百合を運ぶダチョウ
百合を運ぶダチョウ
さだはる 作
登場人物
さくら (女子高校生)
あつし (男子高校生)
かつや (男子高校生)
さつき (女子高校生)
田中 (男子高校生)
黒い男 (中年男性)
ダチョウA
ダチョウB
あつし、かつや、さつき、田中の4人が外から団地のとある一室を覗き見してい
る。みな変態だ。
舞台は団地のとある一室、さくらの家。机には桜の花が入った花瓶が置いてある。
さくらが学生服から私服に着替えようとしている。
4人 お…お…お…おお…おおお……。
やっぱりやめる。
4人 ああ…。(落胆)
あつし てか超かわいいよねさくらさん。
かつや さすが学年一の美少女。
田中 さくらさーーーん!
さつき ちょっと黙りなさいよ田中。
あつし さくらさーーーん!
さつき 黙れって言ってるでしょ! ばれたらどうすんの!
かつや 転校してきて早々、学年中の男子を虜にさせた。おまけにさくらたんファンクラ
ブまで設立される…ああ、さくらさーーーん!
田中 しかし、さくらさんの実態は謎のまま。奥ゆかしい魅力に包まれた美少女転校生
で…ああっ!(興奮の末、死亡)
さつき うるさいから田中! 他の団地の人にも迷惑かかるでしょ!
田中 なんで僕だけ…。さっちゃんだって、さっきさくらさんが服脱いでた時、はあは
あ言ってたじゃん。
さつき ばか。スタイルにびっくりしただけよ。
あつし てか俺達、変態だねえ。
かつや 変態だねえ。
さつき 通報されても文句言えないわね。
田中 垣根から団地の一室を覗き見する変態4人。ああ…さくらさーん。
あつし さくらさーん。(重ねる)
かつや さくらさーん。(重ねる)
3人 さくらさーん。(はもり)
さつき ばかばかばか、変態田中。
田中 だからなんで僕だけ。
さつき それと私を変態に入れないでちょうだい。私はただ単純にさくらちゃんのことを
知りたいだけなの。
田中 どうして。
さつき ほら、謎でしょ、いろいろ謎なの。
田中 謎かな?
さつき いろいろあるみたいなの。だから私を変態に入れないでちょうだい、私はただ彼
女のことを知りたいだけ。
あつし ああもう美しい。なあ、どうしたらお近づきになれるかな。
かつや それは無理な話だぜ。俺らは所詮蚊帳の外さ。こうして垣根から見てるのがお似
合いだよ。
さつき ま、言えてるわね。
あつし なあさっちゃん、どうしてさくらさんはこんな団地に住んでるんだろ。あんまし
綺麗とは思えないわここ。
さつき 引っ越してきたばかりだからそんなもんじゃないの。そろそろ1カ月だっけ?
かつや 俺は覚えたぜ、1階の105号室、さくらさんの部屋。
あつし かっちゃん、それストーカーみたい。
かつや あっちゃん、それあっちゃんが言えたことじゃない。
あつし ははは、くるしゅうない。
田中 なあみんな。
3人 どした田中。
田中 ストーカーだ。
あつし 自覚してる。
田中 いや、そうじゃなくて、僕ら以外に。
あつし 田中、今の世の中、そんな量産型じゃないんだよストーカーってのは。そんなほ
いほいストーカーが出てきたらたまったもんじゃない。俺が言うのもなんだけど
ね、だはぁ。
田中 いやいるんだって、ストーカー。あそこに。
あつし …え、マジじゃん。まさにストーカーのそれじゃん。
田中が指さした方向に、帽子、マスクをつけた黒い男がいる。
かつや え、本職じゃん。
さつき 双眼鏡持ってる。
かつや あいつどこ見てんの?
4人、視線の向く方向を見ると、そこはさくらの部屋。
かつや おい…。
あつし …ああ。
かつや おいおい…。
あつし わかってる……見る目あるな、あいつ。
かつや いやそうじゃなくて。これさ、やばいやつじゃないの。
田中 やばいやつだ。
かつや あいつの目見てみろよ。一点を見つめて微動だにしない。
あつし 気持ち悪い時ああなるよな。
かつや いや、うん。
さつき あれ何持ってんの?
田中 花みたいなやつ?
さつき うん。なにあれ。
あつし 白いだけで名前はわからんです。
田中 うーん…あ、ユリだあれ、ユリ。
かつや なぜゆり…プレゼントでもすんのか?
あつし 気持ち悪いな…。
かつや それ俺らにも言えたことだから。
さつき まあいいや、いったんあいつは置いとこう。
かつや おけまる。
あつし おいさくらさんが!
田中 さくらさーーーん!
さくらが窓を開ける。
田中 さくらさ…。
さつき 田中ぁ!
