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第十話 巡礼の聖女 泉に向かう

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第十話 巡礼の聖女 泉に向かう


 巡礼宿には憲兵隊のコネで潜り込むことができた。宿というか……


「すまんねシスター、こんなところで」

「いいえ、ありがたい事ですわ」


 街から少し山の上に登った城塞。そこは今は刑務所として使われている施設である。本来、襲撃がなければ、あの武装組織の一員であるものは、ここに収監されるはずであったという場所だ。


 街の中の巡礼宿はひどく高価であるか、安価な所は足の踏み場もないようなありさまであり、憲兵からは「護送組を助けてくれた礼」として、無料で好きなだけ滞在して良いと増援の小隊の指揮官から紹介状をもらっていたのだ。


「しっかし、青天の霹靂とは……ほんとうにあるもんなんだな。俺も見てみたい……とはいえ、あの場に居たら無傷では済まなかったろうな」

「ええ。護送の警護に加わっていた皆さんは大怪我か、命を無くされた方ばかりでしたから」


 無言で頷く看守。


 ルードを見下ろす丘の上に立つ城塞は、切り立つ崖に垂直の方塁を積みあげた中世においては堅牢な建物であったと推測される。その昔は、この地を治める伯爵の居城であったとか……住みにくそうではあるが。


 ピルネ川を挟んで泉のある洞窟は対岸にある。この要塞の少し先で西に大きく屈曲し、その先に泉のある岩窟がある。岩窟の上には今は木造の教会と、その横には建築中の立派な大聖堂が建てられつつある。


「看守さんは、『聖母』様をみたことがあるのですか?」


 噂ではなく、実際にここで生活する人。それも、この地の観光業と利害関係がない存在は希少だ。看守であれば、実際にその存在が事実であろうがなかろうが利害関係は薄いだろう。


「俺か? ねぇな。というか、『白い女の人』ってのを見たことがあるのは……言い出しっぺのベルナだけって聞いてるけどな」


 ベルナ=スベルという少女が『ズビエル』と呼ばれていた小さな岩窟で数回白い女性を見たという話を、村に来た司祭に相談したことが話の発端であったという。


「まあ、ちょっと変わり者だって噂だ」

「へぇ。その、ベルナさんはいまどちらに?」

「村にゃいねぇってよ。会いたがる奴殺到で、修道院に匿われているって話だ」


 ベルナは粉ひき屋の娘で、信仰心の厚い篤志家の家に育ったという。しかしながら、父親が目に怪我をし、母はベルナが赤子の頃胸に大やけどを負い、母乳を与えられなくなってしまった。


 本人は喘息持ちであり、体を冷やすと発作が止まらなくなる体質であり、川から水を汲む際に足を濡らしたくなかったのだという。川沿いを歩いて良い場所を探していたが見つからず、覚悟を決めて靴下を脱ぎ始めたところ、風が吹き崖の下の野薔薇が揺れ動いている事が気になったのだという。


「そんで、がけ下でおいでおいでをしている白い女がいたんだと」

『幽霊?』


 夜中ならそう思うだろうが、これは白昼の話だ。


「そこに近づくと、水が湧き出ていたって話だな。その後、何度もあって、話しかけたり受け答えされたり、名前を聞いたり……いろいろあったらしいが、まあ、良くわからん」


 あまりに頻繁に相談を受け噂が広まり騒然とし始めたため、この城塞の麓にある警察署では署長が呼び寄せ、白昼夢として調書を作成し騒動を収めようとしたのだが、ベルナは拒否。


 既にベルナが岩窟に水くみに足を運ぶ際には、住人数百人が野次馬として取り囲むようにまでなっていたのだという。


 住民の騒乱を危惧する州知事の命令で、司法警察官もルードを訪れたが、違法なことは行われておらず、司祭がベルナを庇ったためベルナは拘留されずにすんだ。


「結局、何が決め手だったんですか?」

「いろいろだ。隣村の子連れの妊婦がやってきて、泉の水に手をかざすと、折れ曲がっていた右手の指が治ったとかだな」


 衰弱して一度死んだ赤子が蘇生し、その後健康に育ったであるとか、失明した男が泉ので目を洗うと、目が見えるようになったり。奇蹟が次々起こった。


「あれよあれよという間に、人が集まり始めてな。日に二千人も泉に来ていると聞いてる」


 それまで、川の東側に市街が広がっていたものの、今では泉の側に教会や巡礼宿が新しくたつようになっており、新しい市街が開発されつつあるのだという。


「お前さん方も、並ぶなら朝早く言った方が良いぜ」

「ご親切にありがとうございます。そういたします」


 背後でクラーラがニッコリ微笑むと、看守はだらしない脂下がった顔をした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 石壁に囲まれた一室にクリスとクラーラは泊まっていた。幸い、食事は刑務所の賄いを分けてもらえ、また、入浴もする事ができ、人心地ついていた。今まで、巡礼宿で雑魚寝であったのを考えると、随分と久しぶりにゆったり寝られる。


「泉の水ね……」

『どう考えても、精霊が作り出したポーションの効果だろ?』

『ポーション……なんだ?』

『妥当ですね。魔力と周囲の植物から抽出した回復効果。目の傷や、手足の指の傷程度なら回復するでしょうし、弱った赤子もある程度なら蘇生させる事も出来得るでしょう』


 ジルバとシュワルツは、『水』の精霊が魔力を持つ喘息持ちの少女を助けるつもりで声をかけたのではないかと推測していた。それは、クリスも同意できる内容だ。


 但し、恐らく連日、数千人が訪れ水を汲みまくっているとすれば……


『とうに、効果は薄れているであろうし、精霊も魔力切れで消えかかっているやもしれませんな』

『だよねー 精霊の魔力って回復するとしても、感謝してくれる魔力持ちがいるかどうかだもんね。普通の人ばかりじゃ、力回復しなさそう』


 ヴァイスの言葉にクラーラが同意する。その昔、自然の中で精霊に感謝を捧げる魔力を持つ人間が多かった時代なら、相乗効果で高め合える存在になったであろうが、今の時代、魔力持ちも少なく、感謝も少々的外れの可能性が高い。


 まして、ベルナが修道院に囲われた現在、『白い婦人』に感謝を捧げるものはおらず、おそらくは御神子教の感謝となっているはずなのだ。


『すり減ってる水の精霊が目に浮かぶぜ』


 精霊は生真面目であり、頼られれば嫌とは言わない。毎日、クタクタになるまで自分の魔力を泉に注ぐ水の精霊の姿が目に浮かぶ。まして、周辺は巡礼の為に整地され、建物が立ち並び街になりつつある。その中で、精霊はますます弱まっていくことになるだろう。


「先ずは話を聞いてみないとね」

『消えちゃう前に、助けてあげなきゃ!!』


 クラーラの言っている事は、大げさではないだろう。


『聖母』と見まごうほどの立派な『水』の精霊が、小さな泡ほどの大きさまですり減っていないだろうかとクリスは危惧するのである。




【第一部 了】


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