日を過ごした後、二人の代わりに孤児の世話をするシスターたちがやってきた。今度は、年配の育児経験のある修道女であったので、クリスは安心した。若い修道女では、神父が良からぬ行動に出ないとも限らなかったからである。
「よろしくお願いしますわ」
「ええ。あなたは心配せずに巡礼に出てください、シスター・クリス。シスター・クラーラ。二人が無事に戻ることを子供たちとともに祈っております」
白髪の混ざるふくよかな顔立ちの優し気な修道女に送り出され、二人は数日振りに大聖堂に足を運ぶ。どうやら、気ぜわし気なハンス王子がそうそうにクリスと婚約するということで、大聖堂に現れると言うのだ。
『……』
「し、仕方ないのよクラーラ。あなたから王子様を奪うつもりなんて、ぜっんぜん無いんだからね!」
少なくとも、商会頭夫人をするつもりはクリスに全くない。まだ、孤児院に残って子供の世話をするか冒険者にでもなった方が良い。それに、生まれは異なれどもクラーラは人魚の姫。クリスは孤児だ。どちらが王子に相応しいか言うまでもない。
その日の午後、司教を立会人とし、ハンス王子とクリスは婚約をかわした。
ハンス王子から、婚約者に幾つかの贈り物が贈られた。それは、クリスが欲しがっていた『銃』と少々の加護を受けた修道服、巡礼用の外套であった。どうやら、ハンス王子はその昔、魔術師が身に着けていた「魔装布」という特殊な布の古布を手に入れたようで、糸に戻した後、その外套の糸に織り込んで仕上げ直したのだという。
一見、普通のフード付きの外套なのだが、魔力持ちのクリスが身に付け魔力を纏う事で胸甲騎兵の胴鎧ほどの強度が生まれるという。
そして、何よりうれしかったのは、王子は巡礼に同行するクラーラの分も外套を用意してくれていたことであった。
これにて第一幕『出会いと始まりのファンブル』完結です。
閑話を一話挟んで、第二幕へと移ります。
『革新』の時代、科学が進歩し人の生活が変わるにつれ、宗教より現実の権利意識が高まる事になるます。ですが、起こる事件はあまり変わりません。現実の日本において、百年前の昭和初頭の新聞の相談欄が今と変わらぬ内容だったりするのと変わりません。
ということで、明日閑話を投稿した後、少し間隔をあけながらの投稿となります。
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