4人はさくらに気付かれぬよう、身を隠す。
さくらは洗濯物を取り込んだのち、窓を閉め、洗濯物を運びに部屋を出る。
さつき ばか田中ぁ!
田中 ごめんっ! ごめんてっ!
さつき ばか、ばかばかばか。
あつし あっ。
かつや どったあっちゃん。
あつし 近づいてる。
かつや 何が?
あつし ストーカー。
かつや え…ほんとだ。
黒い男、少しだけ前へ移動している。
さつき いつの間に。
田中 ああ! ああ!
かつや 田中の発言を許可する。
田中 あの人あれだ、あの人だ。なんか見覚えあるなって思ったらよく店に来る人だ。
あつし 誰だ。
田中 ほら、僕こう見えて花屋でバイトしてるっしょ、最近来るんだあの人。
手に持ってるあれ、いっつも買ってくの。
さつき えええええ!
田中 驚くよね、僕もびっくりしてる。
さつき 田中花屋でバイトしてんの?!
田中 そこぉ!?
かつや びっくりだよね、なんかイメージ変えたいんだと、モテたいんだと、振り向いて
欲しいんだと。
田中 今その話はいいから、田中でも花屋でバイトするよ。
さつき お花がかわいそう。
田中 …それで驚いたよ、あの人いつもうちでユリ買ってく人だから。
あつし いつもなの?
田中 ここ毎日来てる。
かつや こええええ。田中ストーカーに花売ってたのかよ。
田中 さくらさんごめんよ。僕は花を売る度にさくらさんを苦しめてたのかもしれない。
さつき ストーカがストーカーに花渡してたって、バトンパスじゃないんだから。(笑)
あつし もうこうなったら、さくらさんは俺が守るしかない。
かつや 待て、俺だ。
あつし かっちゃん、クラスにリュウセイっていう女たらしいるじゃん? 俺、いっつも
あいつからさくらさん守ってるから。いっつもあいつとさくらさんを結んだ線分
上にいるから。
かつや 視線の先にさくらさんを入らせないようにしてんのかっ?
あつし そうさ。あいつ彼女いんのに平気でナンパしてるからさ、転校したてのさくらさ
んをお守りしてるんだよ。
かつや あっちゃん…これからも頼んだ。
あつし 任されたぜ。
田中 あ、でもこの前、リュウセイくん花買いに来たよ。彼女にプレゼントフォーユー
するって言ってた、ようわかんないけど。
さつき なんだ、いいとこあんじゃん。
あつし いや、それは見せかけの愛だ。すぐにまた浮気するさ。
かつや そのためにも俺がさくらさんを守ってあげないと。
あつし さっき任せるって言ったじゃんんんん。
かつや 見せかけの嘘さ。
あつし さくらさんを守るのは俺だ。
かつや 俺だ。
あつし 俺だ。
かつや 俺だ。
田中 田中だ。
あつし 田中ぁ!
3人、揉め盛り上がる。
さつき ばかね…。
すると、雑な衣装のダチョウが二匹出てきて、通りかかる。
4人 ……。
通り過ぎ、出ていく。
かつや ……妖精かな?
さつき ……多分ね。
あつし ……なんの生物?
田中 ……ダチョウじゃね?
あつし ……ダチョウか。
かつや …俺、ジュース買ってくる。
さつき 行ってら。
かつや うぃ。…はっ。(何かに気付く)
田中 どうしたかっちゃん。
かつや 近づいてる。
黒い男、また近づいている。
さくら、部屋に戻ってくる。
田中 …ほんとだ。
かつや それじゃ。
田中 うん。
かつや さくらさーーーん!
さつき ちょっとかっちゃん!
かつや へへへ。
かつや、ジュースを買いに行く。
さつき …ねえ田中、あの男いつもユリ買ってんの?
田中 うん、最近ずっと。
さつき ずっとユリ買って、ずっと部屋見てて、なにもできないままね。
あつし 見上げることしかできねーんだ。
田中 こう、あそこからピョーンって一気にさくらさんの部屋まで飛ばないかな。
さつき 飛べるわけないでしょ。
あつし 飛べないんだ。意気地なしなんだわ。
田中 いやあったら怖いけどね。
さつき 飛べないって言うと、ダチョウもそうよね。ダチョウみたいじゃないあの人?
田中 ダチョウ?
さつき うん。ずっと空ばかり見てるじゃん。
あつし 空っていうかさくらさんの部屋。
さつき 飛べないからって、暴走しないといいけど。
田中 怖いこと言うなよさっちゃん。
さつき あの男のあだ名はダチョウに決定。というか、本当に危ないかもね、さくらさん。
あつし そのときは俺が守るから。
田中 僕も。協力プレーしよう。
あつし まあよかろう。
かつや、ダッシュでもう戻ってくる。
さつき 早すぎないっ!?
