プロローグ
プロローグ
『 親愛なる ハンス・フォン・アンハルト殿下
ご無沙汰しております。王都から聖地へと向かう巡礼街道に向かう為私たちは今、旧都まで進んでおります。王国の商人の方に同行し、ここまで無事に辿り着きました。
足の不自由もなく、また、兎馬も元気ですのでご心配なさらないでください。
聖地への巡礼を済ます事が出来たなら、ファンブルへと必ず元気に戻ります。その時には、私の気持ちを貴方様にお伝えしたいと存じます。
その日までご壮健で。
――― Cより ―――』
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あの『チビ将軍』と共に共和国が起こした『大陸戦争』から五十年。いまは『王国』へと復帰した中、二人の年若い巡礼の修道女が、西の果ての聖地に向かう『巡礼街道』の途中で野営をしている。
革命の嵐の中、大陸中を相手に戦った共和国。国民を押しなべて兵士として見なす事で、これまでの王の軍隊とは全く異なる戦いを見せ、大遠征も敢行して見せた。共和国が解体され、王国へと復帰したとしても、その考えは変わっておらず、むしろ国を守るため銃の所持・使用は大いに薦められていた。
旧王国時代には貴族の特権とされた狩猟も認められ、多くの村々では旧式となったフリントロック式の払い下げなどを手入れをし猟銃として使用している時代となった。
だからといって、銃を持って人を襲うなどというのは、論外なのだが。
二人の修道女は、一人は十代後半に見える体の線も女性らしく感じる姿態をしており栗色の髪に明るい緑がかった瞳、目はやや垂れ加減で優し気な面差しをもつ無口な女性。
大きな木を背に、胸には石突のついた巡礼用であろうか杖を抱えている。
今一人、亜麻色の髪に鳶色の瞳。先の女性より三つほど年下か。勝気そうな瞳に、やや上向きの鼻だが決して形が悪いわけではない。その整っていると言える顔の中で、意志の強さが目とともに現れているといえばいいだろうか。薄い唇と合わさって、気位の高い猫のようにも見える。
巡礼街道の途中、うっかり街道途中の村と街の間で夜を迎えてしまい、二人は一頭の兎馬と共に街道から少し離れた窪地にある大樹の元で焚火を囲んで野営をしている。
若い女二人の巡礼とはいえ、こういう日もある。
荷物運びの供に連れている兎馬が気ぜわし気に嘶く。
「大丈夫、気が付いているわクリッパ」
年下の少女が兎馬に向かい声を掛ける。年上の少女に目配せをする。鳶色の瞳の少女の名はクリス。碧色の瞳の少女の名はクラーラ。
クリスの右手には、古めかしく見える肘先ほどの長さの六角の銃身を持つマスケットが握られている。
街道を避けるように近づく数人の人影。明かりも持たず、なにやら手には長い棒のようなものを持つ者がいる。やがて、窪地の縁へとやってくる。
先頭の男が話しかけてくる。人数は五人。一人は後方を気にしているのか背を向けている。おそらくは見張り役だろう。
「こんなところで若い女が二人きりで野宿とは……随分と物騒じゃねぇか」
「いいえ。私たちこれでも旅慣れております」
いつもの「あたし」ではなく「私」と敢えて口にするのは、警戒を高めているからに他ならない。クラーラは既に、心の中で集中し始めている。
「どちら迄行きなさる」
「西の果ての聖地迄よ」
「聖地だとよぉ!!」
背後で仲間の男どもが下卑た笑いを挙げる。
「なあ、その前に、俺達にもあんたらの聖地をお参りさせてもらえねぇか」
「せっかくだから、俺達の相手をして貰いたいって言ってんのさ」
二人目の男が手に鉈のような雑な作りの古びた剣を手にニヤニヤと
付け加える。
「そうね、聖地は無理だけど……天国なら連れて行ってあげるわ」
クラーラから手前の二人の背後にいる男たちに向け、水の塊が飛んでいく。口元を塞ぐように顔を覆う。まるで丸いガラス玉の中に頭を突っ込んだように見える。
「魔女か!」
科学が発達し、古い時代の精霊とのつながりや、体内に生まれる「魔力」を行使する「魔術」は忘れ去られつつある。異端審問と魔女狩りと呼ばれる魔力を持つ特別な存在に対する私刑の結果、魔力持ちは姿を隠し、また、その技を見せる事もなくなって久しい。
「馬鹿ね、神のご加護に決まっているでしょ」
「ふざけんな!!」
剣を持つ男がクリスに襲い掛かって来る。右手の銃の銃口を男に向け、そっと引き上げておいた撃鉄をカツンと引き絞る。
Baooonnn!!
焚火の横を、竜の息吹のような炎が銃口から噴き出し、剣を持つ男の腹に命中し、後ろに吹き飛ばされる。
丸い弾丸は体の中を固いものを避け迷走する癖がある。至近距離で威力も十分となれば、ただの鉄の玉が当たったのとはわけが違う。
「は、これで弾切れか!!」
暗がりで男は気がついていなかったようだ。クリスの銃は銃身が二つ。
つまり双発銃なのだ。
水の玉で頭を覆われた二人は混乱しむやみに走り、転がり、倒れているが、丸い水の玉は全く頭から離れない。
「おい、お前も手を貸せ!!」
見張についていた五人目に声を掛けると、最初の男はフリントロック式のライフルを構える。
「はあ、ライフルって……」
彼女は向けられた銃身を掴み、男の腹に自分の銃身を突きつける。
「こんな事されると、どうにもできないわよね」
Du Baooonnn!!!
発射された『椎の実型』の銃弾は男の体の中を破裂させる勢いで突き抜け、背後に迫っていた見張り役の男の胸に命中。胸に命中した男は心臓にでも直撃したのだろうか、ばたりと仰向けに倒れ沈黙する。
「Gaaaaaa……」
「天国で神様によろしくお伝えして頂戴。聖地でお会いできることを楽しみにしているって」
銃口から噴き出る火薬の燃えカスを振り払うように落としながら、クリスは既に命の炎の消えかかっている男にそう告げた。