第二話 巡礼の聖女 『水』の大精霊に名を付け、旅へと誘う
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第二話 巡礼の聖女 『水』の大精霊に名を付け、旅へと誘う
誰しも、存在が消えたいと思う者はいない。消えてしまいたいという場合もないではないが、それでも消えちゃおうと思うものはごく少ない。精霊なら、なおさらである。
『人が多すぎるのじゃ』
「奇蹟をおこしすぎたからでしょうに」
『人を選ばず、良い顔するからそんなめにあうのだ愚か者』
『まあ、知り合いの前でいい顔したがるのは分かる気がする』
ヴァイスの物言いに、クラーラが大精霊の気持ちに理解を示す。
『おお、魚よ、良く妾の気持ちを察したものじゃ。褒めて遣わす』
『さ、さかなじゃないよ!!』
だが、大精霊はクラーラの気持ちは理解できなかったらしい。
『水』の大精霊はこの地に留まる理由は特にないのだという。
『あの娘も来なくなったことではあるし、教会が保護してくれているのであれば、病も今までより悪化はすまい』
『ルードの泉なんて呼ばれているようだが、いいのか』
『埒もない。そもそも、あの娘を癒すための泉、癒してしまえば用はない。妾は、泉の精霊でも女神でもないのだからな』
泉があり、そこに精霊が宿り育ったのであれば、精霊が泉を離れる事は難しいだろう。しかし、目の前の大精霊は、どうやらこの周辺の山々から流れ込む神気というか、その魔力が川に流れ込みよどみから生まれたものであるから、既に消えかけるほど還元した上なら、束縛されるいわれもないのだという。
「なら、一緒に旅に出るのはどう」
神国を進む巡礼街道。そこはおそらく、精霊にとっても良い魔力の集まる森や川が存在するに違いない。少なくとも、この一行は大精霊の魔力をあてにする事も……多分ない。
『旅か。久しく聞いた事の無い言葉じゃな……まあ、そこの魚の魔力を糧にすれば、簡単に妾も消えぬであろう』
『さ、さかなじゃないよ!! クラーラって名前があるんだよ!!』
ふむ、そうかと答えると、大精霊はクラーラに問いかけるように話し始める。
『ならばクラーラとやら、この旅立ちに相応しい名を妾に与え、新たなる契りを結ぶのじゃ。まあ、誰でも良い、旅立ちに相応しい名をな』
『なまえ……』
『そうじゃ……妾の名は、そなたらが付けるが良い。あたらしき生活には、あたらしき名が必要じゃ』
大精霊に突然ご指名のクラーラが、戸惑いながら名前を告げる。
『アクアさん?』
どこぞの駄目神ではないのだから。
『じゃあ、水子でどうだ』
縁起でもない。
『王国では水の精霊はオンディーヌと呼ばれますね』
「なら、ディーヌ。ううん、月の女神様のディアナにもかけて『ディア』で」
『それ、親愛って意味もある言葉だよね。いいとおもう。魔力がドバっと流れ込みそう』
『妾の名は……ディア。そう呼ぶが良い』
朧げであった姿がはっきりとした形をとり始める。
『そなたらと旅をし、魔力を高めれば人としての形を自力でとることもできるようになるであろう。そもそも、この地から聖地とそなたらが呼ぶ場所までは魔力の脈が流れておるからな』
西の大山脈を越えると、ナバロン王国の旧領を東端とし、東から西に『神国北山脈』と呼ばれる山々が連なる地が続く。そこは、先住民の時代から竜と精霊の住まう地と言われており、ビスケ人の伝承も多く残る地でもある。
この大山脈を盾に、神国と王国の御神子派諸侯軍はサラセンの軍を押し返し、やがて神国からサラセンを追い出す事に成功した。国土回復の起点にして原点の地である。伝承においては、聖ヤコブが白馬に乗り軍の先頭に立ち異教徒の軍を蹴散らし勝利を収めたとされる。
この聖ヤコブは、もしかするとこの地に住まう精霊の人化した姿であったのかもしれない。精霊たちの力を『神の奇蹟』として御神子教の信仰に取り込む事が古い時代にはあり得たのだろう。
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『では、出立するとしようかのぉ』
「……このままで問題ないの?」
『まあ、無いわけではない。少しずつ妾の込めた魔力が失われるでろう。が、それは仕方がない。そもそも、この地には山々からの魔力が川をつたわり集まっておる。山を汚さねば、少しずつあつまるものではあるからな』
山脈は険しく、今は神国と王国で山を巡る戦も起こりそうにない。大規模な山を汚すような出来事は起こりにくいだろう。
『これが依代になると思うんだが……どうだ?』
ジルバがクラーラが用意した水の加護持ちの魔力を込めた『魔水晶』を示す。
『ん、くるしゅうない』
『随分と偉そうだな貴様。巫女様に感謝するが良い』
『……感謝するならわたしだよ!』
『さかな、いやクラーラには感謝するぞぇ。それに、妾、大精霊じゃから。拝んでも良いぞ。むしろ拝んで魔力を譲ってたもれ……』
言葉では強気だが、表情においては「き、消えちゃう、妾きえちゃうぅぅ」
的なニュアンスを感じる。
半透明の姿から、魔石の中にするすると納まる姿は、まるで幽霊のようにも見える。決して実体あやふやなSpectreではない。
「その中なら大丈夫そう」
『まぁ、そうじゃな。この程度の会話も問題なかろうし、そのうち、大精霊の恩恵も放てよう』
大精霊の恩恵とは、この泉に施した水をポーションに変えるような術のことだという。伝承にある、『回復の泉』というのは、その地に住まう大精霊まで成長した精霊が、森の住人である鳥や獣を癒すために、森で育つ魔力を注ぎ込んだものが原初であるのだという。
故に、森が枯れ朽ちればその効用も保つことは出来ない。あくまでも、精霊は森の持つそれを注ぎ込む如雨露の口に過ぎないとも。
『しばらくはのんびりじゃ』
「かまわない。こちらも、聞きたいことが無ければ話しかけないから」
『え、そうなの』
『引き籠りにはそれで十分であろう。ふむ』
ヴァイスの場合、引き籠りの上に逃げ隠れしていた白蜥蜴なのだが、すっかり偉そうである。
『ま、まあ、話し相手くらいにはなってやらんでもないぞ。妾も、ひまであるし、昔語りでもしようかの』
「それなら、朝食の後から、夕食の前までで。夜は静かにして」
『む、善処しよう』
『それ、しないやつだよね。わたし知ってる!!』
魔水晶を革袋に入れ首から下げるように収めるクラーラ。最大の話し相手は元人魚になりそうである。
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