4.ヨル②
「待ってソラ君!」
『moon』を出てすぐの路地で走り去ろうとするソラを呼び止める。その声に一瞬立ち止まるもそのまま振り替えらず、走ろうとするソラの腕をなんとか捕まえる。
「ごめんヨルちゃん離してくれないかな。それに僕に用なんてないでしょ」
振り返らずにそういうソラにヨルはその場で思い切り頭を下げた。
「ごめんなさい。うちのお店でソラ君に嫌な思いさせっちゃって」
予想外の行動に思わず振り返る。振り返ったソラの瞳は悔し涙で濡れていた。
「ヨルちゃんが謝ることじゃない。グリードさんや冒険者の人たちも悪くない。本当に悪いのは僕だ。大好きだった母さんをあんなにバカにされたのに、殴りかかるどころか文句ひとつすら言えなかった。何か言って反撃されるのが怖くて、へらへら笑ってその場を取り繕って逃げることしかできなかった!」
「……ソラ君」
「自分で自分が情けないよ。グリードさんたちが言ってた通りだ。僕は誰かのパーティーに入っても絶対に追い出される。母さんのような冒険者になるのは一生無理だ。僕はあの日、勇気も強さもなくしちゃったんだ。いや、もともと僕にはそんな物なかったのかも」
その言葉にヨルはソラの目を強い意志を持ってまっすぐ見つめ、一つ一つ丁寧に言葉を紡いでいく。
「ソラ君、私はねすごい加護を持ってる人が強いとは思わない。本当に強いのは心が強い人。だから私は5年前のあの日、周りの大人や冒険者が怪我して動けなくなった私を見捨てて逃げる中、なんの加護もないのに、たった一人で、あの魔物から命懸けで私を守ってくれたソラ君の事を本当に強い人だと思ってる。あれから5年経ったけど間違いなく今でも私はソラ君に憧れてるし、私はソラ君を本当に強い人だと思ってる」
真っ直ぐな濁りのない純粋な瞳でソラを見つめる。
「ヨルちゃん。でも僕はもう……」
「きっとソラ君は大丈夫。絶対にいつかシエルさんのような冒険者になる。私はそう確信してる。それとソラ君にコレあげる。今使ってるナイフボロボロでしょ。 少し前に旅の人から貰ったんだけど私には使い道ないから」
そう言って黒い刀身をしたナイフをソラに渡す。
「解体用じゃなくて武器用のナイフだからソラ君がほんとうに必要になった時に使ってあげて。ちょっと珍しい鉱石を素材に使ってるらしいよそのナイフ。あともう一個渡したいものがあるからこっちきて少し屈んでもらっていい?」
言われるがままヨルに一歩近づき身を屈める。するとヨルはなにか一瞬ためらうような素振りを見せた後、ゆっくりとソラの頬にキスをした。
「えっ!?」
「本当に大事な人にだけ効くちょっとだけ強くなれるおまじないだよ。お母さんに教えてもらったんだ。これでソラ君は誰にも負けない強い人になれるよ。だから、今だけは昔の呼び方で呼んでもいいよね。ソラお兄ちゃん」
ヨルの言葉一つ一つがソラの心に雪が溶けるようにじんわりと染み込んでいく。
もうずっと忘れてしまっていた心の奥深くの大事なところに少し触れたその言葉にソラはなんと返事をしたらいいのかわからずただ押し黙っていた。
そんなソラを見てヨルは少し寂しそうに笑ったあと 「今日はここでおしまい♪」 と明るい口調で言い、店があるからとソラを見送った。
その言葉をきっかけにソラはヨルにお礼をいい『moon』を背後に帰路につくことにした。
少し歩いたあと後ろを振り返ると少し頬を朱に染めたヨルが照れ臭そうにこちらに手を振っていた。
その姿を見て自分の情けなさと弱さが重なり少し足早に帰り道を歩いた。
ブックマークありがとうございます。
ソラの覚醒まであと少し。次回「ソラ・スフィア」
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