かつや 20分しか…ないから…急いで買って来いって、作者が…。
さつき 作者?
かつや ああ、なんでもない。これみんなの分、あっちゃんのに、さっちゃんのに、はい
田中。
田中 田中。
さつき あんがと。
あつし ありがとう。
田中 なんかさ、僕だけ仲間外れにされてるって言うか、気のせいかな。あ、かっちゃ
んありがとね。
さつき どうした田中。
田中 ほら、あっちゃん、かっちゃん、さっちゃん、田中。あっちゃん、かっちゃん、
さっちゃん、田中。あっちゃん、かっちゃん、さっちゃん、田中! あっちゃん、
かっちゃん、さっちゃん、田ぁ中ぁ!
かつや 何かおかしい?
田中 ここはたっちゃんだろ。吉田、上野、坪内、田中ならまだわかるよ。あっちゃん、
かっちゃん、さっちゃん、なんで田中だよ。たっちゃんでいいじゃん。ね、坪内?
さつき うぜえ。小さいこと気に済んなよ田中ー。
あつし そうだぞー、ちんちんまで小さいのか田中ー。
田中 んなことねーよ。
かつや ♯田中、自分の一物に自信を持ってる …と。
田中 やめろやめろツイッターやめろ。
さつき まあ気に済んなよ田中。田中は田中じゃん。あと次、坪内って言ったらしばく。
田中 なんか悲しいや。
さつき そういやさ、聞いた話なんだけど、さくらさん改名してるらしいよ。
あつし 急に。
さつき 改名してるんだって。
かつや いきなり重大ニュースすぎるんだけど、え、なにそれ本当?
さつき らしいよ、女子の間で結構噂になってる。
あつし 改名って、名前を変えるあれ?
さつき そうそう。前の名前は知らないけど。
田中 ってことはさくらさんは、もともとさくらさんじゃないってこと?
さつき そういうことみたいね。
ダチョウB、再入場。
さつき あ、ダチョウ。
かつや てかなんで団地にダチョウがいんの。
田中 なんか親を探してるみたい。
かつや なぜわかった?
田中 さっきいたもう一匹がいない。多分親だったんだよ。
さつき お、ダチョウがダチョウに近づいてる。
あつし 鳴くかな。
田中 鳴かないよ、ダチョウって声帯ないもん。
ダチョウB (喉を鳴らす音 うおっみたいな)
あつし ほーら鳴いた。
田中 あれは喉を鳴らす音、鳴いてるわけじゃない。だから話せないんだ。
あつし へー。
さつき あのダチョウ、あの男にお父さんって言ったら面白いのにね。
ダチョウB、黒い男の前で止まる。
ダチョウB お父さん。
再び喉を鳴らしながら動き出す。
3人 ……。(さつきの方を見る)
さつき ……幻聴よ。
あつし だよね。
田中 びっくりしたな。
かつや すごいね、4人とも幻聴が聞こえたね。
さつき あははは、あれよ、ダチョウの子はダチョウってことよ。
かつや なるほどね。(?)
4人 ははははは。
シーンとなる。ダチョウB、出ていく。
さつき 聞かなかったことにしよう。
あつし そうだね。
田中 うん。
かつや そうしよう。
さつき あ、さっきの話の続きなんだけどね。
田中 ああ、うん。
さつき もうひとつ重大ニュースがあって、聞きたい?
あつし え、なになに。
さつき これは驚くよ、超驚くよ。
かつや 早く言えよ。
さつき あのね、さくらさんが改名した理由なんだけどね。
かつや うん。
さつき ふふ、さくらさんのお父さんがね、やらかしたんだって。
田中 何を?
さつき ……強盗。
田中 強盗!?
さつき ばかっ声でかいって田中!
田中 え、強盗って、お金盗むとかそういうの?
さつき そうらしいよー。詳しいことはよくわかんないけど、それで離婚したんだって。
あつし どこ情報よそれ。
さつき ほら、ママ達が話してるの聞いちゃった的な。
かつや それで強盗のことを?
さつき そーそー。
かつや 裁判とかあったんかな。
さつき そこまでは知らん。でもだいぶ昔の話みたい。
田中 ……あ。
黒い男、4人に近づいてくる。
さつき ダチョウだ。
田中 ちょ、僕しょんべん。
かつや おおお俺も。
あつし 俺も。
さつき あ、待ってよ。
黒い男、4人が座ってた場所に移動。
4人は少し離れた場所に移動。
さつき なになになになにいきなりなに。
田中 本当にしょんべん漏らしそうになったんだけど。
かつや こわいこわいこわいこわい。
あつし マジでさくらさん危ない。
さつき かっちゃん、ゴー。
かつや なにが?
さつき ゴー。
かつや …行けってか?
さつき うん、お願い。
かつや いや、無理。僕、怖いの、もうちびりそうなの。
さつき 今度さくらさんと話せる機会作ってあげる。
かつや よし行こうか。
あつし ぬ、抜け駆けよくねえぞ!
田中 そうだそうだ!
かつや じゃあ行くか!?
あつし ごめ、頼んだわ。
田中 健闘を祈る。
かつや 参る。
黒い男、移動して出ていこうとする。
かつや あ…行っちまった。
さつき そこのダチョウさーん、飛べないからって暴走しないでねー。
かつや さっちゃん! 煽っちゃだめだって!
さつき 大丈夫、聞こえないように言ったから。キモいじゃんあの男。
かつや もし、聞こえてでもしたら、何されることやら。
さつき そんときは守護者が守ってよ。
田中 田中、無理です。
黒い男、立ち止まって4人を……見る。
しばらく凝視したあと―――
黒い男 ……ダチョウはね、飛びたくても飛べない。話したくても話せない。
君たちに、ダチョウの気持ちがわかるのか。
黒い男、出ていこうとするが、目の前からダチョウBが現れる。
ダチョウB うおっ。
黒い男 ……。(ユリをダチョウに渡す)
黒い男、出ていく。
場にはダチョウBの喉を鳴らす音だけが響く。
あつし 帰ろ。
田中 …だね。
かつや どっか寄ってく?
あつし いや、帰ろ。
さつき うん。
4人、退場。
しばらくすると、さくらが窓を開け、ダチョウBに声をかける。
さくら …ダチョウさん、元気?
ダチョウB うおっ。
さくら そっか。
ダチョウB うおっ、うおっ。
さくら あれ、お父さんは? はぐれっちゃった?
ダチョウB うおっ…。
さくら そうなんだ…いつか会えるよ。
ダチョウB うおっ!?
さくら 冗談よ冗談。いつかなんて言わず、ダチョウさんはすぐに会えるよ、お父さんに。
ダチョウB うおっ…。
さくら なんかね、今日もお母さん仕事で遅いんだって。
ダチョウB うおっ。
さくら …それ、どこで拾ってきたの?
え、いいよ、わたしは大丈夫。それはダチョウさんのだから。いらないよ。
ダチョウB うおっ。(さくらの部屋の花瓶を指さす)
さくら あそこに入れてって?
ダチョウB うおっ。(無理やりユリを渡す)
さくら え、いいって、ほんとに、大丈夫だから。
ダチョウA、入場。ダチョウの親子の感動の再会。
さくら よかったね……お父さんに会えて。
さくら、部屋に戻ろうと振り返ったとき、突然幻聴が聞こえる。
ダチョウB お父さん。
さくらは驚き振り返る。しかし、幻聴だと割り切り、また部屋へ。
だが、ダチョウの幻聴は止まらない。
ダチョウB お父さん。
ダチョウA こら、迷子になるから離れちゃダメだって言ったでしょ。
ダチョウB ごめんなさい。
ダチョウA お母さん、家で待ってるよ。今日の晩御飯ハンバーグだって。
ダチョウB ハンバーグ!?
ダチョウA 大好きなハンバーグだよ。お腹すいてる?
ダチョウB すいてる!
ダチョウA そうか! じゃ、おうちに早く帰らないとね。
ダチョウB うん!
ダチョウA こうやって一緒に帰れるの、あとどれくらい続くかな。こんなに大きくなっ
たら、多分、お父さんのこと嫌々って言うのかな?
ダチョウB んーん。ずうっと一緒いる。
ダチョウA もーう、嬉しいこと言ってくれるなあ。(笑)
よぉし、このまま家まで競争しよう。
ダチョウB 競争!? ふっふー。昨日ね、かけっこで一番とったんだよ。お父さんより
も足早いよ!
ダチョウA どうかなぁ、お父さんも本気出しちゃうぞ。
位置について、準備はいいかなぁ?
ダチョウB はーい!
ダチョウA 転ばないように注意してね。
さあ、どっちが早く帰れるか勝負だ。いくよ………ゆり。
ダチョウB うん!
ダチョウA 位置について…。
ダチョウA、さくらと目が合う。
ダチョウA うおっ?
さくら ……。
ダチョウA うおっ……うおっ。
ダチョウB うおっ!
ダチョウA、B、かけっこをしながら退場。
さくら、気になりつつも、部屋に戻る。
と、黒い男、再び現れる。帽子、マスクを外す。
さくらの部屋を見て、何かを言いたそうにするが、何も言えない。
しかし―――
黒い男 …うおっ。
やはり何も言葉にできないまま、黒い男はまた去る。
部屋に戻っているさくらは、受け取ったユリをじっと見つめている。
花瓶に目が行くと、このユリをどうしようかと悩む。
そして考えた末―――
花瓶に入れられた桜の花の横に、ユリをそっと入れる。
緞帳降りる。(終)